第六話
アルが入院した次の日、タイラーとコルトは病院から数キロ離れたコルトの部屋で古びた無線機を弄っていた。辺りに工具が散乱し、その上にタコス味のトルティーア・チップスの袋を開けていた。
「ようし、こんなもんだろう」
コルトが機械のカバーをドライバーで固定して言った。
「衛星通信も可能なように組み直した。少し休んでからMSFへの連絡を試みてみよう」
「了解、しかし早かったな。俺なら朝までかかっても無理だ」
タイラーは椅子に座ってチップスを齧っていた。
「食事にしよう。シチューを温める」
「ありがたい。戦地ではそんな上等な物は滅多に食えなかったからな」
「おいおい、双眼鏡ケースに加熱剤を詰め込んでボンカレー温めてたじゃないか」
「そうだったか?訓練で火を起こしてレーション焼いてた記憶しか無い」
「ああ、それでアルが『味気ない、こんなもの人間の食いものじゃない』ってね。『ジェニーの料理はもっと芸術的だ』とか」
二人はそこで吹き出した。
一般部隊と同程度の訓練の際、彼らは毎回同じレーションに飽きて、火を起こしたついでにそれを焼いて食べた事だった。
確か、一年も前の事だったと彼らは記憶していた。その後ボンカレーが支給され、彼らの興味はそちらに移ったのだった。
「そう、アルがな……」
コルトがそう言って、窓の外を見つめた。アルの居る病院は見えない。
「ジェニーとアニタが見守ってる。まだ意識は回復していないが、医者の話によると心配はいらないらしい」
タイラーはそう言って、コルトと同じ窓を見てみた。
誰かが自分達を見ている気がして、彼はコルトの横まで歩み寄り、カーテンを閉じた。
「ふんっ。勘の良い奴だ」
ホークアイはそう言って双眼鏡から目を放した。
「CIAの下っ端のスーツに忍ばせておいた発信機は、そのコルトという狙撃手の部屋に放られていた。今の隠れ家を探し出すのには苦労したわ」
彼の後ろからティーカップを持った女性が近寄った。
「感謝してるよ、ナイトホーク。だが後ろから近寄るのだけは遠慮して欲しいな……」
「あら、十年近く生死を共にした優秀な観測手にも背中は任せられない?」
「君だと知らせてから来てほしかっただけだ」
「そういえば、フォックスとハウンドは?」
「接触はした。だが二人ともまた隠れてしまったよ。お互い衛星回線で連絡を取り合う事が出来るから問題はないが、居場所は全く分からない」
「そう……。なら、楽しみ放題ね」
そう言ってナイトホークはホークアイの胸板に手を当てた。その時、ホークアイの腰の無線機からブザーが鳴った。彼はナイトホークの手を払って無線に出た。
「奴らが何者かと連絡を取っているようだ。そちらから見えるか?」
アイアンハウンドとは違う声だった。
「いや、奴らカーテンを閉めてしまった。サーマルスコープで確認してみよう」
「頼んだぞ。こちらの観測装置でも奴らの姿を捉えているが、そちらからも見てみてくれ。通信先の特定も試みたが、無理だった。並みの相手じゃないようだな……警戒が必要だ」
「つまり、彼らの抹殺を急がなければならないという訳か……?」
「いや、今奴らの音を拾って録音している。ただ、奴らの両隣の部屋の騒音が激しくて、手持ちの装備ではまともに録れていそうにない。一度本部に持ち帰って可能な限り再検証し、その後で詳細は決める事にしよう」
「了解した……フライングフォックス」
「では通信を終了する」
そこで無線が切れた。
「よし、では交渉成立だな」
コルトはマイクに向かって言った。その答えが彼らのヘッドフォンに届く。
「こちらの技術部が最高度のセキュリティを用意した。この通信は傍受されていない筈だ。しかし無線でしか連絡出来ない事は済まないと思っている」
「直接接触すればそちらの組織に被害が及ぶかもしれないという話だからな。仕方が無いだろう。しかし、そちらの話によると俺達は二つの組織から狙われている事になるな」
