第七話
タイラーは左脇のショルダーホルスターから拳銃を抜いた。だが、すぐにそれを後悔する事になった。
敵は一瞬のうちに間合いを詰め、タイラーの銃を奪い、彼の体を投げ倒した。
「がはっ……!」
「フン。拳銃が役に立つ間合いだと思ったか?」
敵はM1911の弾倉を抜き、スライドを外した。そして地面に落とすと、その足で踏みつけた。そして足を離すと、かつて銃だったそれは潰れてしまっていた。
「嘘だろ……」
強化ステンレス製のスライドまでもが変形している。一体どんな足だ?ここまで変形させてしまうとは。
と、次の瞬間にはハウンドの足がタイラーの首に飛んで来た。仰け反って紙一重で避け、後ろに跳び、攻勢に出ようとする。
だが、ハウンドの手が伸び、彼の首を掴んで地面に組み伏せた。
「無駄だ」
首を絞め付けながら頭を持ち上げ、地面に叩きつけた。
「が……!あ゛……!」
タイラーは必死にハウンドの脇腹を膝で蹴り上げた。一度、二度、三度……五度ほど蹴った所で一瞬ハウンドの力が弱まった。
「……ゥらえッ!」
左手でハウンドの顔面を掴んで上に持ち上げ、その喉に右手の指先を打ち付ける。
「がはっ……」
常人なら致命傷となるような打撃だったが、ハウンドは怯んだだけだった。
タイラーは両足でハウンドの体を蹴り上げた。見かけよりかなり重く、体は浮き上がる事無くそのまま後方に倒れた。
すかさず起き上がり、次の攻撃に繋げようとした。しかしすぐにハウンドの足がタイラーの脚を払った。そして次はハウンドが跳び上がり、空中で半回転した。そして彼の踵がタイラーのみぞおち目掛けて落ちて来た。
横に転がって避け、後ずさりして相手の足の届かない位置まで退避したタイラーは、今度はウェストポーチに手を伸ばし、Mk22を取り出した。
すぐにセイフティを解除し、スライドロックレバーを押さえずに引き金を引く。頭を狙っている暇は無く、体の中心目掛けて三発撃ち込んだ。
だが、弾丸は何れも致命傷を与える事は出来なかった。
「ははは……」
笑いながら立ち上がり、ハウンドは自分の防弾ベストを叩いて見せた。
「こいつが見えなかったか?9mmパラベラムの……ましてや亜音速弾なんて無意味だ」
「クッ……」
タイラーは銃を下ろした。
「どうする?完全にそちらの劣勢だ」
「畜生め……」
「猟犬(ハウンド)と名乗ったろう?」
そう言ったハウンドが再びタイラーに近づこうとした。タイラーは再び銃を構え、次は脚を狙って撃った。
「!?」
次の瞬間、タイラーはまた投げ飛ばされていた。手ごたえは間違いなくあった。脚に銃弾を受けながら突っ込んできたというのか?いや、或いは……。
その時、やっとタイラーの疑問が解けた。もしそうなら、強力な脚力や不自然な重さにも説明がつく。
「義足か……」
タイラーは起き上がって言った。銃はまだ手の中にある。
「その通り。だが、ただの義足じゃない」
ハウンドはズボンの肩足の生地を引き裂いて見せた。
「試作型の人工筋肉を利用した電動義足だ。外部は鋼鉄製。5.56mm×45ライフル弾をも弾き返せる」
「狙えるのは足と胴体だけじゃない……!」
タイラーは銃を持ち上げ、ハウンドの頭を狙った。が、そこに射線がたどり着くまでに銃はタイラーの手から離れていた。
と、体に衝撃が走る。服部が熱い。かすり傷だった筈だが、まだ完治はしていない。傷口が開いたか?
頭を起こすと、ハウンドはMk22をまた同じように踏みつけた。
「足掻くな。死ね」
今度はゆっくり近づいてくる。一体どうするつもりなのか。
「動かなければ楽に逝ける」
そう言って片足を上げた。頭を踏みつぶすつもりか?
