第四話
 タイラーは急いでいた。慌てるそぶりを見せずに荷物をオートバイの荷台にくくり付け、エンジンをかけてギアを入れる。そこまで来て小屋の中に忘れ物をした事を思い出した。
 引き返し、小屋の中に入る。途端、二発の銃弾が自分の体に突き刺さった。
「タイラー!」
 コルトの声がし、サプレッサーに押し殺された銃声が聞こえた。銃弾が飛び、目の前に人の体が横たわる。その手から拳銃がこぼれたのをタイラーは見逃さず、すぐに掴み上げて目の前の頭に向け、引き金を引いた。
 血が飛び散り、NVGを汚す。レンズに血が付いたらしかったので、タイラーはゴーグルを外した。目の前の顔がしっかり見えた。
「あ……あ……」
 目の前に横たわる半分潰れた顔は、間違いなくあの少女、アニタのものだった。
「あ!……あぁああ!……あぁぁぁぁあああ!!!!!」
「タイラー!どうした!しっかりしろ!」
 体を揺さぶられるのを感じた時、彼の目の前に白い壁が映った。いや、蛍光灯が張り付いているという事は天井か。
「どうした?うなされてたぞ」
 コルトがタイラーの肩から手を離して言った。
「ここは……?」
 タイラーはそう言って体を起こした。急に動き出した体に、筋肉が痛みを発した。
「病院だよ、民間のな。俺の古い知り合いが経営してる」
 アルがそう言ってタイラーの視界の中に歩み寄って来た。
「タイラー、あの時から三日間寝続けてたんだぞ?傷はお前の身体としては大事に至る程じゃなかったらしいが、精神的、身体的な疲労が応えたんだ。無理しすぎてたんだよ、お前は」
 コルトはベッドのすぐ傍の椅子に腰かけて言った。
「待て、ここはアメリカなのか?なら……どうして軍の病院じゃないんだ?」
 タイラーはアルに向かって聞いた。アルは少し躊躇したが、口を開いた。
「俺達はフルトン回収システムでガンシップに収容され、その後アメリカに搬送された。応急処置は軍の病院でやってくれたが、あそこは患者も多い。混乱に紛れて毒殺される可能性もゼロではない。それに、連中は俺達を厄介がっていた。だから俺の知り合いがやってるこの小さな総合病院に移った。言った通り、理由は……」
 アルはそこで口をつぐんだ。
「分かってる。CIAに追われているかもしれないんだろう」
「ああ、そうだ……。一応でも陸軍所属の兵士相手なら国防省との関係維持の為に慎重にならざるを得ないだろうが、俺達は今のところ無期療養休暇中扱いにされている。油断は出来ない。いつの間にか書類の上で脱走兵扱いにされ、その間に消されるかもしれない」
「待てよ……アニタは?あの娘は!」
 タイラーは布団を跳ねのけてベッドから降りた。
「おい、落ち付け」
 コルトが彼の肩を押さえてベッドに戻した。
「彼女もしばらくこの病院が面倒を見てくれるそうだ。スタッフの元でここの近くの寄宿舎に寝泊まりし、心療内科医による治療とカウンセリングを続ける事に……」
 そこまで言った時、アルがコルトの肩をトントンと叩いた。
「悪いが、待ち合わせの時間に遅れそうなんだ。もう行っていいか?」
「ああ、付き合わせて悪かった。楽しんで来てくれ」
 コルトはそう言って、ドアを開けて出て行くアルを見送った。
「アルは何処へ?」
「数年ぶりに学生時代の恋人に会いに行くそうだ。外地でも毎日手紙を書いてた。さも楽しそうにな。もう30過ぎだというのに、まるで中学生みたいだったな」
「それは良い……さて、話の続きを頼む。アニタの具合を聞かせてくれ」
 タイラーはベッドに腰かけた。
「辛い思いをしたんだろうな……一時的な記憶喪失を起こしている。だいたい、奴らに連れ去られた頃から、ガンシップの中で目を覚ました時まで。その間の事が殆ど思い出せないらしい。精神的な強いショックから心を守るための防衛手段だな。時々似たような事例を聞く」
 コルトは目を伏せた。
「なら、俺達の事も……?」
「いや、タイラーが撃たれている時、その時の記憶が薄らと残っているらしい。ただ、妙なゴーグルを装着した男達、としか思い出せないらしい。ガンシップの中ではみんなNVGを外してたから顔を見られてたらしい。もちろん、タイラーの顔も」
