1970年、南米。キューバのほぼ真下に位置するサンヒエロニモ半島にて、ある大事件が起きていた。
 CIA特殊部隊FOXが新型の核搭載戦車「弾道メタルギア・メタルギアRAXA」を強奪し、それを盾に世界を脅迫した。
 彼らの目的は、優れた兵士による理想郷「アーミーズ・ヘヴン」を建設する事だった。
 だが、事件はある男が彼らの配下の兵士達を仲間に引き入れ、対抗部隊を編成する事によって終息した。
 その男とは、六年前に英雄となったBIG BOSS。
 彼は帰還後、FOXに勝る特殊部隊として「FOX HOUND」を設立した。
 だが、その間にも遠く離れた地で戦いが繰り広げられていた。


   FOX HOUND 陸軍105分隊 code name -DOBERMAN- 序章
       猟犬の洗礼

 湿地帯に快適さを求めるのは愚かだが、鍛え上げられた兵士達にとってさえもベトナムは過酷な土地だった。
 朝から晩まで蒸し暑く、年中雨が降っている。少しの時間地面に横になっていただけで体中をアリが這い回り、池の中を行軍すればその度に恐ろしい感染症に怯えなければならない。
 おまけに、視界の殆どを覆っている草木の裏には多くのゲリラ兵が潜んでいるかもしれない。彼らはいつも気配を消して自然に溶け込んでいるのだ。
 この辺りの土地に精通し、毒蛇のように我々を蝕んでいく敵に勝つ事が出来ると信じている者は、もはや少数となっていた。
 疲れ果て、不安と恐怖を薬物で誤魔化して戦う兵士。撤退によって自国の権威が失われる恐怖に怯える内地の政治家達。
 大義の無い、理由の無い戦い。英雄と呼べる存在は、殆どが死に絶えているように思えていた。

 その事件が飛び込んで来たのは、真っ黒の髪に緑色のバンダナを被った若い特殊部隊の兵士が、分隊支援用に組み替えた愛用のストーナーM63を分解し、整備していた時だった。
 元通りに組み終えたM63を傍に置いたとき、また何か厄介な仕事が舞い込んで来る事を予感した。尤も、彼らに厄介でない仕事が任せられる事は先ず無いのだが。
 伝令兵が彼らのドアをノックする音が聞こえた時、彼は自分の予感が的中した事を悟った。
 また一日の全てを泥にまみれて過ごす事になるぞ……
 ジャック・タイラー伍長は溜息を吐きながら、部屋に入って来た伝令兵が自分の名前を呼んで「至急ブリーフィングルームに来い」と言うのを聞いた。
 彼は部屋の外へ出た。

「伍長、君の噂はよく聞いている」
 ブリーフィングルームは数十人を収容出来る程広かったが、その時部屋には二人しか居なかった。
 タイラーと、そして目の前で喋りはじめたスーツ姿の初老の男。この蒸し暑い中でスーツなど着て、余計汗をかくのではないだろうか。
「私はモーガン。よろしく頼む」
 そう言って差し出された手を握った瞬間、タイラーは相手の素性を悟り、スーツ姿でも不快がっていない事にも納得した。
「あんた、元諜報員だな……或いは工作員か。ほんの少し前までは現場で仕事をしていたらしい」
 モーガンと名乗った男は汗をかいていなかった。そして握手のために歩み寄った時には足音を消していた。手の皮も厚く、銃を頻繁に使っていた形跡があった。
「なるほど、海軍最強の特殊部隊の一員に隠し事は……出来そうにないな」そう言ってモーガンは椅子に座った。
「CIAか。一体こんな所に、俺に何の用だ?」
 タイラーは椅子に座って目の前の机に肘をついた。
「君は今までに何度も無音作戦(サイレントオプション)を成功させてきている。ソ連軍将校の暗殺、北ベトナム軍武器庫の爆破、ベトコンの暗殺、それらを君は単独でやってのけている」
「ただ運が良かっただけだ……」
「今我々は君のような人材を必要としている。音も気配も無く敵に忍び寄り、多大な被害を与えて離脱する事の出来る優秀な兵士が……」
 タイラーは頭を抱えた。
「待ってくれ……それはあんた方の得意分野じゃないのか?そういった隠密工作は」
「ああ、だから今回君に頼みたいのは隠密工作だけではない……もっと荒っぽい仕事だ」
 モーガンはそう言うと、地図を取り出して机の上に広げた。
「先ず君は私の部下三人と共にHALO降下で敵地に侵入、この地点にある基地に向かって行軍」
 その白い指で一本の線が引かれた。
「道に関しては私の部下が詳しい。目的地に着いたらこの基地に潜入してくれ」
「おいおい……待ってくれ。潜入等と簡単に言ってくれるが、四人でやるには相当の実力が必要になるぞ」
 タイラーは軽く机を叩くように手を下ろした。モーガンは微笑みながら言った。
「心配無い。三人とも隠密行動のプロだ。君の足を引っ張る心配は無い……それに最近極秘裏に開発された新兵器がある」
「じゃあその三人ともう一人優秀な諜報員を用意すれば、それで事足りる話じゃないのか?」
「私の部下達は君ほどタフではない。だから、絶望的な状況だろうと任務を遂行出来る兵士が、部下達が目指す事の出来る“英雄”が必要なのだ」
 待ってくれ、冗談じゃない。タイラーはまた頭を抱えた。
「俺はそんな立派な人間では……英雄ではない。ただやれと言われた事をやってきただけで、まだ生きているのは死ぬのが怖くて必死に戦っていたからだ」
 誰かを尊敬した事も、神を崇拝した事も無かった。戦場でも、誰かを心の底から信頼した事は一度も無い。
「引き受けてくれるな……?」
 モーガンはタイラーの目を見つめた。
「答えを出す前に、もう一つ聞きたい事がある」
 タイラーはモーガンの目を睨み返した。
「そこには一体何がある?」
「ベトコン(北ベトナム軍ゲリラ兵)と少数のソ連兵が駐屯している。そして大量のRPG-7とその弾薬。敵の無線記録も残されている筈だ」
「無線記録の確保がメインという訳か。それならナパームで焼き払う訳にもいかないな」
「そこで敵に悟られる事無く行動出来る技術が必要になるのだ」
 タイラーはしばらく黙り込んだ後、口を開いた。
「分かった、引き受けよう……人嫌いの万年伍長で構わないならな」

 彼らが装備を整え、飛行場近くの小部屋で再集合したのは、それから数時間後だった。タイラーとモーガン、そして三人のCIA工作員。
「全員、準備は良いな?」
 モーガンが掛けた声に、タイラーが応えた。
「待ってくれ、準備も何も……あんたの部下は拳銃とナイフしか武器を持ってないぞ」
 目の前に居る工作員達は、サプレッサー付きの拳銃以外に左胸に差してある小さなナイフしか目立った武器を持っていないように見えた。その代わり得体の知れないスーツに身を包み、汗の臭いも気配も消している。
「戦闘になったらどうする?拳銃では少しの間しか身を守れない」
 そう言ったタイラーはタイガーストライプ(湿地帯向けの迷彩パターン)の戦闘服に身を包み、M63軽機関銃を肩に掛け、右脚に取り付けた特注の長いホルスターに9mm低速弾を8発装填したサプレッサー(減音器)付きのMk22拳銃(ハッシュパピー)を差していた。
 腰の周りにはM63用のボックスマガジンをすぐ外せるように工夫して引っかけ、その後ろに水筒二つと、応急処置用具が入ったポーチを取り付けていた。
「心配無い、戦闘にはならない」
 モーガンは自信に満ちた声で言った。
「我々はその為に特殊な訓練を受けている」
 工作員のうち一人が口を開いた。
「敵に悟られる事無く近付き、無力化する。僅かな敵の隙を狙って一瞬のうちに突き崩す。その為の最も高度な訓練を積み、最も高度な装備を持っている」
 タイラーはそう言った男の顔を睨んだ。どうやら三人のうちで最も年上のようで、その整った顔に冷酷さを浮かべていた。
「そうかい……なら何も言わない。だが、俺は一人分の武器と弾薬しか持ってない。お前達が泣きついて来ても貸してはやれないぞ」
「敵の武器に関しても十分な知識を持っている。非常時には現地で調達した武器を使用する」
 タイラーはそれを聞くと、下を向いて頭を掻いた。
「分かった……もう納得したよ。ところで、あんたの名前は?」
「モーガンが顔写真を見せた筈だ。コードネームはSNEAKER(スニーカー)」
 男は一片の迷いも見せずに言った。
「それは知っている。お前の隣の奴がEAGLE(イーグル)、その隣がHAWK(ホーク)だという事も。知りたいのはあんたの本名だ」
 そう言った時、モーガンが前に出た。
「済まないが、彼らは立場上本名を知られる訳にはいかないのだ。たとえ仲間だろうと、外部に彼らの情報を漏らす訳にはいかない」
「そうだろうな……まあいい。俺はあんたらの任務に同行して、生きて帰って来られればそれで十分だ」
 タイラーは両手を上げて振りながら言った。
「そろそろ時間だ。あとの話は飛行機の中で頼む」
 モーガンは時計を見ながらそう言った。
「ああ、その前に……」タイラーはスニーカーに手を差し出した。「あんたの銃を見せてくれないか?」
 スニーカーは胡散臭そうに自分のホルスターから銃を抜いて、タイラーの手の上に置いた。タイラーはそれを受け取ると、弾倉を抜いたりスライドを引いたりして確認した。
「やはりハッシュパピーか。変わった形の弾頭が装填してあるな」
 そう言うと、タイラーはスニーカーに銃を返した。
「最近開発された特殊作戦向け麻酔弾だ」
 スニーカーはそう言って銃をホルスターに戻した。
「麻酔弾?つまりその銃は麻酔銃という訳か。だがそれでは敵を眠らせる事しか出来ないんじゃないのか?」
「心配無い。敵が目を覚ます前に我々は撤退する」
「そうだ、ここに16発用意してある。君も持って行ってくれ」
 そう言って、モーガンはMk22の弾倉を二つとサプレッサーを差し出した。タイラーはそれを取ると、手早く自分の物と取り替えた。
「なるほど……これがあんたの言っていた新兵器か」
「ああ……そうだ。サプレッサーも専用の物で、従来のものより長持ちする。これなら無駄に騒ぎを大きくする事無く敵を無力化出来る。だが麻酔の効果を十分に発揮出来るよう、出来るだけ頭に近い所を狙って撃ってくれ」
 モーガンは自分の首を指差しながら言った。
「時間だ、急ごう」
 タイラーはそう言って輸送機の乗降口に駆けて行った。
「本当に奴で大丈夫なのか?」
 スニーカーはやや不満そうな顔で、モーガンに話しかけた。
「心配無い。彼はベトナムで多くの経験を積んでいる。無音作戦だろうと強襲作戦だろうと彼はやってのける。優秀な兵士だよ」
「それが問題だ。今回の作戦で使うにはタフすぎるんじゃないのか」
 モーガンはため息を吐きながらスニーカーの肩を叩いた。
「心配無い、ブリーフィングルームで奴は君たちに気付かなかった。気配を消し、短時間ながら姿を消す事も出来る君たちには、SEALsの彼でも敵いはしない」
「もう片方の厄介者はどうなってる」
「彼らの部隊にも準備をさせている。名誉に弱い陸軍軍人だ、簡単に釣れる」
「全ての準備は整っている……という事か」
 スニーカーは下を向いて息を吐くと、輸送機の方を向いた。
「そうだ、スニーカー」
 そう言ってモーガンが呼び止めた。
「スーツは汚すな?少量しか作られていない試作品だ」
 スニーカーはうんざりした様子で輸送機に向かって歩き出した。

 高高度を飛ぶ輸送機の中、タイラーは改めて他のメンバーの装備を見た。
 三人ともゴムのような素材で出来たスーツで体臭と足音を消し、装備はハッシュパピーと予備の弾薬、そして救急キット入りの小さなポーチと小型の無線機だけだった。
 Mk22ハッシュパピーはSEALsがS&W社に発注した特殊作戦用の拳銃で、ダブルアクション機構を持つM39ピストルに様々な改良を加えたものだ。
 サプレッサーを装備出来るよう銃身にはネジが切られ、消音効果を最大限に発揮させる為にスライドロックレバーを装備し、弾頭を緑色に着色した9mmパラベラムの亜音速弾を使用する。太いサプレッサーに狙いを妨げられぬよう大型化されたサイトが特徴的なこの拳銃は、ウェルロッド等の単発拳銃と同程度の消音射撃を行う事が出来る。
 今回は最近開発されたという麻酔弾を装填してある為、セミオートマチックでの射撃をすれば動作不良を起こす危険がある。という事は、ボルトアクション小銃のように一発ずつ排夾しなければならない。
 もし戦闘になればM63で弾幕を張りながら撤退するのだから問題無いし、それに任務は戦闘ではない。
 そもそも、小規模の部隊で行動するのだから敵に発見されないように進まなければならないのは常識だ。そう考えれば一発一発注意して撃つ分、この単発式麻酔銃の方が強力とも言えるだろう。
 だが、そう考えれば尚更、何故タイラーが作戦に組み入れられたのかという疑問が生まれる。潜入任務に特化した部隊に、戦闘部隊であるSEALsの隊員を加えたのは何故だろうか。作戦行動の障害になるとは考えなかったのだろうか。
 機付長が目的地に近付いていると言った時、タイラーは考えるのを止めた。
敵地深くでは目先の問題に集中しなければならない。作戦と関係の無い問題について無駄に神経を使っていては集中力を欠き、敵に背中を許す事になりかねない。
雑念を振り払い、常に注意を張り巡らせ、時には第六感をも利用して自らの行動を選択しなければならない。
機体後部のハッチが開き、他の三人の隊員と共に上空から飛び降りた時、タイラーは自分に張り付いた汚れを風で洗い流すイメージを思い浮かべた。
現在時刻は午後三時、まだ明るかった。

「どうやら予定通り降下出来たようだな。全員無事か?」
「イーグル、問題無し」
「ホーク、問題無し」
「タイラー、問題無し」
 スニーカーは全員から声が掛かって来た事を確認し、口を開いた。
「よし、これより作戦を開始する。俺がポイントマンを務める。その次にイーグル、ホーク。タイラーはしんがりを頼む」
「了解した」
 タイラーはM63を背負い、サプレッサーを装着したMk22を構えていた。
「タイラー、その銃は重くないか?」
 イーグルがM63を指して言った。
「こう見えても体力だけは無駄にあるんだ。心配しないでくれ」と、タイラーは薄笑いを浮かべて答えた。
「潜入任務でそんな高火力武器は役に立たないんじゃないのか?」
 そう言ったのはホークだった。
「保険だ。いざと言う時のためのな」
「お喋りが済んだなら出発するぞ。ついて来い」
 スニーカーはMk22を構えて歩き出した。

 午後七時、彼らに任務が下った。
「我々の任務はヘリコプターにて敵基地を強襲し、現地に捕らわれたSEALs隊員を救出する事だ」
 SFG(特殊部隊群)の精鋭部隊を指揮する若い大尉が、装備を整えた五人の部下に向かって言った。
「SEALs?米海軍最強特殊部隊の隊員が……どうして?」
 首をかしげた隊員に、少尉が答えた。
「詳しい事は分からないが、CIAとの共同作戦中に敵に捕らわれてしまったらしい。だが生きているのは確かだろう……」
 大尉はそこで一旦言葉を切って、ヘリコプターに向かって手を振った。「飛び立つ準備をしてくれ」という合図だ。
「今ここに居る精鋭部隊で活動可能なのは俺達だけだ。SEALsの連中も全員が出払っている。SFGも我々以外の部隊は全員が前線に回されているんだ」
 視線が大尉に集まった。
「良いか!俺達しか居ないんだ!海軍の英雄を救う事が出来るのは俺たちだけだ!」
 大尉の声に、隊員達の目が光に満ちていった。
「ようし行くぞ!出発だ!」
 大尉は熱気と共にヘリコプターに飛び乗り、隊員達もそれに続いた。

「流石だなアルヴィス隊長、毎度感動する演説だ」
 ヘリコプター操縦手が薄笑いを浮かべて言った。
「こうしなければ誰もついて来ちゃくれないからな……出発だ、ブラックコルト(黒い子馬)」
 アルは操縦手の肩を叩いて言った。それに親指を立てる仕草で応え、コルトはヘリコプターを浮遊させた。

