第三話
タイラー達は市街地のホテルから郊外の空地まで退避していた。タイラーが市街地で敵に発見され、交戦した時に顔を見られた可能性があった為、急遽コルトがキャンピングカーをレンタルしたのだ。
「タイラーは……また出かけてるのか」
顔に湿布を貼っているアルに、コルトが聞いた。
「ああ、例のオートバイに乗ってな。軽自動車を返納したから、他に移動手段は無い」
「スーパーカブの50cc仕様、高燃費、高耐久性の日本製オートバイだったか?静かな車両だ。エンジン音に気付かなかった」
そう言ってコーヒーを啜る。
「アル、左頬の具合はどうだ?」
「あー、だいぶ良くなった。やられた日の夜はかなり腫れて熱を持ってた。タイラーがその日のうちに治療してくれて助かったよ」
アルはそう言って頬をさすった。
「奴の方はけろっとして射撃訓練を続けてたよ。アルの言ったとおり、アルのだいたい倍近くのスコアだった。それも旧式のサブマシンガンと大口径の自動拳銃で」
「トミーガンは俺のM653より一キロは重い。それにドラムマガジンを使用すれば、取り回しは若干難くなる。M1911A1は俺のFNハイパワーより100グラムほど重く、一キロ以上ある。そして使用する.45ACP弾は9mmパラベラム弾よりも打撃力は高いが、射手に対する反動が強い。俺と同じような軽量の装備なら、奴はさらに高スコアを出せるかもしれないな」
そう言ってアルは窓の外を見た。もう日が暮れている。
その時、コルトの衛星通信端末からブザーが鳴った。
「何だ……?」
キーを叩き、本部から届いた文章を表示させる。
「作戦変更だと?傭兵部隊追跡作戦を直ちに中止し、コロンビア郊外の人質救出作戦を遂行せよ……」
「人質救出?そんなのは警察の仕事じゃないのか」
「いや、それが……とにかくタイラーを呼ぼう」
タイラーはまた射撃場に居た。今回はM1911A1のみを持ち、朝から殆ど休憩無しで撃ち込んでいた。手には射撃ダコのつぶれた痕がいくつもついている。そこから出血し、グリップには少し血がついていた。
両手はもちろん、右手のみ、左手のみで様々な射撃体勢から様々な射撃方法で標的に撃ち込む。その度に両手に激しい衝撃が襲いかかり、それを受け止めて次の照準に移る。
集中していた為、胸ポケットに入れていた無線機が鳴っているのに気がつくまで、数十秒ほどかかった。
「こちらタイラー、どうした」
「コルトだ。至急戻って来てくれ」
「了解した」
そう言ってタイラーは無線を切り、銃を片付けた。
タイラーがキャンピングカーの横まで帰って来てオートバイのスタンドを立てたのは、それから30分後の事だった。ドアを開け、中に入る。
「何だ、急ぎの用だろ」
「ああ、先ずはこの文書を見てくれ」
コルトはそう言って端末の前の席を開けた。タイラーはそこに表示されている文章に目を通した。
「何だと……コロンビア内にスペツナズが潜んでいる?それも人質をとって」
「そこにも書かれている通り、主力部隊が壊滅した為に行動を起こせずにいるらしい。恐らく昨日タイラーが潰した連中だな。そして……」
「人質は17歳、女性……まさか……」
アルは黙って窓の外を見た。
「アニタ・サンチェス……やはり、そうか」
コルトはそう言って、タイラーの顔を見た。汗が滲み出し、その顔は若干青ざめていた。
「俺が……俺が殺した銃器店の店主の……娘だ」
そう言って震える手で髪を掻きあげる。バンダナが外れ、彼の手に引っ掛かった。
「タイラー……」
アルは近付いた。顔の腫れは引き、シップも外してタイガーストライプの戦闘服を着込んでいる。
「準備しよう。早速今夜救出作戦を決行する。スニーキングスーツの使用は本部から止められている。つまり、無所属の民兵として行動して欲しいという事だ」
コルトはそう言って目をそらし、続けた。
「そしてこの作戦が失敗すれば、俺達はFOX HOUNDから除隊される事になる。陸軍はどう処罰するか分からないが……いずれにせよ、命の保証は無いと思って良いだろう」
「機密保護の為に役立たずを殺す……か」
アルは呟いた。
「そんな事にはさせない」
タイラーはそう言って立ち上がった。
「失敗にはさせない。絶対に……絶対……」
そう言って、M63のケースに手を伸ばす。