「そのうち片方は米国の政治・軍事に根強く食い込んでいる、CIAに関連した部隊である事はこちらの調べで分かっている。もちろんFOX HOUNDもその傘下だ。要するに、君達を狙撃したのはこちらの組織だ。だが、こちらの情報網ではまったく別の組織が“ドーベルマン”なる部隊を狙っているという事が分かっている。コロンビアでの一件以来、ドーベルマンのコードネームを持つ部隊についてはこちらで調べていたんだが、その中で浮上したのがその勢力だ」
「まぁ、そちらが相手取っている化け物と比べると小さいという事だな。MSFを攻撃対象にしていない訳だ、俺達に任せて貰おう」
タイラーはその通信を聞きながら、窓の外の気配を察知しようとしていた。間違いなく何かが近くで俺達の話を聞いている。
MSFからの声がまた耳に届いた。
「分かった。だが、今回依頼する任務は我々が相手取っている組織に関するものだ。本来ならばこちらの工作員を潜入させるべきなんだが、人数の面で言うと我々の部隊は一国の軍隊と比べるとほんの少しだ。それに、優秀な兵士は殆どが任務に出ている。それ以外の兵士達は今回の作戦地域に関して殆ど無知だ。そこで、そちらのジャック・タイラーの経歴に目をつけた。探すのに苦労したよ。なんせ極秘扱いだったんだ」
「タイラーの経歴……?」
コルトはカーテン越しに窓の向こうに意識を集中しているタイラーの背中を見た。
「俺の経歴?バレンタインデーに一つもチョコを貰えなかった事か?それともクリスマスの夜に一人で部屋に籠って、如何わしい本を片手に励んでいた事か?」
タイラーはそう言って笑ったが、目は相変わらず厳しく外を見つめていた。
「1945年8月6日、彼の誕生日だ。そして生誕地は第二次世界大戦にて最後まで戦った国……」
「日本か!?だが、タイラーは……」
「俺は完全な白人じゃない。ドイツ人と日本人のハーフだ」
「そして、生まれたのは中国地方・広島県。晴れた日だったそうだ」
コルトは耳を疑った。それを尻目にタイラーが応える。
「そう、記憶は無いが晴天だった筈だ。でなければ世界初の大量破壊兵器を高高度から投下するという作戦は実行出来ない」
「記録によると、その赤ん坊は生まれた後想定されるところの一時間後に被爆し、だが奇跡的に生き延びた。当時アメリカが行った調査の記録から探しだした事実だ」
「なるほど。両親は爆撃によって行方不明となり、その赤ん坊も被爆によって生殖能力を失っている事も記録されている筈だ。恐らくデータは10歳の頃まで存在する」
「その通り、我々はこの少年の10歳までの医療記録しか発見する事が出来なかった。だが、本当は我々は逆の方向から経歴を調査していた。だから、この10歳で蒸発した少年と、その2年後に北朝鮮の工作員養成施設を壊滅させ、東西冷戦と朝鮮戦争後の混乱を利用してアメリカに渡った少年工作員とを同一人物であると断定する事の方が困難だった」
「なるほど、全て知っているらしいな」
タイラーはそこで初めてコルトの方を向いた。コルトはタイラーの顔を見つめたまま固まっている。
「お前は一体何者なんだ……」
それにあえて答えず、タイラーは話の続きを始めた。
「俺は10歳の頃北朝鮮に拉致された。奴らは俺を洗脳し、工作員として日本に送り返すつもりだったようだ。だが、俺は奴らの思い通りにはならなかった。だから、その後洗脳された“フリ”をして自身の成長を急ぎながら待った。そう、2年間……」
「12歳になった少年はある日の夜、共に“機械となるべく”訓練された同輩達を寝ている間に音も無くナイフで全員殺傷し、警備兵や将校を暗殺しながら誰にも見つかる事無く爆弾を設置した。訓練で使用した数多くの爆弾の中から、最も簡単に精製出来る物を使用してな」