 午後4時、タイラー達は目的地に近付いていた。
「おかしいな……警備の兵は居ないようだ」
 タイラーはそう言って双眼鏡から目を放し、スニーカーに渡した。
「それなら好都合だ。早速侵入しよう」
 そう言ってスニーカーは歩き出そうとしたが、その肩をタイラーに掴まれた。
「待て、罠かもしれないぞ。それに、敵兵が居ないのなら記録も後方に移送されたんじゃないのか」
「記録は間違いなくある。無駄な事は考えずに任務を果たすぞ」
 スニーカーはタイラーの手を払い、基地に向かって走り出した。それに続く二人の後に、タイラーはうんざりしながらついて行った。
 その時だった。
 甲高い金属音の混じった銃声が響き、二番目を歩いていたイーグルが倒れた。Mk22が宙を舞い、スニーカーの足元に落ちた。
「狙撃兵だ!」
 タイラーは銃声のした方向にM63を向け、引き金を引いたまま物影まで移動した。スニーカーとホークはその反対側に走り、小さな小屋に隠れた。そこに続けざまに銃弾が飛ぶ。
「恐らくセミオートマチックのSVDだな……見張り矢倉から撃って来ているようだ」
 タイラーは屈みこんでM63を抱えたまま言った。
「あの矢倉まで200メートルはある。Mk22では勿論、M63でも弾は届くが敵に当てられはしないだろうな」
 スニーカーはそう言って、立ち上がった。
「イーグル、タイラー、ここで待機していろ。奴は俺が始末して来る」
「待て、ここは敵の射程内だぞ。安易に飛び出せば命は無い」
 タイラーの忠告に、スニーカーは無表情で答えた。
「俺が見えるのなら……な」
 次の瞬間、タイラーは自分の目を疑った。スニーカーの姿が消え、その足元に僅かに出来た足跡が見張り矢倉に向かって走っていった。
「ホーク……あれは……」
「光学迷彩。我々を最高の工作員にする道具だ」
 ホークは自信気に言った。
「安全を確保した!」
 見張り矢倉の方から声が聞こえ、タイラーが顔を突き出して矢倉を見ると、片手で合図を送っているスニーカーが見えた。
「化け物め……」
 タイラーは小さな声で呟き、物影から出て前進した。

「スニーカー、イーグルが戦死した」
 SVD狙撃銃を背負って矢倉から降りて来たスニーカーに、ホークが感情の籠っていない声で伝えた。
「想定外の事態ではない。死体は撤退時に処理し、スーツは持って帰るぞ」
「おい待て、奴はお前達の仲間じゃなかったのか?」
 タイラーは首をかしげてスニーカーに問いかけた。
「そうだが、何か問題でも?」
「随分ドライなんだな……」
 スニーカーは下らないと言わんばかりに溜息を吐いて言った。
「感傷に浸る暇が無いだけだ。ホーク、武器庫を偵察して敵の武器弾薬を処分しろ。俺とタイラーは無線記録を確保する」
「了解」
 ホークはそう言うと、所々焼けた跡のある小屋に向かって走っていった。

 午後七時半、コルトの目に簡素な基地が見えていた。木造の建物に、汚れたテント。SEALsの精鋭が捕らわれているらしい基地だ。
「アル!目的地に接近した!」
「了解、俺からも見えている」
 アルはそう言うと、後ろを向いて部下達の顔を見た。
「展開用意!武器の安全装置を解除して交戦に備えろ!いつも通り、手際よく終わらせて家に帰るぞ!」
「了解!」
 隊員達はアルを英雄と慕い、尊敬していた。彼の為になら死んでも良い、彼が命令を下すのなら敵地のど真ん中にでも飛び降りる。アルは29歳という若さながら、そう思わせるカリスマ性を持っていた。勿論、それだけでなく戦闘技術も卓越していた。
 米陸軍が誇る精鋭部隊、グリーンベレーとして数々の訓練をこなし、あらゆる武器の扱いとサバイバル技術、ゲリラ戦術を身に付けていた。
 短機関銃を用いた室内戦を得意とし、その腰には拳銃の代わりにMac10サブマシンガンの.45口径モデルが吊られていた。
 米軍の主力アサルトライフルであるM16や、その短縮型で彼ら特殊部隊が愛用するXM177等と比べると射程と威力で劣るものの、屋内や敵の塹壕で使うにはほとんど問題は無く、むしろ跳弾がある程度防げるというメリットもあった。
 その拳銃と比べると重く大柄な代物を、部下達と同じXM177と同時に携行して出動するのが、彼のトレードマークでもあった。

「隊長、あれは……!」
 部下の一人が後ろを指差してアルに向かって言った。チームの選抜射手で、M14ライフルを抱えて下を見下ろしていた兵士だった。
 アルが昇降口から後ろを見た時、彼は驚きと恐怖が一気に込み上げてくるのを感じた。
「畜生!ハインドだ!六時方向、野郎は撃つ気だぞ!」
「気付かなかったぞ……くそっ!捕まってろ!」
 コルトは前を向いたままそう言って、操縦桿を大きく捻った。
 だが間に合わなかった。

「さて、タイラー。ホークが返って来るまで何をして暇を潰そうか?」
 スニーカーはそう言って、タイラーに銃を向けた。
「何の真似だ……」
 タイラーの手もMk22を差したホルスターに触れていた。
「心配するな、全てうまく進んでいる。後はここでお前を眠らせるだけだ」
 次の瞬間、スニーカーが引き金を引いた。それと同時か、それよりほんの数分の何秒前にタイラーのMk22がホルスターから飛び出して火を吹いていた。
 サプレッサーに押し殺された二発の銃声が、一発の銃声のように聞こえていた。
「流石だな、伍長。勝負は俺の負けだが、寝るのはお前だ」
 スニーカーは自分の首に刺さった小さな針を抜いて、地面に投げ捨てた。
「どういう事だ……きさ……ぜ……ない?」
 そう言ったタイラーの胸にも、小さな針が突き刺さっていた。
「流石は新型麻酔薬。六年前の作戦で証明された実用性は確かのようだ。仮死状態からの蘇生に使う薬をベースに開発した対麻酔薬もうまく作用したらしい」
「……てやる」
 タイラーの目線はかすみ、撃たれた場所から感覚が無くなっていた。思考が働かず、口も満足に聞けなくなっていた。
「心配するな。しばらく夢を見た後で元通りに動けるようになる」
 タイラーは残った力を振り絞って、垂れた腕をスニーカーに向けた。だが、引き金を引こうとした時、銃はスニーカーの手にあった。
「大人しく寝ていろ。もうすぐお迎えが来るはずだ……まあそいつらも排除する予定なんだがな」
 スニーカーは奪ったMk22を自分のポーチに押し込み、タイラーの弾薬ポーチから弾倉を取り外した。
「お前の武器は我々が貰って行く。ここに置かれていた敵兵器もホークが処分する。運が良ければお前を迎えに来た連中から武器を分けて貰えるかもしれないが……そんな希望は持たない方が良いな」
 タイラーはもはや喋る気力さえ失っていた。
「ハインド攻撃ヘリに乗ってここにソ連軍の精鋭部隊が来る。そいつらがあんたを迎えにきた連中を撃ち落として、そしてお前も捕虜にするかその場で銃殺するか……とにかく、お前は運が良くてもすぐには基地に帰れない」
 小さな爆音がスニーカーに聞こえ、程無くしてホークが返って来た頃には、タイラーは目を閉じてそこに倒れていた。
「よし、ホーク。イーグルの死体を処理して撤退するぞ」
 スニーカーはタイラーの体を跨いで、ホークと共にその場を後にした。

 短い眠りから覚めた時、感じたのは体中の痛みと蒸し暑さだった。周りを見渡すと、割れた計器カバーや風防ガラスの破片が飛び散っているのが見えた。そして後を振り返った瞬間、コルトは吐き気を催した。
「畜生……俺が避けられなかったせいで」
 そこには血まみれになった死体、というよりズタズタになった仲間達の体の一部がいくつか転がっていた。
 コルトはそこから目を背け、傍に置いてあった護身用のXM177E2カービンをひったくるように乱暴に拾い上げて機外へ出た。
 視界に広がる不気味な緑の中に、自分達が乗っていたヘリの破片やSFG隊員達の装備品等が転がっていた。タイガーストライプと呼ばれる湿地帯活動向け迷彩が施された戦闘服に、コルトが持っているものと同じXMカービン、M60汎用機関銃に、選抜射手が使っていたM14ライフル。その殆どが破損し、血に塗れていた。
 それらを調べようとした時、後ろから声が聞こえた。
「やはり生きていたか……お前もタフな男だ」
 振り返ると、そこにはXMカービンを抱えたアルが立っていた。
「アル……すまない、俺の判断が遅かったせいでこんな事に」
「敵を見つけられなかった俺達にも責任はある。気にしないでくれ」
 アルはそう言うと、もはや原型を失った隊員達の死体に寄り添い、手早く認識票を取り外し始めた。
「その辺りの弾薬を探ってくれ。進むにしても退くにしても必要になる」
「そうだな……」
 コルトはアルの後ろにしゃがみ込んで、彼の部下達の装備からM16用の弾倉を数個外してポケットに押し込んだ。
 その時アルが涙を流してすすり泣いているのが見えたが、コルトは何も言わない事にした。
 時計は午後七時四十五分を示し、既に日は暮れていた。

「さて、コルト。これからどうする」
 認識票を大事そうにポケットに収めたアルが、暗がりの中で顔を拭きながら言った。
「そうだな……脱出するなら暗がりに包まれている今のうちだが、基地までは歩いて丸二日は掛かりそうだ。その間に敵に見つかる可能性もある。食糧も持つかどうか……」
「空飛ぶ乗り物があればどうにかなりそうだな……」
 そう言って大破したヘリを見つめたアルに、コルトが言った。
「済まないが、このヘリはもう使えない。敵の攻撃と墜落の衝撃で尾部がへし折れている」
「どうやらハインド攻撃ヘリのようだったが……そういえば、お前は敵軍の航空機も乗りこなせるんじゃなかったか?」
「大概の空飛ぶ乗り物は扱えるが、ロシア製は文字盤が読めない……いやハインドの操縦方法は覚えている。全く問題無い」
 アルはそれを聞いて、思いついた解決策を実行する事を決めた。
「ようし……では早速行動開始だ。これから例のSEALs隊員を救出し、彼と協力して敵のヘリを強奪する」
 アルはそう言うと、部下達の死体の中からまだ使えそうなM16ライフルを拾い上げた。
「俺達二人だけで敵軍を打破するのは難しいだろうが、彼が居れば可能性も出て来る。奴らが人員を投下する為にヘリを下ろしたら、その時に三人で畳みかけよう」
「つまり、敵軍より早く例のSEALを見つけ出さねばならないという事か」
「そういう事だ……さあ、行くぞ」
 二人は夜の闇の中を進み出した。

 体が満足に動かせるようになった頃には、もう既に日は暮れていた。さっきまで眠っていたので正確には推測出来ないが、だいたい午後八時頃だろう。
「クソッ、奴ら本当に俺の武器を全て持って行きやがったな」
 意識があるうちにはMk22しか取られていなかったが、どうやらその後でも彼らはタイラーの装備をチェックしていたようだった。
 ハーネスへ上下逆に取り付けたナイフ、左足首に巻きつけてあったMk22の弾倉、腰回りに引っかけてあったM63のボックスマガジン、そしてポーチの中の携帯食糧まで。それだけでなく、水筒の中身はすべて抜き取られ、無線機は壊されてしまっていた。
「畜生、何も無い。拘束されていなかったのは幸いだったが……そういえばM63は?」
 タイラーは自分の周りを見渡して、自分の愛銃を見つけた。だがそのストーナーM63は弾倉を取り外され、真っ二つにへし折られていた。
「なんて奴らだ……とりあえず逃げるしか無いだろうが」
 ここから基地まではどう考えても丸二日はかかる。飲まず食わずでそんな長距離を、それも武器も持たずに移動するというのは、いくら体力に自信のある自分でも無理だと分かった。
 と言う事は、スニーカーが言っていた救援部隊に期待するしか無い。しかしソ連軍の部隊も来ると言っていた……奴は一体何者なんだ?
 タイラーをこんな敵地の真っただ中まで連れだして、何の容赦も無く撃って眠らせた。殺害が目的という訳では無かったらしいが、もしこのまま何もしなければタイラーはソ連軍に捕らわれる事になる。
 彼らの居た基地には、互いに面識を持っていなかったもののSEALsとSFGが二部隊ずつ駐屯していた。しかし最近タイラー以外のSEALとSFGの一部隊が極秘任務に狩り出され、残った特殊部隊員はタイラーを含め6人だけとなっていた。
 SFGがよく使っていたヘリが一機あり、腕利きのパイロットも一人居る。スニーカーの話が本当だとすると、今頃彼らも基地から離れている事になる。
「今基地が攻撃を受ければ……ひとたまりも無いんじゃないのか?」
 タイラーは妙な胸騒ぎを覚えたが、ひとまず無視して逃げる方法を考える事にした。その時、ヘリのローターが高速で回転する音が聞こえた。
 音が近付いて来る中、タイラーは自分の後ろ数十メートル先から人の気配が近付いて来るのを感じた。

「お前がタイラーだな?」
 銃をこちらに向けて素早く近寄って来た気配に振り向いた時、英語でそう言われた。
「あんたは……グリーンベレーか」
 目の前にはタイガーストライプの迷彩服を着込んだ男と、黒人のパイロットと思しき服装の男が姿勢を低くして立っていた。タイラーは彼らが何者かすぐに分かった。
 同じ基地に駐屯していた兵士で、アルとコルト。
「助けに来たぞ……早くここから逃げよう」
 アルはそう言い、背負っていたM16をタイラーに渡した。
「あのヘリを奪おう。それしか方法は無い」
 タイラーは渡されたM16を右手に持ち、左手で空を指した。その先には、ハインド攻撃ヘリが徐々に高度を落としているのが見えた。
「やはり同じ事を考えていたか……コルトがあのヘリを飛ばせる。奴らが兵員を下ろすタイミングを狙って畳みかけるぞ。いいな?」
 そう言ったアルに、タイラーとコルトは頷く動作で答えた。
「よし……俺に付いて来てくれ」

 Mi-24ハインド攻撃ヘリには6人の空挺部隊員が搭乗していた。操縦士もベテランで、数十分前にはアメリカ軍のヘリを追撃していたところだった。
 滑らかに高度を落とし、機体が地面に付こうとした時に空挺部隊の隊長が左手を振って合図を出した。それを見た他の兵士達は手に持った銃を構え、飛び降りるようにヘリから出ようとした。
 その時、左翼側からフルオートでばら撒かれた銃弾が彼らに襲いかかった。血を噴き出して倒れた隊長を踏み越え、兵士達は銃弾が発せられた方に銃を向けた。

「奴らの隊長を倒したぞ!」
 展開し応射してきた敵兵士から身を隠しながら、コルトが叫んだ。
「ああ、他にも二人。残ってるのはあと四人とパイロットか?」
 アルはコルトと二人で隠れている木箱から身を乗り出し、XM177カービンを一通り撃ちまくって再装填した。
 敵がこちらより圧倒的に多い以上、正面から単純に攻撃を仕掛けるのは無謀だった。
 その為、アルは敵が降下する直前を狙って攻撃を開始し、そして敵が大慌てで出て来た所でヘリを制圧する作戦を思いついた。幸運だったのは、タイラーがそこで最も重要な役回りを引き受けてくれた事だった。
 生き残った四人の兵士達は、互いに援護し合いながらアル達の隠れている遮蔽物に向かって前進していた。
 その時後ろで何発かM16の銃声が響いたが、興奮状態に陥っていた彼らには聞こえていなかった。

 タイラーは最初に銃声が響いた時点では動き出さず、敵兵士がアル達の方に向かって進み始めた時点で初めて物影から飛び出した。そして素早くヘリにまで乗りこみ、窓から拳銃を撃っていた敵のパイロットの頭に銃弾を撃ち込んだ。そして倒れながらも拳銃で応戦しようとしていた敵の部隊長の胸を撃ち抜いた。
 作戦通りアル達が射撃を止めていたのを確認し、膝をついてしっかり銃を構え、三・四発ずつ連射した。
 敵兵士達は自分の背後から飛んでくる銃弾に気付く間もなく、前のめりに倒れて死んでいった。

「クリア!やったぞ!」
 その声を聞いてアルとコルトが遮蔽物から出ると、タイラーがパイロットの死体を昇降口から引きずり出しているのが見えた。
「早くこっちに来て、こいつらを運び出すのを手伝ってくれ!」

タイラーは非常に手際よく機内を掃射していた。パイロットに向かって放たれた銃弾は一発だけ逸れて風防ガラスに穴を開けていたものの、ヘルメット越しに頭に撃ち込まれていた。機内に残っていた兵士に確実に止めを刺した上で、外に出た四人の背中にも銃弾を撃ち込んでいた。
 そして、その作戦を立てたアルの冷静さについても感心した。臨機(アドホック)にここまでの作戦を考えつけるだけの頭脳はたいしたものだ。
 次は自分の番だ、とコルトは意気込んだ。
 目の前の操作盤と、数か月前に頭に叩き込んだソ連製ハインド攻撃ヘリの操縦方法を照らしあわせ、操作に関するビジョンを組み立て上げる。
 空中に浮かび上がれば、少しでも迷ってはならない。息を吸うように軽く機体の水平を保ち、自分が歩くように左右へ旋回する。そうして常に機体と同化して操縦するというのがコルトのポリシーだった。
「よし……いいぞ。出発しよう」
 コルトは後ろを振り向いて、銃を手に左右を警戒するタイラーとアルに向かって言った。二人はすぐに機体に飛び乗り、窓から銃を突き出したままコルトに合図を出した。
 コルトはそれを見て、静かに機体を浮遊させた。