アルはM653とFNハイパワーを持ち、外に出た。コルトもすぐに着替え、M21とM1911A1カスタムモデルを持ってアルに続いた。そしてドアが閉まった瞬間。
「っ……」
タイラーはM63を取り落とし、床に崩れ落ちた。手が震えているのに気がつく。
意志の力で震えを抑え込み、M63を肩にかけ、ホルスターからM1911A1を抜いてサプレッサーを装着する。予備の弾倉をポーチに押し込み、すぐに取り出せる位置に調整する。
「よし、これでいい……」
今回の作戦にはソリトンレーダーもスニーキングスーツも使用できない。本部から仕様を禁止されている。つまり本部はタイラー達が任務に失敗し、敵に装備品ごと捕獲されるのを恐れているのだ。
「本当に……救えるのか……」
11時20分、小さな小屋からは微かに若い女性の叫び声が聞こえていた。周りには黒い戦闘服を身にまとった、がっしりした体格の男達が数人、銃を持って警戒していた。
そこから30メートルと離れていない茂みの中に、二人の男がしゃがんでいた。NVGを装着している為に顔はよく分からなかったが、二人ともタイガーストライプパターンの戦闘服を着込んでいた。
「コルト……見えるか?」
M63重機関銃を持った男が言った。腰にはFNハイパワー拳銃のカスタムモデル。アルだった。M653カービンはスリングベルトで背負っている。
「施設外の敵歩哨、4名。タイラーならなんとかするだろう」
コルトはM21マークスマンライフルをNVG越しに覗いていた。
白っぽく浮き上がった人型の一つの後ろに、他の人影とは明らかに違う動きをするものが近付いた。そして一瞬のうちに腕を首に絡ませ、締め上げた。すぐに敵はぐったりして、地面に崩れ落ちた。
「見えたか?敵歩哨を一名排除」
タイラーの声が二人の無線機から流れた。
「了解、あと三名か……敵の装備は?」
コルトの声を聞いて、タイラーは敵の持っていた武器を見て確認した。
「ADM65……ハンガリー製のAK47カービンだな。あとはマカロフ拳銃、手榴弾、サバイバルナイフ。武器はそんなものか」
「正面から撃ちあうと厄介だな」
アルが言った。
「その通りだ。俺は今拳銃しか持ってない。もしも発見されたらそのM63で援護してくれ」
救出作戦はタイラーが立案した。
タイラーが拳銃のみという装備で施設外の歩哨を排除し、施設内部に侵入する。人質の場所は不明であるため、兵士に尋問するか、或いは声や音の聞こえる方向で判断する。
だが彼の耳に聞こえる悲痛な叫び声は、徐々に遠ざかっていた。
「作戦を続行する」
そう言ってタイラーは次の兵士に姿勢を低くしたまま走って接近した。
「なん……」
兵士が声を上げる前に、タイラーはその銃と手を掴んで敵を地面に倒した。赤いベレー帽が転げ落ちる。
「動くな」
地面に後頭部を打ちつけられた兵士の顔に銃口を突きつける。
「少女を拉致して監禁しているな?ここに居る筈だ。居場所を教えろ」
「ああ、あのかわい子ちゃんか……楽しませてもらったぜ。ちょっと脅かしてやるだけでヒィヒィ言いやがる。女は久しかったが……」
そこまで言った時、タイラーは彼の右脚を撃ち抜いた。サプレッサーに押し殺された銃声が鳴り、まるで彼の怒りを帯びたかのように熱せられた薬莢が、弧を描いて地面に落ちた。
「痛ェ!何しやがる!畜生め!」
「畜生は貴様だ……!少女の居場所を教えろ。さもなくば……彼女を汚した貴様の“それ”を、二度と使い物にならないようにしてやる!」
「ハッ!やれるもんならやってみろ!舌をかんで死んでやるぜ」
タイラーは銃口を兵士の下半身に向け、引き金に半分ほど圧力をかけた。
「かわいい娘だ!押し込む度にキャン!キャン!アン!アン!まるで犬みてぇに!ハッハッハ!喘いで吠えやがる!俺達が捕まえて来た時は、何たって“まだ”だったんだぜ?親父がヘマしたせいで、あーあ、可哀そうなもんだよな?」
タイラーの中で何かが音を立てて破裂し、それに反応するように彼の銃から銃弾が飛び出した。銃弾は銃口が向いていた方向に飛んだ。
「ギャァアァアアアア!アアアアアァァアアァア!」
兵士は我を忘れて悲痛な叫び声を上げた。タイラーは頭に銃を向けたが、引き金を引かなかった。
「苦しめ。ゲス野郎」
そうだ、彼女の味わった苦しみと同じぐらいのものを味わえ。だが、彼女をそんな目に遭わせたのは誰だ?もしあの店主が生きていれば……。
もし俺が殺されていれば……?