「俺を恨んでいるんだろうな……」
 タイラーは自分の右手を見つめた。
「いや、どうやらそんな様子は無いらしい。ガンシップの中で『タイラーが君を助けた』と教えた。タイラーに感謝してる様子だったぞ?」
「なら、俺が彼女の父親を殺したという事も……?」
「幸運だと言うべきだろうな。その話は聞いていないらしいよ」
「そうか……」
 タイラーの表情が、若干晴れやかになったように感じた。
「いつか記憶が完全に戻るかもしれないが……だが、そんな事を心配している暇は無い。俺達自身の事を心配しなければ」
「生活なら退職金と銘打ったFOX HOUNDからの口止め料でどうにかなるだろう。それに、一応だが陸軍の給料も出てる筈だ。ただ、いつ奴らが本当に口止めをしに来るかもわからないが……」
「まぁ、まだ奴らも様子を見ているだろうが、今のうちにこれを渡しておく」
 コルトはそう言って、上着から一丁の自動拳銃を取り出し、タイラーに差し出した。タイラーはそれを手にとって、驚いた。
「M1911カスタム……俺がコルトに渡したものか?」
「そうだ、タイラーが俺にあてがってくれた。グリップセイフティがキャンセルされてるから、弾倉を抜いて持ってきた。タイラーの方がうまく扱えるはずだ」
 そう言ってコルトは弾倉と、新しいサプレッサーを渡した。
「すまないな……」
 タイラーは弾倉を挿し、スライドを引いて初弾を装填した。そしてサプレッサーをネジ切り延長バレルにねじ込んだ。握ってみると、やはり純正M1911A1よりも手にしっかり保持出来た。
 元々はあるカスタムの模造品という事でグリップが削られていたが、タイラーはそこにラバーをはめて接着し、さらにグリッピングを向上させていた。
「ここでその銃を使わないといけない状況に陥らなければいいがね。予備の弾倉は用意して来てない」
「他の武器は?」
「あの後、キャンピングカーごと俺達の居た痕跡を全て吹っ飛ばした。武器・装備も拳銃だけは携行が許されたが、他のものはすべて爆破処理したよ。例のテルミット反応式爆弾を使ってな。すまないが、タイラーのスーパーカブも一緒に吹っ飛ばした」
「いいさ。コルトはこれから何処へ?」
「一度実家に帰ってみるよ。住所は知ってるな?まぁ明日になったらまた来るよ」
 そう言ってコルトはドアから外へ出ようとしたが、重要な事柄を思い出して立ち止まった。
「そうだ、タイラー。あの男の一撃が肝臓を傷つけた。お前にとってはそれほど重要ではないだろうが、もうその体で酒は飲めない。覚えておいてくれ」
「元々酒はそれほど飲む方じゃない。心配するな」
 タイラーはそう言って笑って見せた。

 アルは数年ぶりにその公園のベンチに座っていた。
「早く来すぎたか……まだ30分も前だ」
 その時、後ろから声がかかった。
「あら、早いのね。数年前はいつも10分後に来てたのに」
「ジェニー!良かった、来てくれたんだな」
 ジェニーと呼ばれた女性はブロンドで、細そりした体格だった。アルと同じく33歳の筈だったが、まだ老いは感じられず、美しかった。数年前、アルが最後に会った時と変わらず。
「少しも変わってない。あの頃と同じだよ」
「へぇ?あの頃と同じように口うるさい?」
「いや、あの頃と同じように綺麗だって事だよ」
「まぁ、お上手になったわね。あの頃はそんな事一度も言ってくれなかったのに。でも嬉しいわ!」
 ジェニーはそう言ってアルに抱きついた。
「私の家にご馳走を作ってあるの。一緒に来て!あの頃よりも上手になったのよ!」
「それは嬉しいな。お邪魔するよ」
 アルはジェニーに連れられて歩き出した。浮浪者を装った工作員から監視されている事にも気付かずに……

 その頃、コルトは自分の部屋に帰っていた。音楽を流しながら椅子に腰掛け、体を休める。静かな時間だったが、数時間もすると体を動かしたくなった。
「……散歩にでも行くか」