「やっと基地に帰れるな……ひどく腹が減ったぜ」
 タイラーはM16を外に向けたまま言った。
「今さらだが、俺を助けに来てくれてありがとう……あんたの部下達にも言いたかったが」
「救出作戦は成功した……彼らも満足してくれている筈だ」
 アルは顔を伏せて言った。
「帰ったら俺はもう足を洗う。帰ったら奴らの家族に会いに行く事にするよ」
「あんた程の優秀な兵士が……いや、何でもない」
 タイラーは銃を抱え、昇降口のドアを閉めた。
「とにかくありがとう。俺が生きてるのはあんた達のお陰だ」
 コルトは操縦に集中しながら彼らの話を聞いていた。口は開き辛かったが、彼も今後の身の振り方を考えていた。民間のパイロットになるのも良いと考えたが、やはり帰ってから考える事にした。

 暗闇の中、ヘリは基地まで接近していた。
「アル、タイラー。基地が見えたぞ」
 コルトはそう言って、着地に向けて気を引き締めた。
「流石だコルト。さあ、やっと帰れ……」
 アルはそこまで言って、言葉を詰まらせた。タイラーがそれに気づいてアルに向かって問いかけた。
「どうしたんだ?」
「明かりが点いていない……見張りの姿も見当たらない」
「おいおい待ってくれ、そんな筈は……」
 タイラーはアルと同じように窓の外を見て、敵基地で感じた胸騒ぎが戻って来るのを感じた。何か“まずい事”が起こっているに違いない。
「とりあえずサインを送りながら降下する。良いか?」
 そう言ったコルトに、タイラーは「ああ」と力の無い返事を返した。

「見ろ、スニーカー。奴らが帰って来たぞ」
 ホークが窓の外を見て、焦ったような口調で言った。
「ああ、ソ連軍の連中はやはり無能だった……易々とヘリまで奪われるとは」
 スニーカーはうんざりした口調で言い、ホークの方を振り向いた。
「この作戦は完全に極秘だ。奴らを“自然な方法で”闇に葬る事は諦めて、これから我々の手で片付ける。良いな?」
「ああ……」
「俺がヘリを片付ける。お前はここに踏み込んで来た連中を始末しろ」
 スニーカーはホークにM16ライフルを手渡した。
「手際良くやれ」
 スニーカーはそう言うと、音も無く走って闇の中へ消えた。

「おい……見ろよ」
 着陸したヘリから飛び降りてすぐ、アルはそれに気が付いた。
「この基地の歩哨だ……7.62mmあたりのライフルで頭を撃ち抜かれている」
「向こうの奴も死んでるぞ……どういう事だ?」
 辺りを見渡していたタイラーも、他の死体に気が付いていた。
「襲撃を受けたのか?7.62mmといえばAK47と同じ大口径だが」
 コルトも操縦席のドアを開け、XM177を構えて外に出て来た。
「分からんが……とりあえず確認しよう。俺がヘリを見張っておく。タイラーとコルトは中を探って来てくれ」
 アルはそう言って、XM177と腰のMac10の安全装置を解除した。
「了解、俺が前衛を務める。背中は頼むぞ」
 タイラーはM16を構えて出入り口のドアを開き、コルトはその後ろに続いた。
「畜生……何てこった」
 アルはそう言って、ヘリコプターの鉄板に頭を打ち付けた。

「酷い……何てこった」
 タイラーとコルトが基地内に侵入すると、すぐに銃を抱きしめた数人の仲間の死体が目に入った。
「明らかに銃で撃たれて死んだようだが……損傷は決して激しくはない。恐らくNATO規格の5.56mmだろうな」
 タイラーは跪いて死体を観察しながら言った。
「で、こいつは更に首をへし折られている。他の連中も殆ど急所を撃ち抜かれて死んでいる。薬莢も殆ど落ちていないな……抵抗も殆ど出来なかったらしい」
「敵は相当素早くやったらしいな」
 コルトはそう言ってタイラーの後ろにしゃがんだ。
「いや、こんな事を一瞬のうちにやるのは無理だ。仮にも訓練を受けている連中を殆ど抵抗させずに射殺するなんて事は、どう考えたって無理に決まっている」
 タイラーはそう言った時、死体の首に小さな針のような物が刺さっているのを見つけた。その瞬間彼の顔が青ざめた。
「奴らは……こいつらの中の何人かを“盾”にしたんだ。それでこっちが戸惑っている間に奴は銃で、麻酔銃で他の連中を眠らせた。こいつらの死体の向きと薬莢の飛び方を見たところ、奴らは少なくとも二人以上で両側から挟みこんだんだろう。その後ゆっくりと急所を狙って、こいつらを撃ち殺した」
「そんな事が……可能なのか?」
 率直な疑問だった。
「気配と姿を消して忍び寄り、筋肉と骨格の力を最大限に利用して相手を組み伏せておくだけの技能があれば可能だろう。その上にナイフを突き付ければ相手は殆ど抵抗しない筈だ……」
 タイラーは、スニーカー達の左胸に小さなナイフが差されていた事を思い出した。そして、気配と姿を消す事が出来ると語っていた事も。
「奴らだ……俺をさらった連中がここに来てこいつらを殺した」
「待ってくれ、まるでコミックの未来戦士だな。そんな人間居る訳無いだろ」
 コルトが言い終える直前に、タイラーは彼に銃を向けた。
「動くな……」
「おい……待てよ……そんなつもりで言ったんじゃ……」
 コルトがそう言って後ずさった時、彼は背中に何かが当たったような感覚を覚えた。
「動くなと言っただろう!畜生!」
 タイラーがそう言い切る前に、コルトは体の自由を奪われた。

「ン……?」
 アルは急に不快な胸騒ぎを覚え、XM177を構えて辺りを見渡した。その次の瞬間には彼の両手に握られていたカービン銃がもぎ取られ、彼自信は顎を殴られ、地面に投げ倒されていた。
 後頭部を強く地面に打ち付けられたせいで視界がかすんだが、それでも目の前に突き付けられた銃口が認識出来た。
「動くなよ、キッド(若造)」
 自分が握っていた筈の銃が目の前に突き出され、自分を狙っている。だが、銃を持っている手も、その先にある胴体も見えなかった。
 アルは瞬時に腰のMac10を取ろうとしたが、腕から右上半身にかけて痛みが駆け抜けた。自分の右腕を確認すると、肘から先が通常とは逆の方向に折り曲げられていた。
「クソッ!」
 すすり泣きが混ざったような声で悪態を吐くと、アルは透明な敵の見えない股間を狙って、右足で蹴り上げた。それを避けようと敵が一瞬だけ体を傾けた所を狙って、右肩と左手で下半身を持ち上げ、相手の銃目掛けて蹴りつけた。敵は体を前に傾け、銃を守ってアルの蹴りを右腕で受け止めた。
 その時、敵の姿が見えるようになったのを、右腕をぶら下げて立ち上がったアルは確認した。
 Mac10の照準器越しに見える敵はゴム製と思わしきスーツを装着し、右肩と右手でアルのXM177をやや斜めにして構えていた。左手には小型のナイフを、銃と垂直に、逆手に握り締めている。頭には何も被っておらず、暗闇に溶け込むような暗い灰色の髪が揺れ、その下には青色の目が輝き、その整った顔は充実した戦いと生の充足に酔いしれているようだった。印象は随分変わっていたが、アルはその顔に見覚えがあった。
「あんたは……」
 その時、敵の眼の輝きが増し、右手のXM177が地面に落ちた。アルが地面に落ちたカービン銃に目の焦点を合わせた一瞬のうちに、敵は彼のすぐ目の前に躍り出ていた。相手の右手が顎を押し出すように繰り出され、右脚の反対側に相手の左足が掛けられるのを感じ、アルはそのまま押し倒されるイメージを描き、対応策として左手で相手に力強く抱きついた。顎に当てられていた相手の手を首の力で押し返し、すかさず相手の右肩に噛みつこうとした。だがその首にナイフのセレーションが引っかけられ、次の瞬間には相手の右足が左膝に当てられ、そのまま敵の左腕の力で横に引き倒されたが、苦しみながらもアルはMac10の引き金を引きっ放しにした。相手が射線を逃れるように立ち回っていた為に、装填されていた弾は全て外れて基地の外壁を叩いたが、アルの狙いはMac10の弾倉を空にし、銃をもぎ取られても相手が撃てないようにする事だった。案の定彼のMac10はもぎ取られたが、敵は銃のボルトが前進したまま止まっている事を確認すると無造作にそれを放り捨てた。
 一方のアルは引き倒された瞬間、受け身は取らずに右腕を地面に押し付け、自分の体重と敵の力で脱臼を押し戻した。凄まじい痛みに涙が零れたが、それが地面に落ちる前に彼は銃を捨てた敵の首目掛けて右足を蹴り上げた。痛みに紛れて放たれたその一撃が、その勝負を決着に導いた。
 敵は素早く屈み込み、身を翻して右足の踵で、アルの軸足となっていた左足、左膝の裏側に引っかけるようにして蹴り出した。アルが右足を蹴りあげたままバランスを崩し、背中から転がる前に、今度は敵の左踵が彼の首の下に叩き込まれた。アルは後頭部から地面に倒れ、意識は朦朧としていた。相手はアルがまだ辛うじて意識を保っている事を感じ取ると、彼の胸倉を掴んで引き上げた。
「まだやるか?グリーンベレー。所詮お前は陸軍の特殊部隊員、我々とは履いている下駄が違う」
 その声にも聞き覚えがあった。
「あんたも元SFGだろう。SOGで俺と行動した事もある。俺が最初に配属された偵察部隊のリーダーをやっていた……ジュイ・フー大尉。靴の上に靴下を履く事を教えてくれたのはあんたじゃないか……」
 そう言った時、アルは相手の顔に動揺の色を感じた。だが次の瞬間、彼の体は相手の肩に背負われ、そしてヘリの外郭に叩きつけられた。
 アルの意識は消失した。

「兵隊にしては頭がよく回るらしいな、タイラー」
 コルトの顔の右側に、M16が片手だけで構えられた。
「どういうつもりだ……一体何をした?」
 タイラーはM16の照準器にホークの頭を捉えたまま言った。
「あんたも俺達と同じアメリカ人だろう?どうして同じ国の兵士同士が銃を向け合っている?一体何が起こってるんだ?」
 ホークはコルトの首元にナイフを這わせたまま、口を開いた。
「そうだな、お前達はこれから死ぬ。冥土の土産に教えてやってもいいだろう」
 コルトが一瞬の隙を狙って抵抗しようとしたが、ホークは何も無かったようにコルトの動きを固めていた。
「我々はこのベトナムのソ連軍基地を経由して、ある兵器を運ぶ予定だった。この混戦の中なら外部にその存在が知られる事も無い……というのが上層部の結論だったのだが、偽装亡命を決行しようとしたCIAの諜報員がグリーンベレーの偵察部隊に発見され、同時にソ連軍基地も空爆によって破壊され、資料も全て奪われた。その資料はこの基地に保管され、明日にはMACVに送られる予定だった。我々の目的は、資料と基地を“ソ連軍に強襲された”ように見せかけて、葬り去る事だった」
「イワン(ソ連野郎)に罪を着せて逃げ去るという事か、そして俺やアル達を外に連れ出したのは作戦の障害を取り除くためか……待て、その兵器とは何だ?」
「正確には、兵器の一部だ。本体は既に目的地へ運ばれている……我々が運ぶのはその移動装置と火力管制プログラム」
「そんなものを……一体どうやって」
「複数のパーツに分けて運び出す予定だったが、本体との結合部を運んでいた輸送機が誤って撃墜された。それ以外の部品は未だこの湿地帯に隠している」
 そう言って、ホークはM16の引き金に指を掛けた。
「さて、お喋りは終わりだ。そろそろ死んでもらう」
 コルトの首にナイフの先が向けられ、その喉を引き裂こうとした。それと同時にM16の狙いはタイラーの心臓付近に向けられている。
「撃て、タイラー!この距離ならその銃でも俺の体を貫通してこのクソ野郎を撃てる!」
 コルトは恐怖に顔を引きつらせながら言った。
「撃てるか?水兵。こいつは間違いなく死ぬぞ?」
 ホークの言葉に、タイラーは引き金を引きながら答えた。
「俺は海兵隊上がりだ、変態野郎(マザーファッカー)」
 一発だけ撃たれた銃弾はホークの左手の指を数本吹き飛ばした。握られていた指が無くなったナイフはコルトの服に浅い引っ掻き傷を残し、床に落ちた。
「畜生!」
 ホークはコルトの耳のすぐ傍でM16を発砲したが、コルトが肩でその腕を叩いた為、弾丸は僅かに逸れてタイラーの左肩をかすめた。
 コルトは右手に握ったままのXM177をホークの右足に向けて数発撃ち込み、ホークから離れてその胸に銃弾を撃ち込もうとした。だが、苦痛に顔をゆがめたホークもコルトの胸を狙っていた。
 その時、タイラーの声が聞こえた。
「伏せろ!」
 コルトは転がるように伏せ、タイラーはM16に残っていた銃弾を全てホークの胴体に撃ち込んだ。ホークはコルトに注意を向けていた為に、タイラーに応戦する事が出来なかった。
 コルトが起き上がって振り向いた時、血まみれになって倒れているホークが見えた。
「やったな、タイラー。倒したぞ」
 タイラーはコルトの声を聞きながら、AK47の弾倉を取り換えた。
「いや、まだだ。もう一人居るはずなんだ……」
 その時、アルにヘリの防御を任せていた事を思い出した。
「駄目だ……アル!」
「アルがどうしたんだ?」
 コルトがそう言い切る前に、タイラーは入口に向かって駆け出した。コルトはXM177を抱えてそれに続いた。

 タイラーがドアを蹴り開けた瞬間、その目の前に缶のようなものが投げられた。
「手榴弾だ!」
 そう言ったコルトの声は甲高い爆音に飲み込まれ、閃光によってタイラーの視力が奪われた。後に続いていた為に辛うじて視力を保っていたコルトは、タイラーを基地の中に押し込みながら、片手でそれが飛んで来た方向にXM177を撃ち込んだ。
「畜生!スタングレネード(特殊音響閃光手榴弾)だ!」
 聴力と視力を取り戻しかけているタイラーが、一時的な難聴の為に大声で叫んだ。
「待て、叫ぶな!耳を澄ませて音を聞くんだ」
 コルトはタイラーの肩に手を当て、壁に押し付けて言った。タイラーは半ば混乱しながらコルトの言う通り、黙って耳を澄ませた。数秒もすると、視力も聴力も元通りに戻り、風が吹き込むような音が聞こえた。
「ヘリだ……ヘリが飛んでいる」
「そうだ、しかもソ連製Mi24ハインド攻撃ヘリ。俺達が奪って来たものだ、あんたの言っていた“もう一人”が飛ばしているとしか思えない」
 タイラーはM16を抱えて立ち上がろうとしたが、その時になって、閃光に呑まれた時にライフルを取り落としてしまった事に気が付いた。
「コルト、あの攻撃ヘリに武装は積まれていたのか?」
「ああ、機関銃に小型ロケットランチャー。機関銃の弾薬は十分、ロケットは一発だけ残っていた」
 ヘリのローター駆動音はまだタイラー達の頭上を舞っていた。
「奴はこの基地の弾薬庫を吹っ飛ばすつもりだ……コルト、ここから脱出する必要がある」
 タイラーはそう言った。
「何だって?怪物ヘリの機銃掃射を浴びるぞ。ミンチになりたいのか」
「でなければバーベキューパーティーだ。焼かれたいのか?弾薬庫を攻撃されたらこの基地ごと吹っ飛ぶぞ」
 そう言って、タイラーは立ち上がった。
「スモーク(煙幕)はあるな?俺がドアを開けたら外に放り投げろ」

 スニーカーは風防ガラス越しに、出入り口からスモークが出た事を確認した。
「それだけか?こっちは機関銃の弾薬はたっぷり残ってるんだぞ」
 そう言って、スニーカーは煙幕に向かって数秒間に渡る長い掃射を放った。連続して放たれた銃弾によって、地面が抉れ、そこにあった武器と壁の一部が砕かれた。
 もしそこに人間が居れば、文字通り挽肉のようにされていただろう。だが、スモークが晴れた後、そこには血の一滴も落ちてはいなかった。
「チッ……臆病者共め」
 スニーカーは、今度はロケットランチャーを、さっき基地内を掃射した時に確認した武器庫に向けた。
「終わりだ……丸焼きにしてやる」
 一発のロケット弾が放たれ、次の瞬間には基地の武器庫に向かって正確に飛んで行った。すさまじい轟音と同時に基地全体が燃え崩れ、辺りの草木まで燃やし尽くした。
 スニーカーは、その効果的な攻撃に満足した。
「見ろよ、グリーンベレー。お前達の基地が燃えているぞ?」
 気を失ったままのアルは、後部座席に縛り付けられていた。殺害するつもりだったが、どうやら自分について知っているようだったので、スニーカーは捕虜として拉致する事に決めたのだった。
 スニーカーは右胸に取り付けた無線機を操作し、作戦本部に連絡を入れた。
「こちらスニーカー。基地武器庫と米軍兵士を始末した。捕虜を一名捕った。これより帰頭する」
「了解、スニーカー。出迎えの準備をして待っている」