その時、不意に銃弾が飛び、兵士の頭から血が噴き出した。
「やりすぎだ!落ち付け!タイラー。敵が騒ぎに気付いた!失敗だ!撤退するぞ!」
コルトの声だった。兵士に止めを刺したのはコルトの狙撃だった。
彼の言ったとおり、小屋の中が何やら騒がしくなってきた。ガチャガチャと装備を鳴らしながら走る兵士の足音が聞こえる。
「まだだ!突入する!」
タイラーは無線機に向かってそう怒鳴り、角から飛び出してこちらに銃を向けていた二人の兵士を続けて撃ち殺した。
そしてすぐに窓の一つに飛び込んだ。
ガラスの破片が飛び散る中、木の床に前転しながら着地し、中腰で銃を構えて目の前に居た三人を続けざまに撃った。そしてすぐに弾倉を差し替え、立ち上がって奥に走る。右目の上にごく浅い切り傷が一つ出来たが、NVGを装着していた為、目は無事だった。
こういった狭い場所では想定外の方向からの銃撃や跳弾を警戒して、姿勢を低くして行動するのが基本だが、人質の命が危うくなった今、その通りには行動していられなかった。彼は焦りを感じていた。久しい感情だった。
「やりやがった……仕方ない。援護するぞ!」
コルトはそう言って無線機に話しかけた。
「タイラー、こちらコルト。お前を援護したい!どうすればいい!」
しばらくして銃声に混じってタイラーの声が無線機から返って来た。
「今、地下室への道を発見した。これから侵入する。二人は地上の敵を掃射してくれ!」
「掃射といっても、敵の数が多すぎる!」
「LAWを使……畜生!敵が来た!俺はもう地下室だ。かなり丈夫そうだ。LAWでの攻撃を開始……クッ!弾倉の予備が無い!」
そこでタイラーの言葉は止まった。
「コルト!LAWだ!」
アルは使い捨てのLAW式ロケットを伸ばし、発射できるようにしてコルトに渡した。そして自分も同じようにして構える。
「よし、撃て!吹っ飛ばしてやれ!」
コルトはそう言って引き金を引いた。アルもそれに続いて発射する。
砲弾はほぼまっすぐ飛び、狙い通りに小屋に命中した。爆音が響き、木片やガラス片が辺りに飛び散る。一部はアル達の近くまで飛んで来た。
「タイラー……タイラー!無事か!」
アルは無線機のマイクに向かって怒鳴った。返答は無かった。
「畜生……アル、ここでM63を頼む。俺はタイラーを援護しに行く!」
タイラーはそう言ってM1911カスタムを抜き、破壊された小屋の跡に向かって走り出した。
「クッ……了解した。異常があればすぐに連絡する」
アルはすぐにでもコルトに続いて走って行きたいのを堪えて、M63を構えて周囲を警戒した。
目の前にMac10サブマシンガンを持った兵士が転がって来たので、タイラーはその腹部を撃った。敵は半ば吹っ飛ぶように倒れた。頭にもう一発撃ちこんで止めを刺す。
そしてその奥の扉に走り、ドアを思い切り蹴り飛ばす。
一撃でドアの蝶金がほぼ外れ、次の一撃でドアはバタリと音を立てて倒れた。その次の瞬間、声が聞こえた。
「動くな!」
目の前に、他の兵士達と同じように赤いベレー帽を被った黒い戦闘服姿の男が居た。右手にはマカロフ拳銃、その銃口の先、左腕に抱えられているのは……
「その子を放せ!その子には何の罪も無い!」
タイラーはM1911A1の照準器越しに男を見据えたまま言った。
「フン!その前に銃を捨てろ。話はそれからだ」