 彼は立ち上がって、部屋の扉を開いた。玄関から外へ出て辺りを歩いてみる。戦争へ出る前と比べると随分変わっているように思えた。
「よう、姉ちゃん……いい体してんな」
「ん……?」
 物影から男の声が聞こえた。明らかにまずい事をやっているに違いなかった。
「何だ何だ……?」
 声に近づいて行くと、公園のトイレの脇に行きついた。壁に隠れて、反対側の様子を探る。
「あ……」
 体格の良い男が三人、一人の女性を囲んでいる。女性はどうやら日本人のようだった。或いは日系か。
「助けるべきだよなぁ……うむ」
 目立つ行動はするべきでないと分かっていたが、コルトは壁から躍り出た。音の出るM19コンバットマグナムの4インチバレルモデルは使わない。
「おい!何をしてる!」
「あぁん?」
 女性の方を向いていた三人が、一度にコルトの方を向いた。そして懐に手を突っ込む。次の瞬間には彼らの手にMac10小型短機関銃が握られていた。
「嘘だろ……」
 コルトは息を呑んだ。まずい状況だ。銃を出すか?だが間に合うだろうか……
 だが、次の瞬間、コルトはまた目を疑った。女性の手が男達のうち一人の手に伸び、次の瞬間には男は投げ飛ばされてひっくり返っていた。そして次の男の腕に手を掛け、捻り上げながら綺麗に投げる。
「何だと!?」
 最後に残った男が慌てて女性の方に銃を向けようとしたが、コルトはそれを掴んで、彼の右手を捻り上げて銃を奪い取り、足を掛けて銃口で目もとを突き、男を倒して銃を突きつけた。これはタイラーが教えてくれた格闘術の一つだった。
「……ハァ……ハァ……何てこった」
 コルトは男が気を失っているのを確認して、銃を放した。
「ありがとうございます。囲まれていた所を助けて頂いて」
 コルトは声のした方を振り向いた。
 さっきの女性が綺麗にお辞儀してコルトに向かって言っていた。
「ああ、いや。俺の出る幕でもなかったらしい。それはアイキドーですか?」
「ほぼ合気道ですが、私の父が実戦向けに改良を加えたものです。貴方もお強いですね」
「友人が教えてくれたんですよ。彼は俺よりもっと強い。本気でやったら手も足も出ませんよ」
「そうだ、何かお礼をしたいんですが……ああ、今度ぜひ日本においで下さい。そのお友達もよければ一緒に」
 そう言って女性は名刺を取り出し、コルトに手渡した。間近で見ると、とても美しい女性だった。
「それでは……」
「あ……ちょ、ま……」
 コルトが呼び止めると、女性は振り向いた。
「お……お名前は……?」
「シノです。シノ・スズキ」
「分かりました……お止めして……申し訳無い」
 その後女性が去っていく後姿を見ている間、コルトはまるで夢を見ているような感覚にとらわれていた。
 だが手元の名刺を見ると、当然ながら日本語で書かれていた。
「うーむ……タイラーなら読めるかなぁ……」
 コルトはそれを大事そうに財布に仕舞い、家に戻った。時計の針は午後七時を指していた。もうすぐ完全に日が暮れる。

「ジョン・ドゥ……本名じゃありませんね?登録はその名前で行ってはいますが」
「ええ、そうです。サンチェスさんに面会したいんですが……」
「申し訳ありませんが、現在のところは事件の際の関係者との面会は許可出来ません。治療に影響が出る可能性がありますので……」
「分かりました……失礼」
 タイラーは項垂れてアニタの入院している個室を後にした。
「……」
 息がつまり、壁に力無く寄りかかる。彼女の父親を撃った時の感覚が思い出される。そして、敵の前で銃を放した時の無力感、弾が体に食い込む、焼けるような痛み。
 もう慣れた筈の痛みが、いつもより深く感じられた。
「戻るか……そろそろ食事が出来てる筈だ」
 タイラーは自分の病室の前まで歩いた。傷はほとんど癒え、体のだるさも無かった。ほとんどベストの状態だ。
 だから、自分の部屋に数人分の殺気を感じ取る事が出来た。どうやら早速来たらしい。物を壊す時と人を殺す時に限ってせっかちな連中だ。
 ゆっくりドアに近づき、脇の壁に張り付く。