 草木の焼ける匂いをすぐ近くに感じながら、タイラーが起き上がった。
「行ったか……どうやら奴は俺達が武器庫の近くにある排気口から外に出るとは思わなかったらしい」
 コルトはその後ろで、XM177を抱えてしゃがみ込んでいた。
「ずいぶんきわどい賭けだったな……タイラー。奴が真っ先に武器庫を吹っ飛ばしてたら、俺達は今頃真っ黒焦げだ」
「そうでもないさ。奴は人間との戦いに飢えてる……強者との戦いにな。スモークを焚いて俺達がそこから出る可能性を示してやれば、間違いなく直接的に俺達を殺しにかかると思ったのさ」
 タイラーは微笑んだような表情で言った。
「楽しそうだな……それより、アルは……」
「スタングレネードを食らう前に一瞬だけアルがヘリの座席に括りつけられているのが見えた」
「つまり、奴らに拉致されたという事か」
 コルトは周りを見渡した。
「参ったぞ……さっきの爆発で車両も吹っ飛んだ。ヘリも残っていないし……本国に支援を求めるにしても、その為の無線機も焼かれた」
「それに、この基地は最前線近くにある秘密基地だ。近くに友好的な村も存在しない」
 タイラーはしばらく黙りこんだ後、何かを思い出したように口を開いた。
「そうだ、ボートがある。奴らは川下に向かったから、どうにか追いつく事が出来るかもしれないぞ」
「どこに停めてある?」
「すぐ近くの川に、草木でカモフラージュして隠してある。燃料も入れて、すぐにでも動かせる筈だ」
 そう言って走り出そうとしたタイラーを、コルトが止めた。
「待て、移動手段がどうにかなったとして、お前は武器を持ってないじゃないか。何も持たずに奴らの巣窟に飛び込む気か?それに、ベトコンや北ベトナム軍と接触する可能性もある」
「だがここの武器に使える物が残っているとは思えない。それに、建物に近づくのは危険だ」
「確かにそうだが……」
 コルトはそう言ってしばらく考え、やっとある事を思い出した。
「そうだ、下流へ行くなら知り合いが居る。武器も持っている筈だ」
「そいつは信頼できるのか?」
 タイラーは首をかしげて問いかけた。
「ああ、元傭兵で腕も確かだ。それに、東西両サイドの武器を扱える。何より閉所戦闘と狙撃の達人だ」
 そこまで聞いて、タイラーは満足した。
「なるほど……役に立ってくれそうだな。そいつの所へ寄って行こう」

 午前三時、スニーカーは基地司令室のソファーに座っていた。試作型のスニーキングスーツ(潜入任務用特殊スーツ)は返納し、今は米軍標準のOD(オリーブドラブ)色のズボンを履いていた。空の革製レッグホルスター(太ももに巻きつけるタイプのホルスター)を装着し、上半身は裸という身なりだった。
 彼は軟らかいソファーの座り心地の悪さに若干ストレスを感じながら、口を開いた。
「さっき報告した通りだ。秘密基地の掃射にはやや手間取ったが、ソ連製の火器で焼き払った。我々が使用した麻酔銃の弾丸も見つかりはしないだろう……ホークの死体とスーツ、彼に預けてあったイーグルのスーツも全て焼き払った」
 彼の前で机にもたれかかっていたモーガンは、それを聞いて満足した様子だった。
「流石はCIAが誇る米国最高の特殊部隊員だな。二人の新米は少々気の毒な事になったが、史上でもナンバーツーの実力を誇る君は生きて帰ってきてくれた。任務も完遂し、そして捕虜を確保してな」
 スニーカーは半ばうんざりした目でモーガンを見つめた。それを受けて、モーガンは大げさに何かを思い出したそぶりをして、自分の後ろのケースを取り出した。
「ああ、ハッシュパピーは返納してくれたな。君の銃を返そう、傷一つ付けてはいないから安心してくれ」
 モーガンがそう言って差し出したケースを奪い取り、スニーカーは手早くケースを開いた。中には一丁の自動拳銃が収まっていた。
「預けた時と何一つ変わってはいない。頼んだ通り確実に保管しておいてくれたようだな」
 スニーカーは銃を取り出し、握り締めてその感覚を確かめた。モーガンは薄ら笑いを浮かべて言った。
「ファブリックナショナルのブローニング・ハイパワーだな。9mmパラベラム弾を13発装填出来る高火力自動拳銃」
「その通りだが、さらに改良を加えてある。サイトは高精度の物に換装し、夜光塗料を塗布してある。銃身はサプレッサー装着用に延長してネジを切ったものに換えた」
 そう言って、スニーカーは銃をホルスターに収めた。
「M1911A1では駄目なのか?君は良質なカスタムモデルを持っている筈だ」
 モーガンは指で拳銃の形を作って言った。
「.45口径(フォーティーファイヴ)ならサプレッサーとの相性が良く、人体に対する打撃力(マンストッピングパワー)も高い。だが対人用なら相手が高性能なボディーアーマーでも着用していない限り9mmパラベラムで十分だ。それに、弾は沢山あった方が安心だ」
「なるほど、では.45ACPを13発……いや、10発以上で可能な限り……そうだな、だいたい12発装填可能でサプレッサーを装着可能な拳銃が存在すれば、君は使用するかね?」
 スニーカーはそう言われて、少しの間考えた後で答えた。
「そうだな、さらに分かりやすい操作性と高性能なトリガー・ハンマー。さらに何発撃っても壊れない強固さと、競技用銃(レースガン)に匹敵する程の性能。あとフラッシュライトなんかのオプションパーツを銃身下部に装着出来れば鬼に金棒だな。だが、現在特殊作戦用に支給されているMk22のようなスライドロック機構は必要無いかもしれない」
「なるほど、プロの意見は参考になる。軍の上層部に教えてやるとしよう」
 モーガンは手元のメモに何か走り書きをした。
「実際にその条件を満たす物を量産すれば巨大化・重重量化してしまうだろうが、アサルトライフル・サブマシンガンの殺傷能力・火力と、拳銃の取り回し易さを併せ持った、新しい拳銃の概念を確立する事になる」
 スニーカーはそう言うと、はっとしてソファーから立ち上がった。
「そうだ、あの捕虜はどうした?確かアルヴィス大尉か……」
「尋問にかけるにも、体中至る所を強打して気を失っているからな。ヘリの墜落からSEALの救出、そして君との肉弾戦を殆ど休憩もせずに戦ったんだ。体力の消費も激しい。朝になって目を覚ましたら尋問にかける」
 モーガンはそう言って、自分の机に戻った。
「その前に、君はシャワーを浴びて来た方が良い」
「分かった……そうさせてもらう」
 スニーカーはモーガンに背を向け、部屋を出て行った。

「ここだ、タイラー」
 コルトの声を聞いて、タイラーはボートのエンジンを止め、辺りを警戒しながらボートを降りた。それに続いてコルトが陸地に上がる。
「敵勢力は居ないようだが、いたる所にブービートラップが仕掛けられている。あんたの友達の仕業か?」
 タイラーは足元に張られていたワイヤーを踏み越えて言った。
「ああ、奴は用心深いんだ」
 そう言ってコルトが地面に踏み出した時、彼の左手に細い糸のような物が触れた。それに気づかずにタイラーがもう一歩踏み出した時、よく通る声が響いた。
「コル、その白人誰だ」
 タイラーはもう一度辺りを見渡し、日の出の白い光が反射している場所を見つけた。
「お前抵抗する、無駄。お前の頭狙ってる」
「こいつは俺の友人だ……ナナシ、お前の助けが欲しい」
 コルトはそう言って、カービン銃を地面に置いて見せた。
「俺たちは敵じゃない。俺とお前は友達じゃないか」
 タイラーの額から汗がこぼれ落ちた時、彼の近くの茂みから一人の男がサプレッサー付きの拳銃を構えて出て来た。
「何てこった……あのスコープは囮だったのか」
 タイラーはそう言って、茂みから出て来た男を見た。その隣で、コルトが銃を拾って言った。
「彼が俺の言っていた戦士だ。ナナシ・パピ・ラバだ」
 ナナシと呼ばれた男は、タイラーに向かって左手を差し出した。
「やぁ、俺ナナシ。友達歓迎する。ようこそ、タイラ」
 タイラーはナナシが右手に拳銃を握ったままだという事を気にしながら、注意してその左手を握った。
「ナナシ。俺達の友人が捕らわれてるんだ。武器と弾薬、出来ればお前自身の協力も欲しい」
 コルトはXM177を肩に引っかけて言った。
「勿論協力する。武器は家にある。いっぱいない、でもいいものばかり。ついて来て」
 ナナシはそう言ってハッシュパピーをホルスターに収め、森の奥へと進んで行った。タイラーとコルトは彼を見失わないよう注意しながら続いた。

「気分はどうだ?グリーンベレー」
 アルはその声に目を覚ました。小さな窓を見ると、その明るさから午前四時頃だろうと推測出来た。
 手足を動かそうとしたが、どうやらその両方とも縛られているようで、そうでなくても右腕は痛みで殆ど動かせなかった。体中至る所が痛み、首を動かすだけでも骨が折れた。
「ここは……」
「アウシュビッツではないよ。だが、集中治療室でもない。しかし随分早く目が覚めたな」
 アルが首を動かして辺りを見渡すと、ベッドのすぐ隣にスニーカーが居た。米軍標準の緑色の戦闘服に身を包み、右脚には自動拳銃が差されていた。
「ジュイ、一体どうしてなんだ」
 アルは胸の痛みに耐えながら、声を絞り出した。
「さっきから一体誰の事を言っているんだ。俺はお前の元上官ではないし、SFGのような低水準の特殊作戦部隊に居た事も無い。俺は元SAS(特殊空挺部隊)だ。同じ陸軍でも、お前達のようなゴリラ集団とは格が違う」
 スニーカーはそう言い放った。
「だが……しかし、その拳銃は……」
 アルはジュイの右脚に差さっている拳銃を見つめた。スニーカーはそれに気づいて、拳銃を抜いて見せた。
「ブローニング・ハイパワー、これは実に良いものだよ。ワルサーP38やS&Wモデル39等に実装されているダブルアクション機構こそ無いものの、同じ9mmパラベラム弾を13発装填出来る」
「その上サプレッサー使用時の消音効率を上げるためにサブソニック(亜音速)のホローポイント弾を使用し、サイトも付け替えてある。あの頃と同じだ」
 アルがそう言った瞬間、スニーカーは左胸に差したナイフを素早く引き抜き、アルの顔のすぐ側に力強く突き立てた。
「俺は昨日までお前と会った事も無い。俺はお前の元上官ではない」
 スニーカーはそう言って、ナイフを自分の胸に戻し、ドアを開けて外に出て行った。
「どうしてなんだ……」
 アルはその背中を悲しそうな目で見送った。

「俺の武器これだけ。全部持って行ってもいい」
 ナナシはタイラーとコルトを小さな地下倉庫に案内した。
「うむ、確かに良いものが揃ってるな」
 タイラーはそう言うと、脱脂綿の詰められた木箱の中身を取り出した。銃身とストックを切り詰めた、ソウドオフモデルのショットガンだった。
「イサカM37フェザーライトだ。トンネル制圧兵(ラット)も使ってる12ゲージのショットガン。近接戦闘では強力だぞ」
 そう言って、タイラーはそれを構えて見せた。
「そこの隣にサブマシンガンある。それも持って行く良い」
 ナナシはタイラーのすぐ側のケースを指差した。タイラーがそれを開くと、そこにはイスラエル製の9mm短機関銃が収められていた。
「ウージーか。アルと合流したら渡してやるとしよう」
「手榴弾も数個持って行こう。良いか?ナナシ」
 コルトは手榴弾を収めた箱を指差して言った。
「オーケィ。そうだ、タイラ。これもやる」
 そう言って、ナナシは一本の大型ナイフと黄色い箱を差し出した。
「メイドインジャパン、サムライカタナの技術使ったナイフ。それとサムライレーション」
「こ……これは……!」
 タイラーはナイフを手に取ると、目を輝かせた。
 数時間前まで彼の足首に巻き付けられていたナイフも日本製の大型サバイバルナイフだったが、今渡されたナイフはノコギリ状のセレーションや空洞が設けられていない、殆ど戦闘用に用途を限定したナイフだった。その銀色の刃は黒光りし、美しさとその裏側のとてつもない不気味さを発していた。
「やはりジャパニーズはセンスが違う。こんな高品質の刃物は他では作れない……一体どこで手に入れた?」
「俺少し前アメリカの傭兵してた。その時ジャパンの自衛隊助けた。お礼でダンボール一箱のサムライレーションとそれ貰った」
「ナナシは狙撃の名手なんだ。俺も一度RPGで撃墜されそうになった時に助けられた」
 コルトはそう付け加えて、黄色い箱を取った。
「おい、ナナシ。これはサムライレーションじゃなくて、カロリーメイトだ。メイドインジャパンの栄養補給食。俺も奴らと行動した時に貰ったよ」
「オーケィ。カロメト、チョコレト味最高」
 ナナシはそう言って、奥の段ボール箱からカロリーメイトと呼ばれる栄養補給食をいくつか取り出した。
「食糧も確保出来た事だし、そろそろ出発しようか。もしかしたらもう既に尋問が始まってるかもしれない。急いだ方が良いぞ」
 タイラーはそう言って、ボートに駆け戻った。

「ジュイ大尉!俺達以外全員迫撃砲にやられた!」
 すぐ近くでアルが叫んだ。
「分かった、アル。ピックアップポイントまであと数百メートル。お前の脚なら走って行ける筈だ」
「あんたはどうするんだ!俺だけ逃げるなんて……」
 お前は実に良い奴だ。だからこそ生き残って貰わなければ困る。
「サバイバル技術なら俺の方が上だ。それに俺はこのM60軽機関銃と高火力拳銃を持ってる。あとだいたい100発、俺が弾幕を張っている間に逃げろ!俺はどうにか生き延びてやる!」
「あんたも来てくれ!そいつを捨てればどうにか……」
 泣きそうな目で言ったアルを突き飛ばし、笑いながら言った。
「馬鹿め!銃を捨てるぐらいならタマを吹っ飛ばされる方がマシだ!とっとと行けよ、キッド(若造)」
「畜生……また会おう!生きてな!」
 アルは後に向かって走って行った。それから俺は銃の引き金を引き続けて……
「何だ!俺はどうしたんだ!畜生!」
 スニーカーは突然ベッドから起き出して、布団を跳ね除けた。
「畜生……一体どうしてなんだ。毎晩毎晩自分の体験していない筈の場面を夢見る。それに、どうして奴が……アルヴィス少尉が居るんだ」
 夢の中の自分を思い出すと、丁度28ぐらいの年頃に思えるが、それなら今から5年近く前だ。その頃スニーカーはイギリス陸軍の特殊空挺部隊(SAS)に所属していた。SFGとの合同作戦も行った覚えは無い。
「何なんだ……」
 スニーカーはホルスターから拳銃を取り出し、じっと見つめた。
「もしや……本当は……俺は……」
 その時、首に針のようなものが打ち込まれた。
「大丈夫だ。すぐ楽になる」
 隣を見ると、モーガンが微笑んでいた。と、すぐにスニーカーは眠りこけた。今さっきの葛藤や混乱は、すぐに溶けて消えた。
「生体機械……ナノマシンも完全ではないという訳か」
 モーガンはそう呟くと、スニーカーをベッドの上に乗せ、布団を掛けた。
「おやすみ、賢者の人形」

「日が出てしまったな……夜間作戦以上に迅速な行動が求められるぞ」
 背の高い草の中に伏せたまま、タイラーが小声で言った。その隣ではコルトがXM177を抱えている。
「本当にあの倉庫が奴らの秘密基地なのか?ずいぶん小さいが」
 コルトはナナシから受け取った双眼鏡で数十メートル先の小さな小屋を覗いて言った。
「あんたの友達のナナシも言っていたが、窓から地下に通じる階段が見えた。恐らく大きな穴を掘っているんだ。あの小屋はただの入口に過ぎない」
 タイラーはそう言って、時計を見やった。
「予定の時間だ。ナナシが歩哨を排除する……一人しかいない。恐らく問題無いだろう」
「ナナシはどこに隠れてる?」
 コルトは双眼鏡を覗いてナナシを探した。タイラーはそのコルトの肩を叩いて、小声で答えた。
「あそこだ。歩哨から10メートルほど離れた茂みに居る」
 コルトがそこを見た時には、歩哨は消音機付きのハッシュパピーから発せられた銃弾に倒され、ナナシはその茂みから出て来ていた。
「よし、行くぞ。双眼鏡をバックパックに収めろ」
 タイラーはショットガンを構えて立ち上がり、倉庫の前で辺りを警戒するナナシの元まで駆け寄った。コルトはその後ろに続いた。
「よし、中に入ったら一瞬も気を抜くな。コルトは俺の後ろに続け。ナナシ、そいつはセミオートでも撃てるか?」
 タイラーはナナシのハッシュパピーを見て言った。
「9mmパラベラムのサブソニック・ホローポイント弾を装填してある。パンパカ撃てるぞ」
 ナナシはそう言って、サプレッサーを外してポーチに収めた。タイラーはナナシがだいぶ英語に慣れて来た事に気付いて、やや心強く思えた。
「よし、ナナシはしんがりを頼む。では行くぞ」
 タイラーはコルトとナナシの顔を見てから、ドアを開いた。

