第九話
「ああ、もう着いた。金は口座に振り込んでおいた。あー、引き出し方が分からなければ銀行の職員に声を掛けてくれ」
コルトは受話器に向かって話していた。タイラーはその後で鋸を引いていた。
「よし、じゃあ切るよ。え?神のご加護を?ああ、ありがとう」
そう言って受話器を置き、一つ溜息を吐く。
「気の良い老神父さんだが、耳が遠くなってるな。前はもっと元気だった」
「老いない人間は居ないさ。俺達もいずれは爺さんになる」
タイラーはそう言って鋸を引き切った。木の塊が床に落ちる。
「よし、切れたぞ。まずまずの出来だ」
銃床を切り落としたショットガンを持ち上げる。
「銃身は切らないのか?」
「金鋸が無いからな。それに、多装弾マガジンチューブとサプレッサーも組み込みたい。そうなると銃身が長い方が都合良い」
「ショットガンにサプレッサーか。あまり聞かないが?」
コルトはコーヒーを啜りながら聞いた。
「一般には全く効果が無いと思われているが、効果は低いもののある程度の減音効果は望める。銃口が広いからライフルやハンドガンのようにはいかない」
「だが、リボルバーは無理だろう?」
「ああ、基本的にはな」
タイラーはコルトのM19を指差して言った。
「知っての通り、ナガン・リボルバーのような特殊な機構のものを除いて、回転式拳銃はシリンダーギャップからのエネルギー漏れを抑えられない。だから、サプレッサーを使用しても殆ど意味が無い……とされるが」
手元にあったタオルを拾い上げ、コルトに投げ渡す。
「こういったもので包んでやればどうだろう?漏れたガスを外に逃がさずに済む。冷たい水で濡らしてやればさらに効果的だ。ただ、熱を持つから注意が必要だ」
「ああ、確かどこかのマフィア映画で見たな……」
「それでも.357マグナムや9mmパラベラム弾のような高速弾だと音の障壁を超える際に多大な衝撃波を発してしまう訳なんだがな。それでもある程度は減音され、マズルフラッシュを抑える事は出来る」
「なるほど、覚えておこう」
コルトはタオルを首に巻くと、ポケットから紙巻き煙草を取り出した。
「あー、吸って良いか?」
「アニタは別の部屋だ。問題無い」
「すまんな」
コルトは空軍時代のオイルライターで火を灯し、片手で覆って煙草に火をつけた。
「ああ、そうだ……」
タイラーに箱を差し出す。
「いや、遠慮しておく」
「禁煙か?」
「身体の調子が悪くてな。ああ、これもやるよ」
そう言ってタイラーはポケットから葉巻入れを出し、コルトに渡した。
「キューバか……一体どこで?」
「コロンビアで手に入れていた。俺を襲った工作員からくすねたんだよ」
タイラーはショットガンの安全装置をかけ、それもコルトに差し出した。
「アニタの様子を見て来る。何が起こってもおかしくないからな……気をつけよう」
「了解」
「ああ、そうだ……オイルライターは葉巻とは相性が悪い。風味を損ねる」
午後11時、教会の前に人影が一つ立っていた。輪郭を見るに、どうやら若い女性のようである。
誰も彼女を見てはいなかったが、その美しい肢体はゴムのような素材で出来たスーツに包まれていた。FOX HOUND部隊やMSFで使用されるスニーキングスーツと呼ばれる物だが、彼女のものはまるで夜の鷹のように真っ黒に見えた。
「こちらナイトホーク、準備完了よ」
ナイトホークはインカムに向かって言った。
「分かった、こちらも準備完了だ」
フォックスの声がイヤホンから流れる。
「いいわ。作戦開始」
ナイトホークはそう言うと、屈みこんで高く跳び上がった。と、教会の屋根に音も無く軽やかに着地する。もはや人間の動きではない。
辺りを探すと、屋根の一部が切り抜かれ、人一人が出入り出来るようになっている。フォックスが事前に工作しておいたものだ。
屋根裏に侵入し、意識を集中して老神父の寝室を探り出す。部屋は彼女が侵入した地点からそう離れてはいなかった。無線のスイッチを操作し、小声でマイクに話しかける。
「老神父の部屋が分かったわ。これから降下する。彼の死体をお願い」
「了解、ホークアイの死体を回収して仮拠点に戻る。ナイトホークも情報を入手したら戻って来い」
「分かってるわ」
ナイトホークはそう言って無線を切ろうとした。