「なぜ俺達を殺さねばならない……?冥土の土産にそれぐらい教えてくれ」
タイラーはハウンドの目を見て言った。起き上がりたかったが、痛みが邪魔をした。
「観念したか……良いだろう」
ハウンドは片足をタイラーの頭に軽く乗せた。
「命令されたから……それだけだ」
「そう言うと思ったよ……」
タイラーは厭味そうに笑って見せた。
「貴様らが接触したMSFがCIAと配下のFOX HOUNDに対して圧力をかけて来ている。相手は中立的な立場の組織である為、なるだけ衝突は避けたかったが、一部の機密を知る部隊“ドーベルマン”を生かしておく訳にはいかなかった。お前達が東側のスパイである可能性も指摘されている。それが俺達の聞いた全てだ」
「何とまあ、俺達が社会主義のスパイとは……。散々お国の為に痛い目に遭って来たんだがな。それでも俺達が“イワン”や“シナ”の仲間だというのか?」
「貴様らは敵であるMSFと一度戦闘していながら、今回の協力へ至った。そうだろう?」
「ああ言えばこう返されるんだな」
「それに、今回は資本主義国家の最前線とも呼べる二つの国が手を繋ごうという計画を妨害する任務を帯びている。違うか?」
ハウンドはタイラーの頭に少し力を込めた。
「何が“二つの国が手を繋ごうという計画”だ。両国が領有権を取り合っている孤島を吹っ飛ばすという横暴じゃないか」
「かの二国が手を取り合えば、西側勢力の東南アジアにおける統治はより強固なものとなる。そして、先ずは朝鮮半島から共産主義を追い出し、中国・ソ連をもいずれ手中に収める事が出来る」
「一党独裁の共産主義国家は、計画経済の破綻によってもう既に殆ど力を失っている。放っておけば弱体化する」
「軍備が弱体化しているのは米国も同じだ。いずれ保有する核弾頭の数も減って行く。その前に世界の覇権を握る必要がある」
「その為に日本と韓国に仲良くさせようって?無理だ。同じくアメリカに支配される国といっても、実際には国民性も歴史観も全く異なっている。もうすぐ冷戦が終われば両国はより離れていくだろうよ。“竹島”を爆破する?それも核弾頭で?両国は一体誰の仕業にすると思うんだ?必ずしも中国やロシアのせいにすると思ってるのか?彼らを取り巻く問題は領土問題だけじゃないんだ。今度ばかりは戦争になる可能性も考えられる」
タイラーはそう言って足の下からハウンドを睨めつけた。
「貴様の御託を聞いている暇は無い……。俺達はその任務を……日本海の孤島、竹島への格地雷設置任務を果たさねばならない。それこそが国への献身となる」
タイラーの頭に加わる力がより強まった。割れるように痛い。
「糞っ垂れ……。愛国者を名乗るなら、国の為に本当は何をすべきか、自分の頭を使って考えたらどうなんだ」
「黙れ!アカの手先め!」
「俺はアカじゃな……」
より強い力でタイラーの頭が踏みつけられた。
「俺の親父は朝鮮戦争で死んだ!俺の母親はロシアで暴漢に遭って死んだ!俺の恋人はベトナム帰還兵用の病院で看護をしていて、精神錯乱状態になった帰還兵に強姦され、刺殺された!俺の脚はベトナムで吹っ飛んだ!」
「……ぅ」
あまりの痛みに、意識が遠のいて来た。声はしっかり聞こえるが、口を開けない。
「もうこれ以上俺の大事な物を奪わせはしない……。死ね!」
ハウンドは脚に力を込めた。
だが、その時彼の背中を強い衝撃が襲った。
「ヴぅぅぅ……」
怒りに悶え、犬のような唸り声を出して後ろを振り向く。そこに、射撃場に来ていたもう一人のターゲットが居た。
ずっと集中して銃を撃っていた為、こちらには気がついていないとばかり思っていたが……。
今度は衝撃だけでなく痛みも伴った。どうやら徹甲弾が撃ち込まれたらしい。
ハウンドは武器を失って尚かつ弱っているタイラーより、高い威力を誇る武器を持つコルトを優先すべきと判断した。
「ヴォッ!」
一声鳴き、充血した目で跳んで振り返り、遊底を操作するコルトに飛び掛かろうとした。彼とコルトとの間合いは、一秒も掛からず跳びつけるほどのものだった。
「クッ……タイラー!」
コルトはハウンドに睨まれ、思うように遊底を素早く操作する事が出来なかった。だが、タイラーはハウンドの後ろで倒れ込んだままだった。
ハウンドは狂喜していた。自分はこれで大事な仲間を守る事が出来る。ホークアイもナイトホークも、そして自分自身の過去を清算する事が出来る……。
それを噛みしめ、彼は足を縮めた。
「終わりだ……!」
そして、その足が力強く伸びる……瞬間だった。
コルトには、ただ彼らの頭の辺りから血が吹き出した事しか分からなかった。そして、タイラーの叫び声と。