「侵入者だと?どういう事だ」
 モーガンは監視室に入り込むなりそう言った。
「奴らだ。タイラーとコルト、もう一人現地民を仲間に付けたようだな」
 数人の兵士達の他に、スニーカーもそこに居た。オリーブドラブ色の戦闘服に、ハンドガンと小型ナイフという軽装備だった。
「既に迎撃部隊を差し向けている。ここまでたどり着く事は出来ないだろう。我々が出向く必要も恐らくは無い」
「奴らは何のためにこんな危険なマネを……」
 モーガンは左脇のホルスターからM1911A1のカスタムモデルを引き抜き、握り締めていた。
「奴を……アルを救出するためだろう」
 そう言って、スニーカーは監視室から出ようとした。
「おい、待て!一体何処へ行くつもりだ。我々が出向く必要は無いと……」
 呼び止めるモーガンの声を遮って、スニーカーは言った。
「確かに“必要は無い”。だが俺は戦いたい……奴らのような強い相手と戦いたいんだ」

「いたぞーッ!」
 曲がり角で鉢合わせした敵に、タイラーは迷わずショットガンの銃弾を撃ち込んだ。敵は数個の鉄球によって後ろに吹き飛ばされ、そこをタイラー達は踏み越えて行った。
 侵入してから数十メートル走ったが、未だにアルが監禁されている部屋がどこか分からない。その上、迎撃部隊が次から次へと送り込まれ、タイラーのショットガンの銃弾は殆ど底を尽きかけていた。
「あと何発だ!タイラー」
 コルトはXM177を抱えて言った。
「畜生、今弾倉に残ってる4発で終わりだ。お前はどうだ、コルト。ナナシは?」
「あと3本だ。手榴弾はあと一つ」
「ピストルの弾倉はあと2本、SVDは10発だけ」
 弾薬もかなりの量を持って来ていた筈だったが、今となっては殆ど底をついていた。
「敵だ!」
 ナナシは叫ぶと同時にMk22を撃ちまくった。後方の通路から飛び出してきた敵が血を流して倒れた。さらに湧き出して来る敵を、コルトの銃弾が襲った。
「こっちもだ!畜生、コルト!手榴弾を貸せ!」
 タイラーは前方から押し寄せて来た敵に向かってショットガンを4発撃ちこむと、コルトから手榴弾をもぎ取って、投げつけた。
 狭い通路の中で爆音が響き、前方の敵が吹き飛んだ。
「進路を確保したぞ!さぁ行こう!」
 タイラーはショットガンを放り捨て、腰にぶら下げていたUZI短機関銃を構えて言った。

「銃声……?」
 アルはベッドの上で音を聞いていた。狭い通路内で響く音は、だんだん近づいて来ている。
「まさか……タイラー達が……」
 起き上がろうとしたが、両手両足を拘束されていた為、上半身を持ち上げる事も出来なかった。その上、昨夜程ではないものの体中が痛い。
 ベッドの上でもがいていると、銃声がついにドアの前までたどり着いた。
「おい、何をする!やめ……」
 歩哨と思われる兵士の声の後、アルの部屋のドアが力強く蹴り開けられた。タイラーとコルトが素早く室内に侵入し、その後で一人のアジア人がぐったりしている敵を引きずって入って来た。
「アル……良かった。生きていたか」
 タイラーはアルの元に駆け寄り、ナイフを取り出した。
「待ってろ、今助けてやる」
 そう言って、タイラーはアルの手足を拘束していた布を切り裂いた。彼の手足はやっと自由になった。
 上半身を起こし、ベッドから降りて立ち上がろうとしたが途端に彼を立ちくらみが襲った。
「だいぶ衰弱しているな……俺が肩を貸そう」
 コルトが近寄って、アルを起こした。
「ああ、頼む。アル、これを持っていてくれ」
 タイラーはUZIをアルの右肩に掛け、そのグリップを右手に握らせた。
「ありがとう……」
 アルはタイラーとコルト、そしてナナシに向かって言った。
「タイラー、あんたにも武器が必要だ。こいつの武器を頂こう」
 ナナシは引きずって来た敵兵からM1911A1ピストルの収まったホルスターを外し、タイラーに渡した。
「よし、脱出しよう。迎撃部隊は殆ど殲滅した」
 タイラーは拳銃を構えて、部屋から出ようとした。その時だった。
「殺気……?畜生、またお前か」
 そう言って、タイラーは銃口をその気配の方向に向けた。そこには、緑色の戦闘服に身を包んだスニーカーが居た。右脚には拳銃と、左胸には小型のナイフ。
「先に撤退しろ。ナナシ、コルトとアルを頼む」
 タイラーはスニーカーに銃を向けたまま言った。
「待て、どういう事だタイラー……」
 コルトはアルをかついだまま言った。タイラーはスニーカーから視線を逸らさずに答えた。
「お前達は先に逃げろ。俺は後からついて行く」
「待て、そいつは……」
 アルが何か言いかけたが、口を閉じた。
「増援をしばらく待たせてある。俺の権限でな……その方が都合が良いだろう?タイラー。」
 スニーカーはアル達を見ながら言った。
「そういう事だ……増援が来る前に撤退しろ。俺はすぐに追い付く」
「分かった……死ぬなよ」
 コルトはそう言って、アルを担いで進み出した。ナナシはその後ろに続いて行った。
「わざわざ進路がばれるような飛び方をして……こうなる事が望みだったのか?スニーカー」
 タイラーは照準器越しにスニーカーの顔を睨んでいた。
「さぁ、俺にもよく分からない……ただ、俺は自分より強い者を探していた……」
 相手の眼光が一気に増したのを、タイラーは見てとった。次の瞬間、彼の目線は大きく傾いた。
「そして、与えられた!」
 スニーカーの右腕がタイラーの腹部に叩きつけられ、そのまま部屋の中に投げ込まれた。タイラーは後転して体勢を整え、拳銃を構えながら右に跳び退いた。
 タイラーが居た場所に二発続けてスニーカーの銃弾が叩きつけられ、木製の床から木屑が飛んだ。
 スニーカーは素早く飛んだタイラーを追い掛けるように五発撃ち込んだが、その全てが外れて壁を叩いた。スニーカーが部屋に入ろうとしたのを感じて、タイラーは隠れていたベッドの反対側からスニーカーに向かって二発撃ち、彼が身を隠したのを見て、頭の上の蛍光灯を四発の銃弾を使って全て撃ち抜いた。
 薄い蛍光灯の破片が室内に舞い、部屋は通路の光がやや差し込むだけの薄暗い空間となった。タイラーは弾倉を取り換え、空になった方を部屋の隅に投げつけ、自身はその反対側に逃げた。
 スニーカーは空弾倉の跳ねた方に銃を向け、五発速射して弾倉を取り換えた。そして部屋の中に飛び込みながら、その反対側に六発撃ち込んだ。だがタイラーはその間に部屋の入口付近に移動しており、スニーカーの後ろを取っていた。
 タイラーは一言も発する事無く、スニーカーに向けて二発撃った。筈だったが、その手をスニーカーの長い脚に蹴られ、銃は部屋に設けられたロッカーの向こう側に飛ばされていた。
 スニーカーは銃を無くしたタイラーに向けて愛用のブローニング・ハイパワーを向け、引き金を引いた。正確に狙って放たれた銃弾が、タイラーの頭を吹き飛ばす筈だった。だが銃弾はタイラーが一瞬のうちに抜いたナイフに弾かれ、跳ねてスニーカーの頭の上の天井に突き刺さった。
 その次の瞬間には、タイラーはスニーカーの腕と銃に自分のナイフと手を絡ませ、スニーカーの銃をもぎ取り、弾き飛ばしてしまった。
 スニーカーは左手で左胸のナイフを抜き、タイラーの首をめがけて切りつけた。タイラーはその一撃をナナシから受け取った日本製のナイフで弾き、後ろに飛び跳ねて間合いを取った。
「流石だタイラー……お前との戦いがこんなにも充実したものになるとは……」
 スニーカーはナイフを左手から右手に持ちかえ、刃先をタイラーに向けた。タイラーはナイフを右脚の近くに低く構え、左足に重心を移した。
「今回は麻酔銃の早撃ち対決とは違う……フェアな勝負だ……」
 タイラーは神経を研ぎ澄ませ、身体の力を抜いた。
「行くぞ……!」

「待て……」
 ナナシはそう言って、身を屈めた。それにコルトとアルが習う。アルはだいぶ身体が回復し、一人でも歩けるようになっていた。
「誰か付いて来ている。タイラーじゃない」
 アルは後を振り向いて、目をこらした。
「あれは……偽装服を着た奴らが数名、狙撃部隊だろうな」
 ナナシはそれを聞いて、小さく舌打ちをして背中のSVDを構え、スコープを覗いた。彼の目には敵が三人見えていた。彼の勘ではおそらくもう一人。
「まだ射程外だ……恐らく展開して俺達を挟撃するつもりだろう。装備はM14自動小銃かM21スナイパーウェポンシステムだ」
 ナナシはスコープから目を離すと、アル達の顔を見た。
「俺が奴らを始末する。二人は先にボートの所まで逃げてくれ」
「分かった……任せる」
 コルトはそう言って、XM177を抱えて進み出した。
「待ってくれ、奴は……」
 そう言ったアルの肩を、コルトは軽く叩いて言った。
「誇り高きラバ族は独りで狩りをする……彼の言葉を信じよう」
 アルはそう言ったコルトの背中に付いて行った。

 モーガンは監視室で座ってモニターを睨んでいた。スニーカーとタイラーは未だ室内で肉弾戦を繰り広げている。他の三名についてはスニーカーに黙って出撃させた四名の精鋭が追っているが、未だに射殺したとの報告は入っていない。
「一体何をしている……作戦を台無しにする気か……」
 モーガンはいらついた様子で立ち上がり、基地内放送用のマイクを乱暴に握った。
「増援部隊に告ぐ!増援部隊に告ぐ!至急、地下施設Bブロックへ急行せよ!」
 そう言った後、彼は付け加えた。
「スニーカー、そろそろ“脚”の試験起動を行う。早く戻って来い!」

「畜生……何てこった」
 タイラーはスニーカーの顔めがけて脱ぎ捨てた上着を投げつけ、続けて彼の胸を蹴り飛ばして言った。
「モーガンめ……」
 スニーカーの小型ナイフも刃こぼれだらけになり、彼の戦闘服にはいくつか切り傷が出来ていた。
「悪いが、ここまでだ。俺は仕事がある」
 と言って、スニーカーはタイラーに背を向けた。タイラーもナイフを収めようとしたが、もう使い物にならなくなっている事に気がついて、それを放り捨てた。
「“脚”の試験起動……確か既存の兵器の拡張パーツじゃなかったのか?」
 タイラーはそう言って、ナイフの鞘を外して放り捨てた。スニーカーは部屋の隅に転がっていた自分の拳銃を拾い上げ、ホルスターに収めながら答えた。
「“脚”は単体でも起動できるように設計されている。そして我々はそれを……」
 スニーカーはそう言って、懐から別の拳銃を取り出してタイラーに向けた。
「我々の為の計画に使用する」
「お前達の為の計画……?」
 タイラーは銃口を一瞥して、スニーカーの顔に視線を戻した。
「“脚”の本体となり得る兵器は、南米のある半島に運ばれている。CIAの秘密作戦としてな……だが、我々の本隊の指揮官はCIAを裏切り、別の目的の為に兵器を使おうとしている」
 スニーカーは拳銃の銃口を自分に向け、そしてタイラーに向かってそれを投げ渡した。タイラーが確認すると、カスタムされたM1911A1自動拳銃だった。
「我々は万が一その兵器が破壊されてしまった時の為に、代わりに“脚”でその目的を引き継ぐ」
 スニーカーはそう言いながら、タイラーに歩み寄り、拳銃の弾倉を数本とサプレッサーを渡した。
「そろそろ増援部隊が到着する頃合いだ。お前のような優秀な人間が俺以外の手によって殺されるのは惜しい……そいつはステンレス製強化スライドとサプレッサー装着可能な高精度バレルを組み込んだものだ。サイトもホワイトドットを入れた高精度のものに換装してある。それ以外にもトリガー、ハンマー、殆どのパーツをカスタムしてある……アルに渡してやってくれ」
「そういえばあんたはアルの……」
「何となく奴とは顔見知りのような気がする。『それを持って俺と戦いに来い』とアルに伝えておいてくれ」
 スニーカーの言葉に頷きながら、タイラーは拳銃を腰のバッグに収めた。
「アルには忘れず伝えておく……じゃあな」
 タイラーはそう言って、スニーカーに背を向けた。
「また会おう」

 ナナシは泥に浸かってじっと身を潜めていた。SVDには泥を付けずに、辺りに落ちていた草木を被せて、それが動かないように構えていた。Mk22にはサプレッサーを装着し、手元に置いてある。
 ナナシ自身は顔から頭にまで泥を被り、その上に草木を張り付けて地面に同化していた。
「150メートルか……射程内だ」
 そう呟いた彼の目には、スコープ越しに二人の狙撃兵が見えていた。最初に捕捉した時からずっと位置を把握してある。そして他の二人も何処に居るか分かっている。
 ナナシの技術では、射程距離内なら確実に頭を撃ち抜く事が出来た。だが、三人・四人となれば無理だ。
 追跡して来た狙撃部隊は二人一組で行動している。M14自動小銃と、その派生形であるM21セミオートマチック狙撃ライフルという、中〜遠距離向けの装備だ。
 スコープの視野内に居ない二人は、今ナナシの後方に回ろうとしている。ナナシは頭の中で時間を測って、二人がMk22の射程内に入るのを待っていた。
 SVDの装弾数は最大11発だが、持って来る時に薬室を空にしていたので、今あるのは10発だ。セミオートマチックの速射性能を生かして戦うしか無い。
 ナナシは深く息を吸って、そして半分を吐きだして止めた。スコープの中に敵を捉え、そして引き金を引いた。
 高い金属音の混じった銃声が響き、銃弾がM21を抱えた敵の頭を貫いた。そして、その隣の兵士がM14の銃弾をばら撒く前に、二発の銃弾が彼の心臓と首を撃ち抜いた。
 直後に斜め後ろから銃弾が飛び、彼の近くの泥に突き刺さった。敵は銃声のした方向に牽制射撃を行い、こちらが縮こまっている間に接近して止めを刺すつもりだと、ナナシは推測した。
 ナナシはSVDを構えて反対側を振り向き、M21を自分に向けていた兵士の頭を撃ち抜いた。兵士は後ろに倒れ、その隣でM14を撃っていた兵士が、ついにナナシの位置を補足した。敵はSVDの木製ハンドガードを見つけ、草木に隠れながら素早く接近した。
 弾倉を取り換え、半分をそこに撃ちながら接近したが、歯ごたえは無かった。瞬く間に兵士はナナシの背後に回り、銃を向けた。
 だが、そこに居たのはナナシではなくSVD狙撃銃を埋め込んだ泥の塊だった。
「何……奴は何処へ……?」
 兵士は慌てて辺りを見渡した。
「ここだよ、間抜け」
 と、泥の人形の頭の後ろで二つの目が開いた。そして、背中からサプレッサー付きの拳銃が飛び出し、驚いている兵士の頭を撃ち抜いた。
 兵士は頭から血を流して倒れ、そして泥に埋もれた。
「全く、帰ったらちゃんとクリーニングしなければ」
 ナナシは上半身の泥を掃いながら立ち上がり、Mk22のスライドを引いて次弾を装填した。

「ナナシはうまく切り抜けてくれると思うが……タイラーは大丈夫だろうか。あのスニーカーと一対一で対決ともなれば……」
 コルトはボートの前でXM177を抱えて不安そうな面持ちで辺りを見回していた。弾倉は銃に入っている一つしか残っていない。アルのUZIにも残っているのは32発だけだった。
「コルト、俺だ。ナナシだ」
 茂みが揺れ、そこから服を泥だらけにしたナナシが出て来た。
「ナナシ……無事だったか。武器弾薬は?」
「SVDに六発、Mk22には八発と予備弾倉が一本。サプレッサーはまだまだ使える」
 ナナシは後ろを覗いて言った。
「タイラーは?」
「奴はまだ来ていない……早くしないと増援部隊が追い付いてしまうぞ」
 アルがそう言った時、川から男が浮かび上がってきた。敵が着ていたオリーブドラブカラーの野戦服を身に付けていたが、その緑色のバンダナを被った黒髪の男は、間違いなくタイラーだった。服と一緒に追手から奪ったのか、M16A1アサルトライフルを抱えていた。
「済まない、奴らを混乱させる為に川下に走って川に飛び込んだ。時間稼ぎにはなっている筈だ」
 そう言って、タイラーはボートに乗り込んだ。
「ナナシの隠れ家まで逃げよう。しばらく身を隠して、武器弾薬を調達したらまた来る」
「何だって?」
 コルトは自分の耳を疑った。
「どういう事だ。また奴らの巣窟に飛び込む気か?」
「隠れ家まで退避したら詳しく説明する。先ずは撤退するぞ」
 タイラーはそう言って、エンジンをかけた。コルトとナナシはアルを介助しながらボートに乗り込んだ。
「コルト、敵はこちらに気づいていないと思うが後ろを援護してくれ。アルとナナシは側面を頼む……そうだ、アル。こいつを」
 タイラーはボートを進ませながらアルにM1911A1を渡した。
「スニーカーから伝言だ。『それを持って俺と戦いに来い』だそうだ」