「銃は引き出しに隠したままだが……役に立つような間合いじゃない」
 敵が銃を持っているか、それともナイフなどの刃物やスタンガンの類、素手を含む格闘武器を装備しているかが問題だ。前者なら勝てる。
「よし……いくぞ」
 タイラーはドアを押し開け、中の様子を確認し、すぐに頭を隠した。爆音と共に銃弾が飛び、廊下の壁に当たって砕け散った。セイフティ・スラッグと呼ばれる特殊な弾頭で、人体に命中すれば多大なダメージを与える事が出来る。その上固いものに当たれば砕け散るために、跳弾の危険が少ない。
 部屋の中には二人居た。武器はおそらく装弾数六発のリボルバー拳銃だが、弾切れを待てるような状況でもない。
 タイラーは脚に力を込めてドアの前を一瞬のうちに横切った。銃弾が彼の背中のすぐ近くを通り過ぎる。
 着弾の気味の悪い音を聞きながら床を踏みしめ、すぐにドアを潜って室内に滑り込む。敵の人差し指は引き金にかかっていたが、タイラーは斜に構えて敵の焦点を逸らしながら懐に潜り込み、敵の銃を掴んで下に向けながら首を掴み、素早い動作で動きを封じた。
「動くな!」
 敵の首を左腕で締め上げながら銃を取り上げ、もう一人に向ける。
「クッ!」
 もう一人の男は銃を両手で構え、仲間もろともタイラーを撃ち抜こうと引き金を引いた。タイラーは相手がその兆候を見せた直後に引き金を引いていた。二発の銃声が一発分に聞こえた。
 敵は胸に銃弾を受け、肉片を飛び散らせながら吹っ飛んで倒れた。タイラーは同じようになった死体から手を放し、地面に崩れ落ちるがままにした。
 彼が予想した通りの弾頭なら、弾は人体を貫通せずに大ダメージを与える筈だった。予想は当たり、彼は衝撃を体に感じるだけで済んだ。
 急いでベッドの脇の引き出しを開け、中から大きく分厚い本を取り出した。雨に濡れた後のようで、ページが濡れてくっついていた。実際にはタイラーが糊で接着したものだ。
 数枚のページを引き裂き、中に作った空洞から銃とサプレッサーを取り出した。すぐに装着してベッドの上に置く。そして洋服ケースを引きずり出して、ジーンズとワイシャツを出して、血で濡れた寝巻きから着替える。銃を隠すのに細いジーンズは不向きだと気付いたが、ベルトに銃を突き差した。
 外が騒がしくなってきた。銃声が何発も鳴ったんだ。無理も無い。
「ここは二階建てだ……!」
 タイラーは自分の後ろの窓に目をつけた。この際、空挺降下の着地の衝撃も思い出してみようじゃないか。
 彼は敵の銃を拾って窓に向かって思い切り投げつけた。窓が割れ、ガラスの破片が飛び散る。その中をくぐり抜け、地面に飛び降りる。
「フッ!」
 着地して前転し、植え込みの中に飛び込んで伏せ、辺りの気配を窺う。警察官が数人、病院の周りに群がって来ている。
「ん、待てよ……。畜生!」
 自分だけ逃げ出したが、もう一人絶対に死なせてはならない人が中に居た。心療内科は一階だ。今度は高い所から飛び降りなくてもよさそうだ。
「裏口から入るか……この格好ならどうにかなる。アルとコルトにも連絡を取らないと」
 彼は病院の救急患者用出入り口へ向かった。

「どう?アル」
「ああ、とても美味しいよ」
 アルはそう言って焦げたハンバーグを齧った。
「もう、前もそう言ってお腹壊したくせに」
「外はコゲコゲ、中は生焼け……だが前よりは上達してるよ」
 そう言ってアルはまた一口齧った。
「ああ、もう。無理しないで。外に食べに行きましょう」
「うう……」

 数十分後、二人は街外れのレストランの前まで来ていた。
「はぁ……魚料理でも食べたいな。生じゃないやつ」
 アルは店の看板を見つめて言った。
「ここは日本料理店なの。刺身を二人分用意してもらってる」
「サシミ?」
「生の魚に“醤油”と“山葵”をつけて食べるの」
「ショーユ……ワサビ……で生魚……日本料理ならタイラーが詳しいだろうな」
「お友達?」
「ああ、戦争中に知り合った。日本の事をよく知ってる。使ってたナイフも日本製で、よく日本製の栄養補助食品を齧ってた」