タイラーは残った力を振り絞って立ち上がり、ハウンドの頭髪を掴んだ。そして、上着の下に最後の手段として隠していたサバイバルナイフをその首に深く突き刺した。
「うああああああああ!!!!!」
タイラーは半ば泣く用に叫び、付き立てたナイフを前方に思い切り押し出した。その一撃がハウンドの頸動脈・頸静脈・気道を切り裂き、声を出させる間もなく絶命させた。
ハウンドは首から血を噴き出しながら、仰向きに倒れた。噴き出す血がタイラーの全身に降りかかった。
「タイラー……!タイラー!タイラー!」
コルトはタイラーの傍まで駆け寄った。
「大丈夫か!その血!どこをやられた!」
「落ち着け……俺は出血はしてない筈だ。これはこいつの血だよ……首をやった、返り血だ」
「そうか……」
コルトは安心した様子でその場に座り込んだ。
「やはり、こいつも例のミッションの実行役だったらしい。本人の口から聞いた」
「となると……俺達の任務がより容易になったという訳か」
「ああ。重大な任務だから、他の人間を動員するとは思えない」
二人は目の前に横たわる男の死体を見た。
「コルト、こいつも戦争の被害者だった。戦争で全てを失った過去を清算する為に、俺達を排除して、今の仲間を守ろうとしていた」
タイラーは急に胸苦しさに襲われた。肋骨・胸骨の痛みだけではなく、より内側にある……いや、存在しないものから感じる苦しさだった。
「俺は、その未来へ向かっていく勇気を……未来の為に戦う意志を……殺したのか」
「タイラー、殺す以外に方法は無かったんだ。少しでも手加減していたらお前が死んでいた筈だろ?」
「ああ……」
「それに、お前だって守らなければならないものがある筈だ。だから……」
コルトは、その言葉だけではタイラーがまた一つ抱えてしまった苦痛を取り除く事が出来ないと分かっていた。だが、何か言わずにはいられなかった。
「そうだな……。コルトのお陰だ。一つ借りが出来たな」
タイラーはそう言って微笑んで見せた。
「いや、これまで借りて来た分は返し切れてないさ」
コルトは立ち上がってライフルを取った。
「さぁて、ひとまずこの死体を車に積もう。新しい車を買わなきゃな」
銃を背負い、ドアノブの内側に触れた。
「ん?」
「トラップはどうやらこいつに解除されていたらしい。俺達を殺してこの車に乗せて運ぶ事も考えてたようだな」
「ぞっとするな……」
「さて、積もう。そっちを持ってくれ」
二人はハウンドの死体を持ち上げ、車の中に押し込み始めた。
その光景を遠くから眺めている者があった。電柱に足からぶら下がり、わなわなと震えながら……。
ホークアイとナイトホークは部屋に据え付けられた小さな机に、向かい合わせに椅子を置いて座っていた。と、そこに無線機からビープ音が鳴る。
「ハウンドから?」
ナイトホークがホークアイの目を見て聞いた。
「いや、フォックスからだ」
そう応えて無線に出る。
「こちらホークアイ。ハウンドが見つかったのか?」
「見つかった……だが、彼はもう状況を報告する事が出来ない」
イヤホンから届いたその声に、ナイトホークは顔を机に伏せた。
「残念だ……。死体を回収しに行こう」
ホークアイはそう言って一度窓を見た。きれいな夕日だった。空がまるで血に染まったかのように。
「不可能だ。奴ら、車ごと溶鉱炉に放り込んだ。あの義足さえ跡形も無く溶けただろう……」
「畜生ッ!」
ホークアイは右の拳を机に打ちつけた。射手にとって最も大事な右手を、我を忘れて何度も殴りつける。
「どうして一人だけで……作戦をたてていたのに……」
ナイトホークは震える声で言った。
「彼はお前達を危険な目に遭わせたくなかったんだろう。だから、自分だけで決着をつけようとしたんだ」
「フォックス……明日だ。ハウンドの仇を取るぞ」
ホークアイの声には怒りが溢れていた。
「分かった。無人偵察機を準備しておく」
フォックスは無線を切り、監視装置のスイッチを操作した。望遠機能でタイラーとコルトが彼らの部屋の中に入って行くのを確認する。
「明日が貴様らの命日だ……」
病室を監視していた時、病院の屋上であのコルトという狙撃兵が狩猟用のレミントンM700にサーマル(赤外線)スコープを装着して辺りを覗っていたが、フォックスの姿を捉える事は出来なかった。
彼は比較的近距離から集音マイクを使用して盗聴していた。つまり、タイラー達の会話も全て聞こえていたのだ。
しかし、腑に落ちない所もあった。
タイラーはカツラを使用して変装しようとしている。しかも銀の目立つものらしい。欧米人からすれば珍しい真黒の髪も確かに目立つと言えば目立つが、それを嫌うならまだ別の色を選ぶ余地がある筈だ。
我々に印象付けたいのか……?しかし、何のために?