「スニーカー、よりにもよって奴に武器を……」
 モーガンは服を傷だらけにして司令室に入って来たタイラーを見つめた。
「何故だ?奴は我々の計画の邪魔になるかもしれない……奴が背を向けた瞬間に撃っていれば……」
「そんな卑怯な真似はしたくない。それに、奴らが“脚”を破壊しに戻って来るとは考え難い。銃はあのアルとかいう若造に土産だ」
 スニーカーは傷だらけになった戦闘服を脱ぎ、背負って来たスニーキングスーツを着用し始めた。
「それに、来ても返り討ちにしてやるまでだ。こっちには武器も弾薬も人員も居る。警備も強化するべきだな」
「お前の考えている事は全くもって訳が分からん……そんなに危険に身を置くのが楽しいか?」
 モーガンは首をかしげて言った。
「ああ、楽しいぞ……最高だ。まだ、奴のナイフを俺のナイフで受け止めた感覚が残っている……生と死の境に身を置くのは実に気分が良い。どちら側に転んだとしても、俺にとっては同じようなものだ」
 スニーカーはそう言って、部屋のドアを開けた。
「先に格納庫へ行っている」
 彼が出て行って、ドアを閉めたのを見て、モーガンは頭を抱えた。
「記憶操作はほぼ完全に出来ていると思ったのだが……好戦的だな。以前はそのような傾向は無かったと書類には書いてあったんだが……ソルダット・ジノームの表現が顕著になっているという事か?」

「タイラー、ボートでの話だが……」
 コルトはナナシから受け取ったカロリーメイトを齧りながら言った。
「本当にまたあそこへ戻って行く気か?アルも救出したし、あとは本国に任せればいい」
「先ず、近くの基地への移動手段が無い。ボートもこれからあの基地へ行って帰って来る程度の燃料しか残っていない。それに、CIAが絡んでいる。本国が即座に応援を送って来るとは考え辛い。奴らに焼かれたのも国際法に違反して建造された秘密基地だ」
 タイラーはM16に油を差しながら言った。
「それに、奴らは何か強力な兵器を保管していると言っていた。詳細は不明だが、“脚”と呼ばれていたな。向こうには高性能な通信機もある筈だ。本国かMACVと連絡が取れるかもしれない」
「俺も戻らなければならない……」
 アルはもう通常通り歩ける程にまで回復していた。ナナシが出してきたホルスターにM1911A1を差して装備している。
「奴は……スニーカーは俺の元上官かもしれないんだ。極秘作戦中に行方不明になり、理由は分からないが記憶を失って、そして今この地に居る」
 タイラーは、アルが言い終えた後、コルトとナナシの顔を見つめた。
「無理に来てくれとは言わない。だが、何が起こるか分からない。人数は一人でも多い方が良い」
「俺達が行かないと言えば、お前達は二人だけでその“脚”とやらに立ち向かうのか」
 と、コルトが聞いた。
「いや、アルはスニーカーとの戦いで手いっぱいだ。俺が“脚”とモーガンを始末する」
「お前の話では、そのモーガンは元諜報員だったという事じゃないか。そんな奴と、さらに強大な兵器を生身で叩き潰すって……?」
 コルトはナナシと顔を合わせて、タイラー達の方を向き直って言った。
「向こうには榴弾発射装置付きの装甲車ぐらいはある筈だ。その“脚”は俺とナナシが引き受ける」
「ナナシ、いいか?」
 タイラーは彼の顔を見つめた。
「良いとも。最後まで付き合うぞ」
「ありがとう、作戦は考えてある。先ず入口付近の敵兵を片付けて……」

 モーガンとスニーカーは、格納庫で立ち上がる“脚”をじっと見つめていた。
「サンヒエロニモ半島から連絡が入った。RAXAが破壊されたそうだ。残る弾道メタルギアも破壊される可能性が出て来た」
 モーガンは神妙な面持ちで言った。
「この脚部とFCS(火力管制システム)を組み込めば文字通り完璧な兵器になったのに……残念だ」
「こいつだけでどこまでやれるか……核も積んでいない脚だけのメタルギアで……」
 と、スニーカーは呟いた。
「短距離誘導ミサイルとロケットランチャーを積載している。長距離移動にも耐える燃料も入れてある。少なくとも戦車の十台程度なら潰せるぞ。対人戦においても、ここに着いてから取り付けたガトリング砲がある」
「それに装甲は戦車以上の強度を誇る……装甲の薄い脚というRAXAの弱点を補って余りある……という事か。パイロットは誰だ?」
 スニーカーはモーガンの顔を見て問いかけた。
「私だ」
「何だって?」
 モーガンはスニーカーの方を向き直った。
「残念ながら、このような複雑な兵器を操縦するスキルとセンスを持った者はここに私しか居ない」
「そうか……」
 スニーカーはそう言って、“脚”の方を向いた。
「あの兵器、名前はあるのか?」
「無いな。メタルギアの移動性能補強用パーツだ。識別コードはMG.EXL個別に名前など無い」
 スニーカーはそれを聞いて、しばらく考え込んで言った。
「では、エクゼルにしよう」
 そう言って、彼は格納庫から出て行った。

 タイラー達はボートを前回よりも川上に止め、そこから歩いて基地付近まで接近していた。
「よし、ナナシは俺について来てくれ。コルトはアルの後ろに。ナナシが歩哨を排除したら俺から侵入する。そしたら、アルとコルトは少し離れて付いて来るんだ。格納庫へのルートはアルを救出する時に確認した。さぁ、行くぞ」
 午後十時、殆ど真っ暗闇の中でナナシは歩哨の頭に照準を合わせ、引き金を引いた。
 歩哨は銃弾が放たれた事に気付く間もなく、その場に倒れた。すぐにタイラーが茂みから出て、歩哨の死体を茂みの中まで引きずった。
「よし、行くぞ」
 タイラーはそっと入口のドアを開き、階段を下りていた兵士に組みかかり、首を締め上げた。相手が動かなくなってから力を緩め、物影に隠した。
「今回は出来るだけ敵に見つからないように侵入したい。俺のM16とコルトのXM177にはサプレッサーを装着していないからな。暴発させないように気を付けてくれ。基地中の敵兵に侵入を知らせる事になる」
 コルトは静かに頷いた。
「アル、ポイントマンを頼む。コルトは俺の後ろ、ナナシはしんがりを頼む」
「了解」
 ナナシは頷いて小さな声で言った。
「よし、行くぞ。ついて来い」

 スニーカーが拳銃を綺麗に掃除してホルスターに差し込んだ時、彼はすぐに直感した。
「アル……」
 弾倉を数えると、予備が二本あった。銃に収まっている分も合わせて39発。アルの武器も拳銃だけという事を考えると、十分以上の火力だった。いや、本当にそうだろうか?
 米軍秘密基地で戦った時には、スニーカーがアルの腕を折った時点では、アルがスニーカーの姿を見る事は叶わなかった。スニーカーが試作段階のステルス迷彩を使用していた為だ。だが、そのステルス迷彩は壊れてしまっている。
 銃の性能はこちらが上だが、体はアルの方がよく動く。不意打ちで片腕をへし折っていたからこそ難なく打ちのめせたが、向こうの方が力は強い。
 スニーカーがアルより秀でているのは技術だけなのだ。それをうまく使って戦うしか無い。
 彼はモーガンに侵入者が居る事を伝えるべきだと一瞬考えたが、すぐにその考えを捨てた。前回の襲撃で基地の人員が殆ど重症を負うか死亡してしまった為、急遽エグゼル(メタルギア脚部)の護衛・補助を行う予定だったCIA極秘部隊が代わりに配備された。
 彼らは高度な訓練こそ受けているものの、実戦経験は浅い。あの四人、特にタイラーなどには実力では歯も立たないだろうが、カスタムメイドの高火力アサルトピストルを装備している。撃ちまくられると邪魔になるのは間違い無い。
 そんな連中に戦いの邪魔をさせる訳にはいかないのだ。

 長い通路を足音に注意して進み、五回ほど角を曲がった時点で、前回場所を確認していた格納庫にたどり着いた。
「よし、ここからは別行動だ。ナナシ、コルト、頼んだぞ」
 タイラーは二人の目を見て言った。二人は頷いて応えた。
「だが妙じゃないか?ここまで殆ど敵を見ていない」
 アルは角から銃を突き出して、向こう側を見張りながら言った。
 確かに不気味だった。歩哨と、侵入後すぐにタイラーが無力化した敵以外には、通路をうろついていた敵が一人いただけだった。タイラーは彼の口を塞いで後頭部を壁に叩きつけ、意識を奪ってその装備品から銃剣を抜き取った。
「発見を覚悟で進んだ方が良さそうだな。もう監視されているかもしれない。常に周りを警戒して進むべきだろう」
 ナナシはそう言って、背負っていたUZIサブマシンガンを構え、扉に手を掛けた。
「よし、準備は良いな?コルト」
 コルトは彼の後ろでXM177のグリップを握りしめ、うなずいて返事をした。
「いつでもいいぜ、兄弟。さっさとやっつけよう」
「よし、これからは別行動だ。アル、付いて来い!」
 タイラーはアルの肩を一度叩いてからM16を構えて彼の目の前を通り過ぎ、アルはタイラーと背中合わせに続いた。
 それとほぼ同時にナナシがドアを蹴り開け、その後ろにコルトも続いた。彼らは瞬く間に倉庫内へと消えていった。

 モーガンは監視室の机の前に、一人だけで座っていた。他の兵士達の殆どが前回の強襲で負傷したか、或いは戦死した為、残りの兵はEXLの防衛と基地の防御に就かせてある。最も活躍に期待できるスニーカーは基地司令室に閉じこもって武器を整備していた。
「最も活躍に期待できるだと?」モーガンは机を拳で叩いた。
 スニーカーが過去の記憶を取り戻しつつあるのを、彼は感じ取っていた。つまり、陸軍特殊部隊グリーンベレーに所属していた頃の記憶だ。
 アル大尉がそれを誘発したのは間違いなかった。そして、もうスニーカーが記憶を取り戻すのは間違い無いだろう。
 ナノマシンによる脳操作も確かにある程度は効果を出していたが、結局彼の記憶を奪ったのは精神的ショックを与えるという方法だった。催眠と薬物に加えて過度の精神的負担を与える事で、過去を忘れさせるという荒仕事だったが、モーガンの計画によって成功を収めた。
 だが、もしスニーカーの記憶が蘇ったとしたら、間違いなくモーガンを殺そうとするだろう。
 彼がそう考えていた時、監視室のドアの前に人気を感じた。
 モーガンは腰から、この作戦に参加する特殊部隊に支給されているアサルトピストルを取り出した。M16の銃身を極端に短縮し、ストックを取り除いたもので、レシーバー後部にベルトに引っかけて携行する為の金具が取り付けられていた。
 その銃は、パトリオット(愛国者)と呼ばれていた。

「アル、俺はこの向こう側に居る奴に用がある」
 タイラーはドアの側で立ち止まると、M16のハンドガードを掴んで銃剣を装着した。その表情には興奮と、僅かに恐れが見てとれた。
「モーガンだな?」と、アルが言った。
「ああ、奴だ。お前は先に行ってくれ」
 アルは首を縦に振ると、ドアの前を通り過ぎようとした。その時、何発もの銃弾がドアを引き裂いた。
「畜生!何だ!」
 アルは拳銃をドアの向こう側に構えた。ドラムマガジンを装着した極端に短いM16の銃口が、彼の目に向いていた。
 タイラーはアルを突き飛ばし、人影に向かって連射しながら室内に押し入った。アサルトピストルを構えた腕が電算機の向こう側に隠れた。その間にアルは走り去っていた。
「出て来い!モーガン!」
 タイラーはM16を電算機に向けた。缶のようなものが転がっていた。ラベルの色からそれが特殊音響閃光手榴弾だと分かった。タイラーは近くにあった木箱の後ろに滑り込んだ。
 爆音と閃光が室内を包みこみ、タイラーの聴覚を鈍らせた。もし直撃を受けていたら視力まで奪われているところだ。
 次の瞬間には木箱に向かって5.56mmNATO標準弾が十数発連続して突き刺さった。タイラーには相手が多連装弾倉を使用しているという事が予想出来た。それも、かなりの弾薬を装填出来る弾倉だ。再装填の隙を狙うのは不可能だろう。
 タイラーはしゃがみこんだままM16の銃身だけを木箱の脇から突き出し、引き金を引きしぼったまま横薙ぎに掃射した。そして、すぐに木箱の影から転がって飛び出し、さらに連射した。だいたい20発ぐらい撃ったとタイラーは推測した。弾倉は新型の30連弾倉で、まだ10発残っている筈だった。だが、次の瞬間にはその10発もろとも弾倉が外れていた。
 銃を構えて前を睨むと、モーガンがM16の弾倉を左手に持って、薄ら笑いを浮かべていた。右手にはパトリオットと呼ばれる極度に短縮されたM16が握られていた。
「君はもっと骨のある男だと思っていたんだが……まったく残……」
 タイラーはモーガンが言い終わる直前に素早く相手の銃に向かって、薬室に残った一発の銃弾を放った。モーガンは咄嗟に銃を持ち上げ、それを避けた。だが、その次の瞬間にはタイラーのM16に取り付けられた銃剣が舞い、その銃を弾き飛ばしていた。
「まだだ……まだ終わってない」
 刃先をモーガンに向け、タイラーは1メートル超の槍となったM16をしっかりと構えた。
「よかろう」
 モーガンはそう言ってコートを脱ぎ棄て、左脇から一振りの日本刀を引き抜いて斜に構えた。

 アルはスニーカーの居場所を直感していた。基地の最深部に位置する基地司令室、通常はあのモーガンという男が常駐しているだろうが、彼は監視室に居た。
 タイラーとモーガンの戦闘で基地内の敵兵が異常に気付き、数人の敵が襲いかかって来ていた。
 通路を走り回っている時に後ろから追いかけて来ていた敵の頭を吹き飛ばし、前方で銃を構えていた敵二人の胸を狙って一瞬のうちに二発の銃弾を連続して叩き込んだ。頭上のダクトから銃口が付き出ていたので、通気口のフタの隙間を狙って残った四発を撃ち込んだ。
 走りながら銃を再装填し、基地司令室のドアの前に居た男の銃を左手で掴み、右手に持った銃の銃口で彼の首元を押さえつけ、足を掛けて転倒させ、そのまま発砲して敵の頸椎を吹き飛ばした。
 血を浴びながら手榴弾を取り出し、ドアを蹴り開けながら投げ込んだ。爆音の直後にドアの内部に突入し、直感に任せて五発を連射した。
 その時、彼の左側から伸びた手が拳銃のスライドを掴み、アルの足が宙に浮いた。天地が逆転するのを感じながら、アルは微妙に重心を調節し、拳銃のスライドを掴んでいる腕を中心に一回転して地面に足を付いた。そして今度はスライドを握った手を掴み、反対側を向いて相手を背負い投げした。
 相手もまた絶妙のタイミングで体を曲げ、地面に激突する前に足を付いた。少しよろけながら体勢を立て直し、無駄のない動作で相手に拳銃を向ける。
「よく来たな……アル」
 スニーキングスーツを着た男はアルの目に真っ直ぐ銃口を向けていた。
「スニーカー……」
 アルの構えている銃には照準器が……いや、スライドが無かった。弾倉こそ収まっていたが薬室が無かった。彼の銃は使用不能となっていた。
「まさか……さっきの一瞬のうちに?」
 スニーカーは表情を変えないまま引き金を引いた。アルはその直前に斜に構えて懐元まで踏み込み、発射直後の銃を下から握り締めて上を向け、スニーカーの顔面を力いっぱい殴りつけた。一瞬銃を握る力が緩んだ隙にスニーカーの銃を捻って奪い取り、彼を突き飛ばして狙いを定め、引き金を引いた。しかし、銃弾は発射されなかった。
「フッ……」
 アルがスニーカーを睨みつけると、左手に拳銃の弾倉を持っていた。彼は一発目を撃つ直前に弾倉を抜いたのだ。アルが拳銃を奪い取ろうとする動きを読んでいた。
 スニーカーは弾倉を無造作に放り捨て、アルと目を合わせた。アルはブローニング・ハイパワー拳銃を部屋の隅に投げ捨て、格闘の構えをとった。