「中国軍の微音拳銃も使用しなかった。消音機を使用しても完全に音を抑える事は出来ない事を学んでいたからな。爆薬は自分で精製した」
「そして数ある共産主義陣営の外に漏らしてはならない機密のうち、ロシアの核開発における民間人に大規模な被害を与えた事件を一件持ち出し、韓国に向かった。そこで米国の大使館に転がり込み、取引をした。12歳の少年がな」
「生意気だと思うだろうが、東西冷戦中における諜報戦の重要さを教わっていた。それと自分の境遇を語って共産主義への憎しみを主張し、どうにか受け入れて貰ったという訳だよ」
「なぜアメリカに……?」
コルトはやっと口を開いた。
「さぁな。ナナシと同じ理由かもしれない」
彼らは三年前の事件を思い出した。アメリカに自由の幻想を求め、そこに受け入れられる事を夢見て死んでいったベトナム少数民族の元傭兵、ナナシ・パピ・ラバという一人の英雄の事を。
「お前も自由を求めて……」
「渡米して七年間、殆ど命の心配をする事無く生活した。だが、その中で第二次世界大戦でアメリカを含む連合国軍が俺の故郷である当時の大日本帝国に対して行った暴虐について知る事になった。この国に渡った事を少し後悔したよ」
「七年後、ジャック・タイラーは19歳で米海兵隊に志願した。ご大層な志願動機が書類として残っているが、これは嘘っぱちだろう?」
「なるほど、やはりよく調べてるな。だが、アメリカに対して全く恩を感じなかった訳ではない。俺個人は米国に渡る事によって自由を得た。その恩に報いるのも理由の一つではあった。だが、主には違う」
「共産主義に対する復讐か……」
コルトが言った。
「そうだ。俺を含む何人もの少年少女を拉致し、自国の思想を植え付けて機械として扱う……許されざる行為だ。畜生道にも劣ると言っていい」
「米国も同じ事をやっている……」
「ああ、俺達もそれに関わった。その事実を忘れる為にも必死に戦った。25歳まで海兵隊員としてな」
「その後SEALsに……?」
「そう。そしてベトナムでコルトやアルに出会った」
タイラーはそう言って、壁にもたれて座った。
「選抜テストの成績は三位だった。米軍最強の特殊部隊の一つと呼ばれるSEALsは彼の父親の素生を調べて少し渋ったようだが、しかしその成績と危険思想の無い事を信用して採用した」
「俺の父親はナチス・ドイツの武装親衛隊員だった。ナイフ戦術に長けていたが、ナチズムに完全に浸透しなかった為にナチスの歴史からも闇に葬られた男。本名は聞いたことが無いが、終戦間際に日本に居る恋人に再会する為、ドイツ敗退の混乱に紛れて日本に渡った記録がある。“フックス”というコードネームでいくつかの極秘作戦を実行していたようだ」
「狐(フォックス)……か」
「つまり、ジャック・タイラーは今回の作戦地域での経験を少なくとも我々よりは積んでいる。そこで君達の部隊に依頼した訳だ」
「そういう事だったのか……まぁ、納得出来たよ。さて、出発はいつになる?」
タイラーはノートを取り出し、何か書き始めた。
「君達の仲間を撃った狙撃手を始末した後になるな……だが、我々は表立って援助する事は出来ない」
「問題無い、俺達二人だけでどうにかするよ」
「では通信を終了する」
そこで無線回線が切断された。
「さて、奴をおびき出す必要があるな……」
「しかし、具体的にどうすればいい?」
「さぁ……だが、その前に奴らと直接接触してみたい」
「待て、奴らは……」
コルトがそう言いかけたが、タイラーはノートを床に広げ、コルトに見えるようにした。
(盗聴されている。今言ってるのは嘘だ。奴らをおびき出す)
「……!」
コルトは目を丸くして、慌てて頷いた。
「なるほど、奴らは何処に居るんだ?」
「今度教会で結婚式がある。そこに呼ばれてるんだが、その時にMSFも様子を伺いに来ると思う。あの教会は狙撃に向いているからな。それに、人が自由に入れるようになっている」