 アルは病院に置いて来たタイラーの事を思い出した。何だか嫌な予感がする。
「今、怪我をして入院してる。もうピンピンしてるがね」
「丈夫な人なのね」
「ああ……ん?」
 アルの目に見慣れた顔が映った。
「コルト!どうしたんだ?こんな所で」
 寝ぼけたような顔をしたコルトは、アルに気づいて近付いた。
「ああ、いや。タイラーに見て欲しいものがあってな」
「そうか……。ああ、彼はコリン・ウェイド。コルトと呼んでやってくれ。彼女は……」
「ジェニーよ。これからここで食事なんだけど、御一緒にいかが?」
「あー……そうだな」
 コルトはアルの顔色を窺った。アルはにっこり笑って見せた。
「よし、お言葉に甘えよう」
 三人は料理店の中に入って行った。

「畜生!」
 タイラーは公衆電話の受話器をフックに叩きつけた。
「アルもコルトも応答しない……出かけている訳か」
 彼ら二人が居ないとなると、単独でアニタを救いださなければならない。だが弾薬が乏しく、武器も大勢を相手にするには力不足だ。
 発見される事無く救出する必要がある。見つかれば死ぬ。
「どうしたものか……」
 その時、タイラーの目にフル装備のSWAT隊がバンから飛び出し、展開するのが見えた。
「よし、決まりだ」
 彼は微笑みを浮かべて、そのバンに向いた。

「こちらアルファチーム。二階を制圧した。ブラヴォーチーム、一階の制圧はどうなっている?」
「こちらブラヴォー・ワン。東棟の制圧を完了した」
「ブラヴォー・ツー、西棟を制圧した」
 無線機で目まぐるしく状況の確認が行われていた。
「ブラヴォー・ツー。指揮官ではないな?彼はどうした」
「こちらブラヴォー・ツー。指揮官は……ちょっと待て。何か妙な人影が……」
 ブラヴォー・ツーの無線を取った隊員は、心療内科の病室前に居た。その手前には気を失った隊員が数人倒れていた。隊員は無線機のスイッチを切り、9mm口径のMP5サブマシンガンを両手で構えた。
「指揮官殿はおやすみ中だよ……素っ裸だから起きた頃には風邪で病院に来なきゃならないかもな」
 そう隊員は呟いて、ヘルメットと目だし帽を脱いだ。
「さて、武器も弾薬も揃った。お姫様を助け出すとしよう」
 そう言って振り向いた顔は、タイラーだった。
 彼はSWAT隊員の装備を盗んで変装し、ブラヴォーチームに追従して一階に突入した。そして心療内科のある西棟を制圧する分隊に混ざってそこまで到達していた。
 直前で他の隊員に正体がばれそうになったので、少々危険だったが全員素手で続けざまに倒した。近い距離での不意打ちだったので、さほど困難ではなかった。
 だが、内部にも人の足音が聞こえる。敵も一般人も紛れているようだ。
 タイラーはSWAT隊の戦闘服からスタングレネードを取り出し、ドアを開いて投げ込んだ。すぐに爆音と閃光が鳴り、彼の耳を一時的に遠ざけた。続けてもう一つ投げ込み、爆発させる。足音は全く聞こえなくなった。
 今度こそドアを開いて突入し、射線と視線を部屋中に行き渡らせる。室内の人間は全員気を失って倒れていた。一人ずつ顔と衣装を確認する。すると、黒いスーツの男が一人目に付いた。持ち物を探ると、何と彼らが潜入任務に使用していたMk22特殊作戦用拳銃が、最新型の四角い強化型サプレッサーと共にショルダーホルスターに収まっていた。弾倉を取り外して装填されている弾薬を確認すると、先端が窪んだ緑色の弾頭だった。消音機を使用する為に低初速化された亜音速弾を、人体に対する殺傷能力を高める為にホローポイント弾としたものだろう。どう考えても人を殺す為に送り込まれた人間だ。それも、恐らくは軍特殊部隊出身だろう。FOX HOUNDの隊員かもしれない。タイラーはその拳銃をポーチに入れ、目的の少女を探した。
 彼女はすぐに見つかった。薄い寝巻きを羽織った彼女に近づき、その肩をゆする。黒く長いくせ毛に触れてみたかったが、そんな状況でないのは分かっていた。
「うう……」
 彼女は呻きながら目を開け、上体を起こした。