或いは、誰かと入れ替わるつもりなのかもしれない。だが誰と?
「何を考えている?タイラー……」
不明な点が多いが、明日を逃せば暗殺の機会は限られてしまう。それに、作戦実行の日も近い。
障害の排除を急ぐ必要がある。
「これ以上邪魔させる訳にはいかん……ハウンドの為にもな」
「明日か……うまくやれるかな」
銃の整備をしていたコルトが急に顔を上げ、タイラーに聞いた。
「やるしかないさ。さもなければ死ぬ」
タイラーはナイフを研ぎながらそう応えた。帰って来て食事を済ませた後、少しずつ様子を見ながらずっと研いでいる。
「うーん、いいセンスだ。刃物は日本製に限る」
「この前買い換えた奴か」
「ああ、今回のはグリップが空洞になっていて中に治療道具や釣り針を収納できる。さらに、蓋にはコンパスが組み込まれている。まぁ、太陽が出ていればアナログ時計だけで方位を知れるんだがね」
そう言って、タイラーは左手首の腕時計を指差して見せた。
「時計だけで方位を?どうやって」
コルトは首をかしげた。
「簡単だ。時計の短針を太陽に向けた時、12時の位置と短針の間が南だ。コルトのそのデジタル時計でも、文字盤を思い浮かべれば同じように方位を確認出来る」
「時刻さえ分かれば時計さえも要らない訳か」
「多少頭が回ればね。あと、時間も影のでき方や太陽の位置で推し量れる。まぁ、だいぶ経験が必要になる訳だがね。もしコンパスが利かない場所に入る事があったら、その時はアナログ時計を持って行くと良いだろう」
「なるほど……。だが、夜は一体どうするんだ?」
「小学校で習ったろう?北極星を探すんだ。春から夏なら北斗七星を、秋から冬にかけてはカシオペア座を利用するといい。思い出したか?」
「うーむ……」
「勿論、曇っていたらこの方法も使えない。いずれにせよコンパスは丈夫なものが欲しいな。それだけに限らず、装備は堅実に選び、且つ最小限に収めたい」
タイラーはそう言ってナイフを持ち上げ、研ぎ具合を確認した。
「よし、こんな具合で良いだろう」
「銃は何でも文句言わず酷使するのに、ナイフにだけは拘ってるんだな」
コルトはライフルを組み立て終わり、左脇からM19を取り出して分解し始めた。
「拳銃の方が役に立つんじゃないのか?」
「近距離での戦闘において拳銃は絶大なタクティカル・アドバンテージ(戦略的優位性)を誇る。だが、相手と自分との間が三メートル程度しか離れていなかった場合、相手が拳銃を抜く前に格闘戦に持ち込んだ方が確実に仕留められる」
「近接戦闘では拳銃よりナイフの方が役に立つ事もある……」
コルトは頭の片隅に転がっていた言葉を呟いた。
「拳銃とナイフを同時に構えるという、例の戦術も有効だ」
「あれか……」
三年前の事件でFOX部隊の一人に組み伏せられていた時の感覚が、コルトの脳裏に蘇った。
「尤も、スタンロッドのような長い格闘武器だと難しくなって来るがね。その代わり、最近の訓練では即座に銃をホルスターに突っ込み、素手で敵を無力化する格闘術を習った筈だ」
「そういえばMSFの兵士もスタンロッドを装備していた。ナイフではなく」