「なるほど、奴らも俺達を失う訳にはいかないからな」
と言って、コルトはペンを握ってノートに書き込んだ。
(結婚式?一体誰と誰の)
「そういう事だ」
(どうにか役者は揃える。近くに教会があるが、あそこは金が無い。少し握らせればどうにかなる筈だ)
(分かった……信用しよう)
ホークアイの無線機から再びブザーが鳴った。
「どうした、フォックス」
「奴らの会話がはっきり聞きとれた。近く奴らの知り合いが結婚式を行うらしい。それに奴らは招待されている。チャンスだ。無人偵察機で確認したが、狙撃に向いている造りだ。本部の許可も取った」
「分かった。俺達で二人とも始末する」
そう言ってホークアイは無線を切った。
「まだ意識は戻らないのね」
アニタが病室に入ってそう声を掛けた時、ジェニーはアルのベッドのすぐ脇に座ってリンゴを剥いていた。
「ええ……」
ジェニーは少しだけ手を止め、応えた。
「でも、検査の結果は良好らしいわ。もうすぐ起きるだろうってお医者様が……」
「タイラーも言ってた。アルは大丈夫だって」
アニタはそう言って持っていた紙袋を渡した。
「日本製の栄養補助食品だってタイラーが」
「あら、嬉しいわ。でもアルはまだ……」
ジェニーは申し訳無さそうに言った。
「違う。あなたへの差し入れよ。あれから殆ど寝てないんでしょ?それを話したら心配して……」
「あ……ああ、そう……ありがとう」
ジェニーはそう言って、袋の中身を確認した。中には黄色い箱と缶入り飲料が入っていた。カロリーメイトと書いてある。
「ジェニー、隈が出来てる。眠ったほうが良いと思う」
「大丈夫よ、このくらい。アルに比べたら……」
「愛してるのね……でも、そんな顔じゃ彼が起きた時心配するわよ」
「あはは……それもそうね」
ジェニーはそう言って笑った。
「やぁ、どんな具合だ?」
そう言って一人の男が入って来た。タイラーの声だった。
「ああ、タ……どうしたの!?その髪」
アニタの目に飛び込んできたのは銀髪を少し伸ばした、黒いスーツを着た男だった。
タイラーは小さいメモを取り出し、アニタを座らせながら見せた。
(騒ぐな。ここで座ってろ)
「う……」
「今日は日差しが強いな」
そう言って窓に近寄り、カーテンを閉め、左耳のインカムに小声で話しかける。
「コルト、どうだ?」
「アタリをつけた家は全て問題無い。でなくても、今閉めて貰ったカーテンで視界は遮られている筈だ」
「盗聴は?」
「手元にある部品で作った機材では感知出来なかった。多分問題無いだろう」
「ステルス迷彩が使用されている可能性はどうだ?」
「サーマルスコープを使った。近くに使用者は居ない」
「よし、何かあったらすぐに連絡してくれ」
タイラーはそこで無線を切った。
「一体どうしたっていうの?」
アニタがタイラーに聞いた。ジェニーは何も言わず心配そうに見ている。
「盗聴されている可能性があった。どうも大丈夫そうだが、ひとまず座ってろ。敵が赤外線監視装置を使っているとしたら俺達の動きを捉えられる」
「分かった……ジェニーは大丈夫?」
「ええ……」
タイラーは一息ついて、窓際に立った。
「近辺に教会がある。明後日そこで結婚式だ」
「結婚式?誰の?」
「俺とお前のだ」
タイラーはそう言ってアニタの目を見つめた。
「へ?」
「厳密に言えば、今お前の目の前に居る“銀髪の男”とお前との偽装結婚式だ。そこに敵をおびき出す」
「危険は無いの……?」
ジェニーが心配そうに聞く。
「出来る限り人を集める。人ごみの中での暗殺は弾が人体を貫通して他の一般人に命中する可能性がある為、敵も迂闊には撃てない筈だ。だから、式が終わって皆が帰った後で奴らにとって有利な状況をわざと作り出す。そこで決着をつける訳だ」