「待て、ナイトホーク。絶対に戻って来るんだぞ。勝手な真似はするな」
フォックスの声がイヤホンから聞こえたが、彼女は構わずスイッチを切った。そして左胸の鞘からスタンロッドを取り出し、スイッチを切り替えてオーバーヒートさせ、脚元の板に突き立てた。すぐに屋根裏の床は焼け、彼女が通れるだけの穴が出来る。下を覗くと老神父がぐっすり眠っているのが見えた。
彼女はスタンロッドを鞘に戻すと、その穴を抜けて寝室の床に飛び降りた。4メートルはあった筈だが、まるで40cmの箱から飛び降りたかのように静かだった。
老神父もぐっすり眠ったままだ。
「お爺ちゃん、お目覚めの時間よ」
ナイトホークは腰に提げていた短機関銃を老神父の喉元に突きつけた。老神父は目覚め、目の前で起こっている事態が理解出来ずに小さな悲鳴を上げた。その喉に銃口が押し付けられる。
「大きな声は出さないで……ちょっと聞きたい事があるだけだから」
彼女は銃を下ろして数枚の写真を取り出した。タイラーとコルト、そしてアニタの写真である。
「この人たちが何処にいるか、教えて欲しいの」
「し……知らん。そんな連中は知らん」
老神父は小刻みに震えながら答えた。
「嘘つきのお爺ちゃんね」
サプレッサーの装着された短機関銃の銃口から小さな閃光が出ると同時に、小口径の銃弾が老神父の耳元に飛んだ。
「わ、分かった!そこにメモがある。持って行け」
老神父は震える指でサイドテーブルの上に置かれたメモを指した。ナイトホークの細い指がそれを拾い上げる。
「何だ、すぐそこじゃない。歩いてでも行ける距離ね」
「もう用は済んだじゃろう……こんな老いぼれにこれ以上一体何をするつもりじゃ」
「そうね……奴らの居場所が分かった以上、あなたはもう用済み」
ナイトホークは銃を持ち上げ、老神父の頭に向けた。
「クッ……!」
老神父はさっきまでとは打って変わって俊敏な動きでナイトホークの銃を払い飛ばし、電話の受話器を取り、ダイヤルを回した。
「あんたらの敵じゃ!今ここに居る!早く逃げ……」
受話器を取ったコルトは戦慄した。
老神父の危険を告げる声が途中でサプレッサーに押し殺されたと思われる銃声でかき消され、程無くして回線が切れた。
「タイラー!タイラー!奴らが来る!」
「よく寝てるな……」
タイラーはベッドの縁に座り、アニタの寝顔を見つめていた。
「……」
すると唐突に慣れない感情がタイラーの胸に込み上げ、彼は右手の指でアニタの髪と頬に触れた。自分の皮膚とは違って、柔らかい肌。繊細な髪。
半開きになった唇に触れると、アニタは目覚め、タイラーの方を向いた。
「タイラー……どうしたの?」
「いや……何でもない」
アニタは自分の首元に置かれたタイラーの手に気がついた。タイラーが引っ込めようとするその手を掴み、自分の頬に当てる。
「お父さんの指より細いけど、まるで獣の皮みたいね」
「君のお父さん……か」
自分の犯した罪がまた思い出される。彼女の父親を射殺し、その上粉々に吹き飛ばした。そして、今自分は何をしようとしていた?自分より十歳も若い少女に。
今度こそタイラーは手を引っ込めた。
「俺の手に触らない方がいい。汚れてるんだ」
「……気にしないわ」
アニタはそう言ってタイラーの頬を指で拭った。彼は胸から込み上げて来るものに耐えるのに精いっぱいで自分が涙を流している事に気がついていなかった。
「泣かないで?」
その言葉に、タイラーが自身の中で必死に維持していたものが崩れた。そこから彼がそれまで何年も抑え、感じる事の無かった感情がどうっと流れ出した。
彼はアニタの被っていた布団を除け、彼女の肩を押さえてベッドに押し付けた。
「許してくれ……」
彼女の頬に触れ、目を見つめる。アニタはタイラーの言っている事が半ば理解出来なかったが、静かに微笑んで言った。
「いいのよ」
溢れる涙がアニタの顔を濡らすのに構わず、タイラーは彼女の唇に顔を近づけていった。
「タイラー!」
コルトの叫び声がタイラーを現実に引き戻した。がばっとアニタの体から離れ、声のした方を睨みつけた。
「奴らが来る!奴らが来るぞ!」
「何だって!?」
発信機は全て見つけて外した筈だ。となると、老神父が尋問されたのだろうか。もたもたしている時間は無い。