 コルトとナナシが軽機関銃付きのジープと、そこに乗せられていたM72LAWを見つけた時、基地内に警報が鳴り響いた。それと同じくして何人もの室内戦用迷彩服の男達が入口という入口から入り込んで来た。
「畜生!ナナシ、軽機関銃とLAWを頼む。車は俺が運転する!」
 コルトはXM177を片手で撃ちまくりながらジープに乗り込み、エンジンを掛けた。ナナシは後部銃座に乗り込み、そこに据え付けられていたM60を発射出来る状態に準備した。
「不幸中の幸いだな……鉄鋼弾が装填されてる」
 そう言いながら、ナナシは早速流れ出て来る敵に向かって容赦無い連射を浴びせかけた。盾を装備した敵はその盾を銃弾に貫かれ、頭を砕かれて絶命した。
「ナナシ、ターゲットはこの奥だ!一気に駆け抜けるぞ」と言って、コルトはアクセルを踏み込んだ。
「了解!後ろは任せろ」
 ナナシは脇に置いてあったM72を構え、積まれたガソリン缶に向かって放った。爆発が起き、敵兵士が数人一気に吹き飛ばされた。
「すげぇ!」
 コルトがXM77を撃ちながらそう叫ぶのを聞きながら、ナナシはM72を捨て、M60の射撃を再開した。

 モーガンは殆ど前兆を見せないまま、水平に切りかかった。タイラーはM16のレシーバーで受け止め、跳ね返した。
 一撃を受け止めただけだというのに、金属製の機関部は半分ほど切り裂かれていた。これでは銃弾を撃つのは無理だろう。
「驚いたか?これが本物の日本刀だよ」と、モーガンが言った。
 タイラーも日本刀に関してある程度の知識を持っていたが、ここまでの威力だとは思っていなかった。
「確かに、サーベルやコンバットナイフとはケタが違うな」
 そう言って、タイラーはM16から銃剣だけを外して持ち、ライフルを放り捨てた。
「だが、小回りが利かないのが弱点だ」
「ナイフだけで私を殺せると思っているのか?」
 モーガンが言い終わる前に、タイラーは一歩踏み出していた。刀がタイラーの脳天を狙って振り下ろされたが、彼はナイフを斜めに刀とすり合わせて一撃をかわし、モーガンの懐まで飛び込んだ。だが、その時腹部に激しい痛みを感じ、次の瞬間には二メートル程後方に突き飛ばされていた。
「フッフッフ……やはり甘いな、タイラー」
 どうやら刀の柄で強く脇腹を殴られたようだった。
「いや……そうは思えない」と、タイラーは息を切らせながら言った。
 彼が右手を持ち上げると、ナイフではなくモーガンが携行していた筈の.45口径自動拳銃が握られていた。
「拳銃は貰ったぞ。それと、あんたの脚に刺さっているそいつはなんだ?」
 モーガンが自分の脚を見ると、右脚にナイフが突き刺さっていた。痛みに耐えながらそれを引き抜くと、出血はさほど無かった。
「フンッ……」と言って、モーガンはナイフを放り捨てた。
 タイラーはそれを見て、立ち上がって言った。
「どうする?俺の方が優勢だぞ。諦めて投降しろ」
 彼はもう少しで銃弾が飛び出す所まで、引き金に圧力を加えていた。
「クッ……」
 モーガンは刀を放り捨てた。それを見て、タイラーは少しだけ指の力を抜いた。
「よし、動くな……」
 タイラーが拳銃を向けたままそう言った時、モーガンが驚くべき速度で接近してきた。
「畜生!」と、悪態を吐きながら引き金を引いた。
 一発の大口径拳銃弾がモーガンの腹に叩き込まれたが、彼はそのままタイラーから拳銃を捻って奪い取り、出口へと走りながら二秒とかけずに残った六発を撃ちまくった。
 タイラーは咄嗟に電算機の影に飛び込み、銃弾を避けた。亜音速の.45口径弾は電算機を貫通する事は無かったが、その表面をズタズタに叩き潰した。
 幸運にも手元に落ちていたパトリオットを拾い上げ、タイラーは顔を上げた。すると、モーガンが拳銃を再装填して七発をタイラーの頭めがけて連射してきた。
 タイラーの頭の上の壁が剥がれ落ち、彼の頭に降り注いだ。
 相手の弾倉が空になった事を悟って再び顔を上げると、モーガンの拳銃がそこに捨てられていた。が、そこに一本のワイヤーが張られているのも見えた。
ブービートラップだと直感した。
 タイラーは入口の側の壁に向けてパトリオットを構えた。腰だめで十数発連射すると、壁の向こう側で爆発が起こった。
 急いで監視室から外に出ると、モーガンが曲がり角を通過するのが見えた。即座にパトリオットを構えて引き金を引いたが、弾が出なかった。弾詰まりだろうか?
「畜生!」
 パトリオットを投げ捨て、辺りを見渡してまだ使える武器を探した。M16は使いものにならず、モーガンの拳銃には弾が無かった。仕方なくタイラーはモーガンが持っていた刀を拾い上げた。
 タイラーは息を整える暇も無く駆け出した。モーガンは自分達が通って来た通路を逆に戻っていた。その先には兵器格納庫がある。
 奴は“脚”を使うつもりだ!

「そこだ!」
 スニーカーはアルの防御の隙を狙って拳を叩き込んだ。脇腹に打撃を受けながらも、アルはスニーカーの顎を左脚で蹴り上げた。
 双方共にふらつきながら、後退して構えをとる。
「そうだ!いいぞ!」
 スニーカーは頭を振って感覚を取り戻すと、そう言って再びアルに襲いかかった。アルは左膝を蹴られながら、スニーカーの左腕を掴んで、自分に働いた重力を利用して相手を投げ飛ばした。
 アルはその場に倒れ、スニーカーはその頭の先に倒れた。すぐに立ち上がったアルに、スニーカーはタックルを喰らわせて転倒させた。そしてアルの髪の毛を掴んで、後頭部を床に叩きつけた。アルは気を失いそうになったが、どうにかスニーカーの首を掴んで持ち上げ、その胸を両足で蹴り上げた。
 突き飛ばされたスニーカーは後転して体勢を立て直し、構えた。アルは横に転びながら立ち上がり、スニーカーと向き合った。
「アル、お前はやはり強い。だが……」
 スニーカーはまたアルの懐に飛び込んだ。そして彼の人差し指と中指が伸び、アルの目に突き付けられた。アルはその手を掴んで避け、同じように人差し指と中指を伸ばした。だが、一瞬だけ戸惑った。
 次の瞬間にはアルの右手が掴まれ、大きな机にその体が叩きつけられた。机の天盤がへこみ、木屑が飛び散った。
「手加減をしている。お前は力の半分も出していないな?」
 そう言って、スニーカーはアルの胸倉を掴んで立ち上がらせた。
「なぜ俺を殺そうとしない?なぜその力を完全に出さないんだ?」
 次は電気スタンドに向けてアルの体が投げられた。ガラス片が飛び散り、アルの戦闘服の背中と、スニーカーの顔に浅い切り傷をつけた。
「うう……」
 アルは呻きながら立ち上がった。体中が痛み、肋骨にはヒビが入っているのではないかと感じていた。
「あんたはジュイだ……上官であり、恩人であり、そして戦友だった」
 スニーカーがアルの襟首を掴み、壁に叩きつけた。痛みを感じながらもアルは続けた。
「今降伏するなら、あんたを殺すことはしない」
「この俺を甘く見ているな?グリーンベレー。いいだろう、それなら俺にも考えがある」
 スニーカーはアルを壁に抑えつけたまま、左胸のナイフを右手で抜いて振りかざした。
「殺されるか、抵抗して殺されるか……どちらか選べ」
 銃弾のような速さでナイフがアルの首に突き立った。鮮血が辺りに飛び散り、彼の首がほとんど真二つに切り裂かれる。スニーカーはそのイメージを鮮明に思い描いていた。
 だが、現実は違った。
 スニーカーの繰り出したナイフは壁に突き刺さり、彼の右手の指の何本かが反対側に折られていた。そして髪を掴まれ、地面に叩きつけられた。
「ふっふっふ……やったな?」
 スニーカーは不敵な笑みを浮かべながら、自分を投げ倒したアルを見上げたまま立ち上がった。
「これがお前の限界か?いいだろう」
 左手で右指を掴み、力を込めて元の状態に押し戻し、拳を作る。ひどく腫れていたが、彼は気にしなかった。
 アルはそのスニーカーを見つめながら言った。
「決着をつけよう……あんたが何者だろうと、俺はあんたを殺す」

 格納庫の入口を三人の兵士が防御していたので、タイラーは一気に三人の中央に飛び込み、一人目の体を袈裟懸けに斬りつけた。そして二人目の首を水平に切断し、三人目の心臓に刀を突き刺し、壁に磔にした。
 その手からパトリオットをもぎ取り、格納庫内に飛び込んだ。
 前方を見渡すと、ロケット弾によって吹き飛ばされたドラム缶と、数人の特殊部隊兵士の死体が辺りに横たわっていた。
「コルトとナナシだな……だいぶ派手に立ち回ってるようだ」
 すると、前方から爆音と銃声が連続して響いた。コルトとナナシが交戦しながらも進撃しているのだと、タイラーにはすぐ分かった。
 近くに小さなバギーがあったので、タイラーはそれに飛び乗った。

「ナナシ、見えるぞ!あれがおそらくそうだ」
 コルトは左手でハンドルを切りながら怒鳴り、右手で前方を塞いでいた敵を撃ち倒した。
「急いで接近しろ!こっちはM60の弾薬が50発程度しか残ってない」
 ナナシはM60で後方から追って来る敵に連射を浴びせた。血と肉片が飛び散り、彼らの持っていた武器が空中に跳ね上がった。
 天井から敵が数人ロープ降下してきたので、左手でUZIを握ってそのうちの一人に連射を浴びせ、自分の真後ろに飛び降りた敵の襟首を掴んで車から投げ落とし、さらに五発ほど撃ち込んだ。
 再びM60の上部に左手を戻し、接近してきた軽装甲車に残りの銃弾を全て撃ち込んだ。敵車両はタイヤに穴を空けられてスリップし、間もなく火を吹いて爆発した。
「M60が弾薬切れ!」
 ナナシはUZIの弾倉を交換し、ロープ降下して来る敵を撃った。
「畜生……どけ!どけ!どけ!」
 コルトはLAW式ロケットを持った敵を二人続けて連射で撃ち倒したが、そこでXM177の弾薬が切れた。アクセルをいっぱいに踏み込み、残った一人を轢いた。
「よし、着いたぞ……」
コルトはフロントガラス越しにその装甲に包まれた機械を見た。コミックの人型ロボットの、脚の部分のようだった。
 と、その上部に人影が見えた。そして次の瞬間、その機械が命を吹き込まれたように立ち上がった。
「あっ!」と、コルトが声を上げた。
 ナナシは後ろから猛スピードで接近しながら、辺りの敵を蹴散らしている小さなバギーを見つけた。乗っているのはタイラーだった。
「ナナシ、掴まれ!」
 コルトの声を聞いて、ナナシはすぐにM60にすがり付いた。タイラーはコルトの意志を察してブレーキを踏んだ。
 タイヤをコンクリートの地面に滑らせ、数メートルほど進んでコルトの車が止まった。タイラーはその近くにバギーを止めた。
「モーガンめ……」と言って、タイラーはパトリオットを目の前の鉄製の怪物に向けた。
「ふっふっふ。タイラー、貴様に私が倒せると思ったのか?」
 機体に取り付けられた拡声器からモーガンの声が響いた。
「あの一瞬でよく狙ったな、タイラー。お前の狙いは的確だった。出血が激しい……私はもう長くない」
「ナナシ、LAWは撃てるな?」と、コルトが言った。
「ああ、あんたが逃げ回って撃つ暇を作ってくれればな」と、ナナシは応えた。
 取って付けたような操縦席と対人兵器を揺らしながら、EXLが近付いて来た。
「勇敢なるFOXの戦士諸君!アーミーズ・ヘヴン計画はもう断念せざるを得ない。だが、まだだ。まだ終わっていない!」
 スピーカーからの声が格納庫全体に響いた。
「全力を尽くして侵入者を排除せよ!いいか、これが最後の戦いだ!」
 EXLのガトリング砲の銃身がタイラー達に向き、対装甲ミサイルの発射ハッチが開いた。金属のきしむ音が甲高い叫びのように聞こえた。
 タイラーはパトリオットを捨てると、バギーに乗せられていたM63と予備のベルト弾倉入り箱型弾倉を拾い上げ、コルトのトラックに飛び乗った。銃座に取り付けてあったM60を外して床に落とし、ナナシの隣に座った。
「雑魚共は俺に任せろ。アレは頼むぜ」
「ああ、任せろ」
 ナナシはそう応えて、LAWを構えた。
「行くぞ!」
 コルトはアクセルを力強く踏み込んだ。トラックが急発進し、その後ろをEXLの機銃掃射が追った。