「……どうして私なの?」
「俺の知り合いに女は少ない。それに、秘密が外に漏れる事態も避けたいからな」
「アニタと結婚式したいんじゃなくて?」
と、ジェニーが小声で聞いた。
「いや……それは……とにかく明後日だ。衣装は手配済みだから、明後日まで出来るだけ三人一緒に居てくれ。些細な事でも不審に思ったらすぐ連絡しろ。俺かコルトが急行する」
そこまで言って、タイラーはドアの方へ歩き出した。
「もう行くの?」
「明後日の準備だ。本当なら俺かコルトのどちらかが居て見張っておきたいが、そうもいかない。だが、出来る限り見守っている」
「分かった。気をつけて……」
アニタは少し不満そうな顔をして言った。
「すまない……そうだ、これを持っていてくれ」
そう言ってタイラーはスーツの内ポケットから手に収まるほどの小さな拳銃を取り出し、アニタに渡した。
「レミントン・ダブルデリンジャーだ。誤射を防ぐ為引き金が重くされているから気をつけろ」
「私、銃なんて扱ったこと無いわ」
「引き金を引けば弾が出る。ただ、二発しか撃てないがな。予備の弾も渡しておこう」
タイラーは10発ほど詰まった箱を渡した。
「これを使わなければならない状況になるまでにアルが目覚めてくれればいいんだがな」
「そうね……」
アニタは心配そうに自分の手の中にある小型拳銃を見つめた。
「でも、何だか怖い。私、こっちに来てから刃物や銃がすごく怖いの」
「私が持つわ」
ジェニーはそう言ってデリンジャーを取った。
「細心の注意を以て扱ってくれ。だが、もし撃たなければならない状況になったら迷わず撃て」
「分かったわ」
「じゃあ、俺は行く。後は頼んだ」
タイラーはドアを開け、アルの部屋を後にした。
「ジェニー……強いのね」
アニタはそう言ったが、すぐにジェニーの手が震えているのに気が付いた。
「怖いわ……。でも、力を手に握っていなければならないの。少なくとも今は……」
コルトは照準を合わせ、絞るように引き金を引いた。拡大された標的が爆ぜ、赤い液体が辺りに飛び散る。
「あーあ、命中。ハウス栽培のトマトがグチョグチョだ」
タイラーは双眼鏡を覗いて狙撃の精度を確認して言った。
「ど真ん中に当たったか?」
「いや、やや右下に逸れた。横風が吹いたようだな……。だが、300メートル先のトマトだ。ど真ん中に命中しなくても問題無い。実際には150メートル程の距離で撃つ事になるんだから」
「分かってる。ターゲットを動かしてくれるか?150メートルで照準器を調整する」
「了解」
タイラーは手元の操作盤のボタンを押し、150メートル先の板を起立させた。
「コルト、少し休んだらどうだ?朝からろくに休まず撃ちっ放しだ」
「そうか……そういえばそうだな」
「サンドイッチを取って来る。コーヒーでも飲んで休んでてくれ」
タイラーは缶入りカロリーメイトをコルトに渡し、駐車場へ向かった。彼らはアルの軽自動車でその射撃場まで来ていた。郊外の、近くに隠れる場所の無いような場所だった。
「発泡スチロールの箱に氷ごと入れておいたんだが、腐ってはいないだろうな」
タイラーはドアに手を掛けた。
「……!?」
何か違和感がした。そして、また誰かに見られている感覚を覚える。と、何かが高速で接近してきた。
明らかな敵意を感じ、タイラーがその方を振り向いた時には、彼は三メートル後方に突き飛ばされていた。
「が……あ……」
起き上がろうとすると、脇腹に痛みを感じた。ヒビが入ったのかもしれない。
「ほう。考える間もなく大打撃を避ける為に体の向きを調節するとは、聞いていた通り大した男だ」
タイラーは痛みを無視して立ち上がった。
「お前もフォックスハウンドか……」
「そう、鉄の(アイアン)ハウンドさ」
彼の目の前で、黒い軍用ズボンと、上半身裸の上に戦闘用の防弾ベストを身につけた男が言った。