「市街地で行動する事が多かったり、或いはすぐに救援を求める事が出来る為だろう。ナイフを携行する目的の最たるものは、文明から離れた土地でのサバイバルツールとしての用途だ。こいつが一本あれば、獣を狩ったりトラップを形成したり、傷を治療したり……もちろん接近戦用の武器としても有効だ。だが、すぐに逃げられる状況ではその用途では使用しない。スタンロッドも非常時には刀身を加熱してワイヤーカッター代わりに出来るから、トラップの解除なんかにもナイフが必要無いんだよ」
タイラーはそう言って、ナイフを鞘に収め、刃先が上になるようにしてサスペンダーに取り付けた。
「サバイバルナイフの他に、すぐに抜き差し出来る小型の戦闘用ナイフ……俗に言うCQCナイフという奴を左胸に斜めに取り付ける方法も良い。だが、今度の相手は一般的な訓練を受けた兵卒だけじゃない。少なくとも俺の使えるCQCは殆ど通用しない。だが、CQCナイフはただ振り回すには重さも長さも足りない。かと言ってある程度のリーチを稼げるサバイバルナイフを足首に手を伸ばして取っていたのでは時間が掛かり過ぎる……そこで出した結論がこれだ」
そう言って左胸から素早くナイフを抜き、目の前に突き出した。
「これまでの徒手格闘を主としたCQCより、そのままでも殺傷能力のあるナイフを積極的に活用するという事か?」
「その通りだ。尤も、拳銃と同時に構えるよりは容易と言えるが、ナイフも効果的な武器とするには熟練が必要だ。全ての武器にも言えるが、それを手にするだけでも危険な代物として扱い、使用する上での注意点を意識下で実践出来るまで錬度を高めて初めて武器としての訓練を始められる。うまく扱えるようになるには更に熟練する必要がある」
「ナイフと銃を同時に扱うなら尚更か……」
「残念な事に、その手のCQCなら奴らの方が上手だ。手段を選んでいる暇は無くなってきてるんだ」
タイラーはナイフを鞘に収めた。
「さて、準備を進めよう……といっても、コルトのお陰でおおかた済んでるがね」
翌日は雨天だった。ホークアイはその暗い空間で、雨が屋根を叩く音で目を覚ました。
「ホークアイ、具合はどう?」
インカムからナイトホークの声が届いた。
「ああ、悪くない。そっちは?」
「硬い床の上で寝るのは慣れてるわ」
「フォックスからの連絡は?」
「無人偵察機は一機も異常を感知していない。ここに居るのはヨボヨボの神父と一人の修道女だけよ。私の目にもその二人しか見えてないわ」
ホークアイは下を覗いてみた。だいぶ高齢の神父を、修道女が介添えして歩かせている。
「まだ若いようだが、よほど信心深いんだな」
「誰も来ないうちに私は一度外に出るわ。その後招待客に紛れて侵入する」
「了解、気をつけろ」
「コルト、そっちはどんな具合だ?」
突然インカムからタイラーの声が聞こえた。
「最高だ。ネズミの情事に立ち会えたよ」
「そいつは傑作だ。このご時世、人間様のより珍しい」
「そっちの方はどうなってる?」
「沼の中よりは快適だったよ」
「それは良かった。さて、奴らは何処に潜んでいるのか……」
コルトはサーマルスコープを覗いた。彼の位置からは二人の人影が見えた。一人は足取りのおぼつかない神父で、もう一人はそれを介添えしている修道女だ。
「敵は二人一組で行動している。ただ、MSFからの情報が正しいとすれば少々厄介な事になるな」
「射手の方の排除を急ぐ必要がある……」
「監視を続ける。そっちも気をつけていてくれ」
タイラーは教会の裏に車を停め、その中で機材のモニターを睨んでいた。普段通りの格好で、その黒い髪の毛を掻きむしりながら……。