 アルはスニーカーの放ったナイフを壁から引き抜こうとしたが、先んじてスニーカーの手刀が刃に平行に当てられ、ナイフは床に落ちた。
 続けてその手がアルの右手首を掴み、背中に回って彼の関節を捻った。そして左腕が首に回り、アルの首を締め上げた。
 少しずつ意識が薄れゆくのを感じながらも、首に巻きついた腕の手首を掴み、壁に向かって後ろ向きに突進し、スニーカーの体を叩きつけた。
 スニーカーが後頭部を壁にぶつけ、力が緩んだ一瞬に抜け出し、左手を自分の方に引いてスニーカーの顔を壁に向け、アルはその頭を掴んで壁に数度に渡って叩きつけた。
 壁がへこみ、スニーカーの額から流れた血が壁を赤く塗った。
 スニーカーは朦朧とした意識の中でアルの脇腹に強い肘打ちを叩きこみ、彼が仰け反った瞬間に背後に回り、左腕と髪を掴んで膝を蹴り、後頭部を床にぶつけるように引き倒した。そしてすぐに床に落ちたナイフに手を伸ばした。
 アルはスニーカーの脚を掴み、自分の方に引いて彼を転倒させた。そして這うようにしてナイフに近寄り、それを掴んでスニーカーの方を振り向いた。
 スニーカーの胸部を力いっぱい踏みつけ、そして彼の上に馬乗りになってナイフを振り下ろした。だが、その手をスニーカーの左手が掴んでずらし、刃はスニーカーの耳元に突き立った。続けて彼の右拳がアルの左脇に飛び、スニーカーは逆にアルを押し倒し、ナイフを奪ってその胸に振りおろした。
 アルはその手を両手で受け止め、鼻先に留めた。
「抗うな……抵抗しない方が……楽に……死ねるぞ」
 スニーカーは途切れ途切れにそう言い、ナイフにもう片方の手を添えて体重を加えた。
「うおおおおおおおおおおおお!」
 アルは雄たけびを上げてそれを力いっぱいに押し戻そうとした。
「くっ!」
 スニーカーが腰を上げてさらに力を加えた時、アルはその股間を膝で蹴りあげ、続けて両足で彼の体を蹴りあげた。そして、部屋の隅に飛び込んでスニーカーのブローニング・ハイパワー拳銃を拾い上げた。
 アルが銃口をスニーカーの胸に向けると同時に、スニーカーはナイフを逆手に握って構えた。
「どうした?アル。その銃には弾が入っていないぞ?」
 アルの手の中に握られた拳銃のスライドは後退し、弾倉も入っていなかった。
「ああ……弾さえあれば撃てる」
 アルは銃をスニーカーに向けたまま言った。視界がぼやけ、スニーカーの目は光って見えた。どうにか勝負を付けなければ、肉体が限界を迎えてしまう。
「いいだろう。決着をつけよう」
 スニーカーはそう言って、自分の拳銃用マグポーチから弾倉を一つ取り出した。
「この距離ならナイフの方が有利だぞ?キッド(若造)。それでもやるんだな?」
 アルは銃を右手で握り、左手をいつでも伸ばせるように体の近くへ寄せ、静かにうなずいた。
「よし」と、スニーカーは短く言った。
 彼の左手が弾倉を上に放り投げた。厚さのあるダブルカラムマガジンが僅かに回転しながら上昇し、そしてアルの左手の傍に落ちて来た。
 アルは弾倉の下部をしっかり掴み、右手に向けて動かした。
 その一瞬にスニーカーはナイフで致命傷を与えられるだけの間合いまで接近した。ナイフを握った右手が、アルの手首の裏側を目掛けて飛んだ。
 その一撃で手首の筋を切断し、返しの一撃で首を切り裂く。拳銃で武装した相手に対する先進的なナイフ戦術で、まだ軍では使われていないものの、彼の体にはそれが染みついていた。
 だが、そのナイフはアルの手首を切断せず、弾かれた。アルの左手に握られた拳銃用弾倉がその一撃を受け、そして斜めに攻撃を逃がした。
「なぜだ?陸軍ではまだ実用されていない筈……」
 彼が心の中でそう呟いたとき、一つの可能性に行きついた。
「そうか、俺が教えたのか」
 スニーカーは攻撃のリズムを狂わされながらも、刃を振り上げてアルの首を狙った。だが、アルが弾倉を銃に叩き込み、スライドストップレバーを押し戻して初弾を薬室に送り込むのが早かった。
 アルはスニーカーの胸ではなく、手首を狙って一発を放った。ホローポイント型の銃弾が彼の手首に突き刺さり、筋をズタズタに破壊した。彼の右手から力が抜け、ナイフが地面に落ちる直前に、続けてアルは今度こそ胸を狙って引き金を引いた。
 狙い通りに銃弾が飛び、スニーカーの胸が赤く染まり、彼は後ろに仰け反って倒れた。
 銃弾が自分の体に突き刺さった瞬間、スニーカーの中で多くの記憶の断片が一つ合わさった。そして、自分の正体に気が付いた。
「なるほど……やはりお前にあのナイフ戦術を教えたのは、俺自身だった訳だな」
 アルは拳銃をホルスターに収め、ふらつきながらスニーカー……いやジュイ・フー元陸軍大尉に歩み寄り、その傍らに膝をついて座り込んだ。
「ああ、まったく新しいナイフ戦術といって俺に教えてくれた。何度か実戦で使うのも見ていた。モノは違ったが、拳銃で真似させてもらったぞ」
「素晴らしい射撃の腕だった。成長したな……それに比べて俺は、まったく間抜けだったな。今にも引き金を引こうとしている相手に対して、自分の頭の後ろまでナイフを振りかぶるとは」
 ジュイはそう言って、自分の右手を振って見せた。
「ジュイ、どうしてこんな事に……?」
 アルはジュイの目を見つめて言った。
「ああ、あの時お前を逃がした後、俺はCIAのFOX部隊に救出されたんだ。その部隊を指揮したいたのがあのモーガンだったんだ。奴は俺の思考と身体能力を解析し、オージーSASから技術教練を受けた経歴を利用して、俺の記憶を書き換えたんだ」
「記憶を書き換えた?」
「ああ、強い精神的ショックを与えて記憶喪失を誘発し、その後試作段階の生体機械……ナノマシンを使って脳に刺激を与え、別にプログラムされた記憶を植え付ける。そう、精神的苦痛を味あわせた後に……奴らは俺の妻と娘を捕らえて来て、椅子に縛り付けられた俺の目の前で凌辱し、そして殺したんだ。それも普通の殺し方じゃない。四肢に一発ずつ銃弾を撃ち込み、腹部を撃ち抜いた後あいつらが苦痛にもがくのをじっくり待って、出血多量で気を失う直前に肺を撃って、死ぬのを待つ……それも裸に剥いてだ。地獄だった。死にたかった。そして俺の記憶は死んだ。そしておなじみのスニーカーが生まれた訳だ」
 ジュイはほとんど感情を表情に出さなかったが、その眼が彼の感じた苦痛と怒り、そして悲しみを語っていた。
「なんて事だ……」
「そして定期的にナノマシンの追加注入を受け、潜入任務(スニーキングミッション)を極めた。俺の他に二人が訓練と今回の作戦に参加したが、一人はタイラーとコルトに倒された。もう一人は国防総省のスパイで、あの野戦基地で敵襲に見せかけて排除し……ゲホッ!」
 ジュイは言い終わる前に咳をした。呼気は赤みを帯びており、アルの放った銃弾が彼の肺に命中していた事を表していた。
「アル、すまなかったな……見たところ肋骨が折れて体中に内出血があるが、お前ならまだ戦える筈だ。タイラーとコルト、あとナナシはもう行っただろう。彼らに加勢するんだ。EXLを……モーガンを倒してくれ」
「だが、一体どうすれば……」
「操縦席を守っているドームは仮設のもので、強度が弱い。LAWを撃ち込めばどうにか破壊出来るだろうが、問題は当てられるかどうかだ。FOXの部隊もEXLを援護している。どちらかというとFOXの戦闘部隊の方が厄介かもしれないぞ。急いで行くんだ。予備の弾倉を持って行け」
 ジュイはそう言うと、マグポーチからブローニング・ハイパワーの弾倉を取り出し、アルに手渡した。
「さて、もう言う事は全てだ。分かるだろうがもう助からん。せめてお前の手で楽にしてくれるか?」
 ジュイの顔に少しずつ苦痛の色が浮かんで来ていた。アルは拳銃に手を掛けた。
「おっと、弾の無駄遣いはするな。近接戦闘訓練で首の折り方は覚えたろう?一瞬で敵を殺傷する方法だ」
「ああ……そうだったな」
 アルはそう言うと、ジュイの頭を抱き抱えた。
「ジュイ……じゃあ、また会おう」
「50年ばかし、向こうで雑誌でも読んで暇を潰しとくぜ。急ぐなよ」
 ジュイは安らかな表情でそう言うと、目を瞑った。
 アルは彼の頭を上と後、そして横に同時に力を加えて力強く捻った。ボキリという鈍い音がして、ジュイの体が重くなった。
 アルは彼の頭をそっと床に下ろし、その場に手を突いた。思わず涙が零れ落ち、ジュイの髪を濡らした。
「ジュイィィィィィイイイイイイイイ!!!!!!!!!」
 彼の声は基地中に響き渡り、耳元でM63の甲高い発射音を聞いていたタイラーにも、その声を聞き分ける事が出来た。

 ナナシはLAWの上部に設けられた照準器でEXLを狙った。操縦席を覆っているドームが他の部位に比べて装甲が薄い事は、見ただけで分かった。だが、今構えているものを含めて残り三つとなった今でも、未だに命中させる事が出来ていない。
「よし……いけるぞ」
 ナナシは静かに発射レバーを押した。だが、その時トラックが急カーブした。狙いは逸れ、EXLのミサイルポッドに当たった。
「畜生!」
 ナナシは悪態を吐くと、持っていたLAWを投げ捨てて次のLAWを引きのばして発射可能な状態にした。
 その横でタイラーはM63を連射していた。四方八方から向かって来る複数の敵に対して、可能な限り効果的な援護射撃を行っていたが、敵の数を減らすには至らなかった。敵は非常に素早く、タイラーが銃弾を浴びせるとすぐに遮蔽物に隠れていた。
 コルトは銃弾と、時折飛んでくるグレネードランチャーを避けるため、猛スピードで格納庫内をグルグルと回っていた。何度もスリップしかけたが、その度にどうにか持ちこたえた。
「おい、待て!機銃付きジープだ!吹っ飛ばした筈なのに!」
 タイラーはそう言って、M63を向けた。だが、敵車両の上部に据え付けられたM60軽機関銃がその前に火を吹いた。
 連続して放たれた銃弾がタイラー達に襲いかかり、そのうち一発がトラックの後輪を一つ撃ち抜いた。猛スピードで走行していた為に、車体はバランスを崩して斜めに傾いたが、コルトはどうにか持ち応えた。だが、先程までの猛スピードでは走れなくなった。
「畜生!撃たれた!」
 タイラーは左腕に激痛を感じて叫んだ。右手で無茶苦茶にM63を発砲しながら傷口を診てみると、幸い銃弾は動脈を逸れ、そして貫通していた。幸運だったと言うべきだが、痛みで左手を自由に動かせなくなった。タイラーは銃を右脇に抱えて、反動を押さえつけながら連射した。だが、すぐに弾が切れた。予備の弾倉を確認すると、もう一つしか残っていなかった。
 ナナシは敵車両に兵士が数人搭乗している事を見てとると、迷わずLAWを撃ち込んだ。車両は爆発、炎上し、可燃性の液体を満たしたドラム缶に誘爆した。そこに隠れていた敵兵士数人が吹き飛んだ。
「残り一つ……」
 ナナシは残ったLAWを見つめて呟いた。
 その時、EXLがガトリングガンを掃射して来た。銃弾はコルトの目の前、窓ガラスから飛び込み、コルトの腕のすぐ近くを通り過ぎてドアに穴を開けた。コルトは近くの太い柱の裏側に逃げ込み、車を止めた。
 その時、ナナシがタイラーの肩を叩いて言った。
「見ろ、アルだ」
 アルはトラックに押し寄せて来ていた敵部隊の背中を連続して撃ち抜き、その死体を踏み越えて走って来た。
「待たせたな……」
 アルは拳銃を再装填しながら言った。
「よくやったな、アル……だが、まだ終わってない」
 タイラーはそう言って、M63をアルに渡した。
「俺は左腕をやられてうまく撃てない。代わってくれ。ナナシ、拳銃を貸してくれ」
 ナナシは腰からMk22拳銃を抜き、タイラーに渡した。
「8発しか残ってないが、どうにかなるだろう。決着をつけるぞ」
「何だって?」
 タイラーは照準器から目を離してナナシを見た。
「いいか?コルト。俺が飛び出したら奴の足元まで一気に飛び込んでくれ。トラックからの砲撃では目立ち過ぎて当てられない。悪いが囮になってくれ。あのコンテナの裏側に敵が四人居る。恐らくそれで最後だ。頼むぞ、アル、コルト」
「待て!LAWの一撃ではポッドを破壊出来ても、操縦者を殺傷するまでには及ばない!」と、アルが言った。
「そうか、じゃあその後は頼む」
 そう言って、ナナシはトラックから飛び降りた。
「クッ……ナナシが言った方法しかもう残されていない!俺が奴を援護する!」
 タイラーはそう言って拳銃を片手に、ナナシの後を追った。
「行くぞ!今しか無い!銃は任せたぞ、アル!」
 コルトはそう言って急発進した。ガトリングガンが自分達を引き裂くのが先か、それともナナシがEXLを撃つのが先か。彼は後者である事を信じた。
「ああ!」
 アルは荷台で立ち上がり、トラックの操縦席天井にM63を載せ、ナナシが指示した方向に銃口を向けた。

 モーガンからは、トラックが一台突進して来ているのが見えた。荷台で軽機関銃を撃っているのはタイラー……いや、アル大尉だ。という事は、ジュイが敗れた事を意味していた。
 射線の先には最後に残った四人が隠れているコンテナがあった。モーガンは通信回線を開いた。
「シータチーム、トラックは私に任せろ。敵の別動隊に注意せよ。オーバー」
 モーガンはトラックの操縦者……コルトの頭を一発で撃ち抜こうと決めた。アルはその後だ。
 その時、味方から通信が入った。
「隊長、敵二人の別動を確認!LAWを構えて……ぐあッ!」

 タイラーはナナシに気付いた兵士の胸から上を狙って二発連続して撃った。片手射撃だったが、一発は命中したようだった。すぐにナナシの傍まで駆け寄り、そこでしゃがんで拳銃を敵の方に向ける。
「タイラー……来てくれたのか」と、ナナシはLAWを構えたまま言った。
「ああ、敵はあんたの言ったとおりの場所に居たよ。狩人の勘は流石だな」
 タイラーはそう言って、EXLを見上げた。
「こっちを向いたぞ!」
「よし、任せろ!」
 ナナシはLAWをしっかりと構えた。
「今度こそ逃がさないぞ……」
 彼の指が発射レバーを押し、ロケット弾が直進した。弾は吸い込まれるようにEXLの操縦ポッドに向かい、そして命中して爆炎を起こした。
「はぁ……」と、ナナシはため息をついた。
 ポッドの破片が辺りに舞い散り、しばらくすると爆発後の煙も収まった。その時、ナナシはモーガンと目が合った。
 次の瞬間、彼とタイラーに銃弾が降り注いだ。何発もの銃声が連続して響き、彼らの足元を叩いた。そして、そのうちの一発がナナシの胸を貫いた。
「ナナシィィィィィイイイイイイイイイイイイ!!!!!」
 タイラーはむき出しになった操縦席に向かって拳銃に残った銃弾を撃ちながら、痛む左手で彼の襟を掴んで遮蔽物まで引き摺った。
「アル!降りろ!モーガンを撃て!」
 コルトは後ろを向いてそう言った。アルは弾の切れたM63を捨てて荷台から飛び降り、しゃがんでEXLの操縦席のモーガンを狙った。
 コルトはアクセルを力いっぱい踏み込み、敵の隠れているコンテナに激突する寸前にドアから飛び出した。コンテナは壁まで押され、隠れていた兵士達は潰死した。トラックの方も前部が潰れ、もし運転席に残っていたら同じく潰されていた所だった。

「ナナシ、しっかりしろ!おい!」
 タイラーの呼びかけに、ナナシは僅かに目を開けた。
「タイラー、俺の墓はアメリカに建ててくれないか?俺の銃も一緒に……そこは自由と平等の国だと聞く……俺達少数民族でも受け入れる、自由の……」
「墓なんて建たない!お前はこんな所で……」
 タイラーはナナシの体を揺さぶったが、反応は無かった。脈も無く、その体は少しずつ冷えていった。
「畜生……」

 アルは焦星と焦門を合わせ、モーガンを捉えた。モーガンもそれに気付き、ガトリングガンをアルに向けようとしたが、その前に銃弾が彼の胸を貫いた。
「ぐぉ……」
 モーガンは力無く前のめりに倒れ、そのまま床に頭から落下した。

「ジュイ……あんたの奥さんと娘さんの敵は討ったぞ」
 アルは銃をホルスターに収めた。
「向こうで家族と幸せにな。俺はまだここに残る」
「アル……」
 コルトが足を引きずりながらアルの傍に歩み寄った。トラックから飛び出す時に強く挫いていたらしい。
「大丈夫だ、コルト。さて、俺達は無線機を探すとしよう。タイラー……」
 アルはナナシを抱えているタイラーを見つけた。
「いや、俺達だけで探すとしよう」

 数時間後、その秘密基地にCIAの試作型ヘリが救出しに来た。ヘリに乗り込むなり彼ら三人、いや四人は歓迎され、FOXの暴走を止めた英雄として歓迎された。
ジュイの遺体も回収され、死体袋に収まって貨物室に積まれた。アルはその傍らに座りこみ、乗組員には遺体に指一本触れさせなかった。
 タイラーは無理やりヘリをナナシの隠れ家まで向かわせ、彼の愛用していたドラグノフ狙撃銃を持って戻って来た。
 コルトは普段ならヘリのあちらこちらを観察するところだっただろうが、静かに座って大人しくしていた。全てが終わったら今後の身の振り方を考えるつもりだったが、もはやそんな事はどうでもよくなっていた。

 そして数週間後、アルとコルトは米国内のある陸軍地下基地にて、新規特殊部隊の任命式典に参加していた。
「アル、俺達が伝説の英雄が組織した部隊の分隊になるとはな」
 コルトは陸軍の制服をやや心地悪そうに着ていた。
「陸軍SFG内にCIA諜報部隊FOX HOUNDの分隊を極秘裏に設立……装備・戦術の共有を可能にするとは……CIAが軍部に枝をつける意味もあるだろうが、まあ俺達としても最新の潜入用装備を使用出来るのは嬉しいところだな」
 アルはそう言って、コルトを見た。
「スニーキングスーツが待ってるぜ……ってところか。空軍出身としては例のソリトンレーダーとかいう開発中の全方位高性能レーダーが気になるな」
「陸での仕事は大丈夫か?コルト。当分ヘリは操縦出来ないぞ?」
「構わないさ。それより自分自身の力で出来る事をやってみたい。それにあんた達と組めるのも嬉しい」
「そうか……まあいい。俺もお前達と組めて嬉しいよ」
「そういえば……タイラーはまだ来ないのか?」と、コルトは辺りを見回して言った。
「ああ、奴は遅くなるだろう」

「ナナシ、約束通りあんたの銃はいっしょに棺に入れたぞ」
 タイラーは墓石の前に座り、静かに語りかけていた。
「アメリカの墓地はどうだ?気に入って貰えたなら良いんだが、そうでないなら……まあ我慢してくれ。軍営墓地にどうにか入れて貰ったんだ。だが安心しろ。若い女も埋まってる筈だ」
 墓石には「国を救った誇り高き狩人 ここに眠る」と刻まれていた。
「どうにかあんたのアメリカ国籍も取得したよ。無理を言ってね、そのお陰で伍長から大尉へと一気に昇格させてくれるチャンスを捨てちまった。まあいいさ、陸軍グリーンベレーに形式上編入したが、実際はCIA諜報部隊の分隊だ。階級はただのお飾りに過ぎない」
 タイラーは一通り話し終えると、立ち上がって墓石に手を振った。
「じゃあな」
 彼には墓石の前でナナシが手を振っているのが見えた気がした。

 惜しむべき二人の優秀な戦士と、有能なる多数の兵士を失って、この事件は終結した。だが、その1971年二月に全てが終わった訳では無かった。
 この翌年にはあの「恐るべき子供たち計画」が発動し、そしてその二年後にはあの「ピースウォーカー事件」が発生する。
 タイラー達がこの事件に直接関与する事は無いが、しかしその裏舞台であらゆる紛争や世界の危機は毎日のように起こっている。
 彼らはこれから三年間FOX HOUNDとして訓練と潜入作戦に従事し、そして三年後に初の単独作戦を実行する事になるのだが、それは再び語られる事となるだろう。





     FOX HOUND 陸軍105分隊 code name –DOBERMAN- に続く