「アニタ、起きろ。上着を着るんだ」
そう言って部屋の電気を点け、自分の上着の下にナイフがある事を確認する。すぐに武器を取りに行かなければ……。
「あら、そんなに急いで何処へ行くの?」
その声は女性のものだったが、しかしアニタのものではなかった。タイラーはすぐに振り返り、ナイフを抜いた。
「貴様……ナイトホークか」
漆黒のスニーキングスーツに包まれた腕がアニタの細い首を締めあげている。もう片方の手には小さな短機関銃が握られ、銃口をタイラーに向けていた。
「鷹の目を導く者……そして、闇夜の訪問者」
「そちらの部隊は全部で四名だった筈だ。残り二名で核地雷設置任務は無理な筈だ。もう諦めろ」
タイラーは身構えて言った。だが、ナイフで確実に勝てる距離ではない。
「そうかしら?もう一人は何が何でもやり遂げるつもりらしいわよ」
「もう一人?」
「“オオコウモリ”あなたの居たSEALsの隊員でさえ、逆立ちしても追い付けないような戦士。まぁ、私はもう核地雷なんて興味は無いわ」
「なら、何が目的だ」
「報復……」
ナイトホークはアニタの喉を絞める手に少し力を込めた。
「うう……」
まだ意識が残っているようだが、ナイトホークの腕はアニタの気道を捉えている。長引くと危ない。
「アニタを離してくれ。彼女が何をしたっていうんだ」
「なら私の婚約者は何をしたというの?」
「俺達の命を狙った。だから殺さざるを得なかった」
「悪く思わないで、任務なの」
「核地雷の設置を阻止するのが俺達の任務だ」
「私達が諦めていたら、貴方達は彼を殺さなかったとでも?」
「……そうだ」
タイラー達の任務は飽くまでも作戦の阻止であって、部隊を抹殺する事ではないのだ。敵が作戦遂行の意志を失えば、その時点で任務は完了となる。
「なら、貴方達も銃を捨てなさい。階段でショットガンをタイラーに投げようとしているコルト!あなたもよ」
「うう……」
コルトは右手に銃床を切り落としたM37ショットガンと、左手にM19を持ったまま階段を上って出て来た。
「分かった、武器を捨てよう。その代わり、アニタを解放してくれ」
タイラーはナイフを落とした。倣ってコルトも二つの銃を床に落とす。
「まぁ、素直なのね。三十前のおじさんのくせに、十七歳の女の子に妙な考えを起こして、おまけにこの子をネタに脅されて武器まで捨てるとはね」
「畜生……」
タイラーは奥歯を食いしばった。この前と同じ過ちを繰り返してしまった。今度はあの時助けてくれたコルトもここに立っている。
「他に武器を隠してない事は分かってるわ。私には超能力があってね。どういう訳か彼が死んでからもっと強くなってるの」
ナイトホークの目に狂気の色が浮かんでいた。
「私達は常に二人一組。銃を握る方がホークアイ、敵を探す方がナイトホーク。時には彼がナイトホークで、時には私がホークアイ。二人で二匹の鷹の名を名乗ったの」
「片割れを失った事で能力が増大したと?」
「違うわ。彼を失った憎悪がそうさせてるのよ」
ナイトホークはそう言うと銃を下ろし、アニタの首を絞める力を弱めた。
「あら、この子……記憶の一部分を心の奥底に閉じ込めてしまってるわね」
「嫌……」
アニタはナイトホークに抵抗しようとしたが、身体が動かなかった。
「可哀そうに。思い出させてあげるわ」
と、ナイトホークはアニタに念を送った。
「止せ!やめてくれ!」
タイラーは無意識のうちに右手を出したが、彼女らには届かなかった。アニタの目の色が変わっていくのが見えた。
「この人が……」
その眼が恐怖と憎悪に染まっていく。
「そう、アニタ。この男があなたのお父さんを殺したのよ。そして、あなたのお父さんがこの男に殺された事によって、あなたは凌辱される事になった。そして……」
「私、この人に襲われそうになった……?」
「そう、この男はあなたを不幸にした上に、あなたをさらに汚そうとした」
アニタの耳を舐めるような距離でささやくナイトホークに対して、タイラーは歯を食いしばって睨みつける事しか出来なかった。
「待て、タイラーがアニタを汚そうとしたというのは間違いじゃ……」