男は人質……アニタ・サンチェスのこめかみに銃を押しつけて言った。当のアニタはその腕の中でタイラーを見ていた。頬には涙の伝った後が残り、その眼は腫れていた。虚ろな目だった。酷い目に遭わされたのだろう。服は所々乱暴に破られていた。
タイラーは銃を離した。彼の経験に基づく“勘”は絶対に離してはならないと彼に警告していたが、それでも彼は銃を捨てていた。
「……捨てたぞ」
「蹴れ。こっちにな」
タイラーはまた言うとおりにした。足で軽く蹴ると、銃は敵の足元まで滑った。絶対に手は届かない。
「馬鹿め。何故この女の為にそこまでする?惚れたのか?」
男は嘲笑いながら言った。拳銃の銃口はタイラーの方を向いた。
「その子は……その子は俺のせいでこうなった」
それを聞いて、敵の表情が変わった。
「そうだったのか……なるほど、やはり貴様が……」
「その子の父親は俺が……俺が殺した。この手で!その銃で!そしてその子の人生を奪った!俺のせいだ!」
男の腕の中で、アニタの表情が変わった。ほんの少し正気に近づいたらしく、目に生気が戻ろうとしていた。
「アニタ、君のお父さんを殺したのはこの俺だ……すまない。君がこんな事になったのも全て……」
そこまで言った時、銃声が響いた。
「イヤァァァァアアァアアァ!」
音に反応したアニタが叫んだ。
「黙れ!このメスガキが!」
男はアニタの黒いくせ毛を掴んで地面に投げ倒した。
「後でじっくり遊んでやる……だが、その前に貴様だ!」
そう言って再びタイラーに銃を向ける。
「うう……」
タイラーは腹部を押さえ、苦しそうに横たわっていた。
「残念だったな?ヒーロー君。ヒロインはもうしばらく、私が飽きるまで私の玩具だ!貴様はここで退場だ!」
男はまた引き金を引いた。銃声と同時に銃弾が発射され、タイラーの体に食い込む。
「ぐゥ!」
銃弾は彼の左肩に突き刺さった。
「おっと、まだ生きてるな?だが次で終わりだ!」
男はタイラーの頭に照準を合わせた。引き金に力を込める。
「こっちだ!」
突然聞こえた声に、男は注意を逸らされた。その隙に銃弾が飛び、男の胸に着弾した。
「な……!?」
男は力無くタイラーの横に倒れた。彼の銃は転げ落ち、タイラーの目の前に落ちた。彼は銃を拾い、その持ち主に向け、引き金を引いた。
銃弾は男の脳天に命中した。
血が飛び散り、タイラーのNVGを汚した。
「タイラー!」
コルトは横になったタイラーに慌てて駆け寄った。
「タイラー!大丈夫か!」
血を流しているタイラーのすぐ横に膝をつき、傷の具合を診ようとした。だがタイラーはコルトの手を押し返した。
「心配するな。出血が少し多いが……弾は両方共貫通してる。一発目は脇腹を抜けて、二発目は中で上に曲がって射入から少し上方に出ただろう」
そう言って、マカロフ拳銃を放り捨てる。
「アニタは……?俺より彼女を診てやってくれ」
「分かった」
コルトは倒れている少女に近寄った。呼吸と脈を確認し、タイラーの横まで引きずって来た。
「大丈夫だ。外傷も無く、呼吸も脈も安定している」
「コルト……彼女は俺達とは違う」
タイラーはそう言ってコルトを見た。
「ああ、そうだったな……」
コルトは自分の戦闘服を脱ぎ、アニタの首から太ももまでが隠れるように被せた。
「乱暴された形跡がある。いくつか痣も……。可哀そうに」
「そうか……そうだろうな……」
タイラーはNVGを外した。
「俺が……俺が……」
そう呟いた彼の目は生気を失っていた。
「すまな……」
そこまで言って、タイラーは気を失った。