「何!?誰か……!」
 タイラーは騒ぎ出そうとした彼女の口をふさぎ、目を合わせた。
「落ち着け。俺は君を助けに来た者だ。手を離すが、騒ぐなよ」
「あなたは誰?声は聞いた事がある気がするけど……」
「覚えてないのか?……ああ、そうだったな」
 タイラーは、彼女が記憶の一部を失っている事を思い出した。
「俺はタイラー。ジャック・タイラーだ。君はアニタ・サンチェスだな?」
「そうよ……でも、どうしてみんな倒れてるの?ここは病院でしょう?」
「あー、突入する時に少々手荒い手段を用いた。大丈夫、みんなすぐに起き出すよ」
 タイラーは頭を掻きながら言った。
「さて……立てるか?」
「ええ、大丈夫」
 そう言ってアニタは自分の足で立って見せた。
「よし、服を着替えよう。今の格好だと目立つ。伸びてる奴から一人選んで服をはぎ取って気がえろ」
「どうして着替えるの?あなた警察の人じゃないの……?」
「あー、確かに警察じゃないが……だが、生きて出るにはこうするしか無い」
 そう言ってタイラーは黒いスーツの男から服を脱がせ始めた。そして自分の防弾戦闘服を脱ぎ捨てる。Mk22はショルダーホルスターに入れて装着した。
「すごい体ね……」
「そんな事より早く着替え……」
 タイラーが振り向くと、アニタは下着だけの姿だった。アニタと目が合い、タイラーはすぐに首を戻した。
「やってるわよ!見ないでよ!」
「あー……すまない。見ないから早く着替えてくれ」
「もう見たじゃないの!」
 タイラーは着替えを終え、アニタの声を無視してドアの外を確認した。本物のSWAT隊はまだ伸びている。移動して反対側の窓を除くと、こちらには誰も見えなかった。今がチャンスだ。
「アニタ、着替え終わったな?」
「ええ」
 彼女は患者の一人から青いワイシャツと黄色いスカートを奪って着ていた。
「ああ、似合ってるが……ちょっと不都合かもしれないな」
「どういう事?」
「窓を抜ける。まぁいい、誰も見やしないさ」
 タイラーは窓を開け、顔を出して外の安全を確認し、頭から飛び出して地面に着地、前転した。
「よし、アニタ。来るんだ」
「人が居る所だったら絶対やらないわ、こんな事……」
 アニタは呟きながら窓の外に上半身を出し、手で押し出した。その体をタイラーが少しずつ引っ張る。腰のあたりまで出て来た所で、アニタが言った。
「何だか見られてる気がする。恥ずかしい……」
「お年頃の娘さんはこれだから。気のせいに決まって……」
 そこまで言った時、アニタの向こう側にSWAT隊が見えた。こちらに銃を向けて来ている。もう起き出したのか。
「畜生!」
 タイラーはアニタの尻の上までM1911A1カスタムを持った手を突き出し、二発でそのSWAT隊員を撃ち倒した。
「何!?何なの!?」
「足をばたつかせるな!急いで逃げるぞ!」
 タイラーはアニタの体を外に引きずり出した。
「ああ、いいスカートだったのに……」
 彼女のスカートは汚れ、下の方は引っかかって千切れていた。
「どうせ他人のだろう!早く行くぞ!」
 タイラーはアニタの手を掴んで走り出そうとした。
「待って!このスカートじゃ走れない」
「ああ……うーむ、それならこうだ!」
 タイラーはアニタのスカートの膝からだいぶ上を両手で掴み、上下に引き裂いた。繊維が横に引き裂かれ、すぐに短い丈のスカートになった。
「ちょっと!何なの!」
「これなら走れるだろう?行くぞ!」
 タイラーはアニタの手を引っ張って道路まで出ると、その真ん中に立った。丁度走って来た車が止まり、クラクションを鳴らす。タイラーはその苛立った運転手に向けて銃を構えた。
「すぐに降りろ!今すぐだ!」
 指示通り怯えながら降りて来た運転手を道路にひざまずかせると、タイラーは運転席に乗った。
「アニタ!」
 彼女は呼ばれて助手席に乗り込んだ。
「何処へ連れてく気?」
「ベトナム戦争時代からの友人の家に転がり込む。もう流石に帰って来てるだろう」
 タイラーはそう言ってアクセルを踏み込んだ。