「コルトといったわね。アニタ、この男も酷いのよ?私の婚約者を殺したの。私が世界で一番好きな人を……まるで獣を狩るように銃で撃ち殺したの。酷いわよねぇ?」
「そんな……」
アニタの目は次第に遠くなり、瞼を閉じたかと思うと彼女は床に崩れ落ちた。
「あーあ、耐えきれなくなったようね。まぁいいわ。蘇った記憶はちゃんと残る」
ナイトホークは再びタイラー達に銃を向けた。
「さて、どちらから死んでもらおうかしら……」
「死ぬのはお前を殺してからだ」
タイラーが語気を強めて言った。
「まぁ、この距離と状況で私に勝てると思ってるの?」
銃口がタイラーに向いた。チェコ・スロバキア製のVz61、通称スコーピオン。32口径の銃弾を使用する為、反動が少なく撃ち易い。ナイトホークはその銃に長いサプレッサーを装着していた。そこにタイラーは望みを見た。
「コルト!」
タイラーは声を上げると同時に、足元に放ったナイフをナイトホークに向けて蹴った。ナイトホークは腰のあたりに飛んで来たナイフを左手で払い飛ばし、引き金を引こうとした。だが、その一動作はコルトが武器を拾って階下に飛び降りるのに十分な隙を生んだ。
「クッ!」
ナイトホークはタイラーに向けて三発撃ったが、それまでにタイラーはVz61の銃身に装着されたサプレッサーを掴んでいた。そのまま捻り、ナイトホークの軽い体を投げ飛ばそうとする。だが、次の瞬間にはタイラーはバランスを崩され、前方に顔から押し倒されていた。その背中にナイトホークの銃が向けられる。
「CQCならこちらが上よ。残念ね」
「CQCだけか!」
コルトが階段から飛び出し、M37を撃った。散弾がナイトホークに襲いかかったが、彼女は身をひるがえして飛び退いた。通常なら命中させられたが、ストックの無いショットガンはコルトには扱い切れていなかった。
ナイトホークは腰からフックを射出し天井に打ち付け、そのまま自信の体を小型モーターで天井まで引き上げた。教会屋根への跳躍も同じトリックだ。
彼女は天井に張り付いたままでコルトに銃を向けた。階段を見下ろす位置で、掃射すれば確実にコルトを仕留められる。
「終わりよ!」
「まだだぁッ!」
タイラーはナイフを拾い、飛び上がってないとホークの腹部に突き刺した。
「ヴッ……!」
その顔が一瞬苦痛に歪んだ。タイラーはナイフを手放して床に落ちた。
ナイトホークは再び銃を構え、タイラーに向けた。が、その銃が横から放たれた銃弾に弾かれる。コルトのM19だった。
「諦めろ。もう勝負はついてる」
コルトが銃を向けたまま言った。
「クソッ!こんな所で!」
ナイトホークは腰から缶のようなものを取り出し、放った。タイラーにはそれが何かすぐに分かった。
「スタングレネードだ!目と耳を!」
タイラーは言い切る前に耳を塞いで床に伏せた。直後、爆音と共に閃光が彼らを包んだ。コルトは一瞬間に合わず、閃光を受けたショックでバランスを失い、後ろによろけて階段を転がり落ちた。
「クッ……!やられた!」
タイラーは横に転がって起き上がり、天井に目を向けた。だがそこにナイトホークの姿は無かった。
「どこだ……どこに行った……」
窓の外を見ると、教会に向けて黒い影が飛んで行くのが見えた。いや、ワイヤーか何かで高速で引き寄せている。
「うう……」
と、後ろからコルトの呻き声が聞こえた。振り返って階段を降り、倒れたコルトを起こす。
「痛テテ……痛ェ」
「骨折は無い、脱臼もな。うまく転んだもんだな。CQC訓練が生かされてる」
「奴は何処へ行った。そう遠くには逃げられないだろうが」
「教会へ逃げたようだ」
そう言ってタイラーはコルトの手を掴み、引き起こした。コルトは呻きながら立ち上がった。
「すまない……。これからどうする?」
「奴を追う。アニタを頼んだぞ」
そう言ってタイラーはコルトの手からM37を取った。
「最後の一人が来ないとも限らない。だがMSFに連絡を取ってこちらの通信を奴らに傍受される可能性もある。今の所はお前一人で持ちこたえてくれ」
「ああ、分かってる」
「俺の方はすぐに終わる。向こうは手負いだ」
タイラーはそう言って、二階に駆け上った。倒れたアニタを横目に部屋を横切り、窓から飛び出した。
「死ぬなよ!」
コルトの声はタイラーの背中に届いた。