第二十話(最終話)
 一ヶ月後、陽兵とアニタ・サンチェスは結婚式を挙げた。参列者はそれほど多くなかったが、その少ない中には蒼輔と皐月も居た。しかしタイラーとコルトの姿は無い。
 事件が収束した後、タイラー達が彼らの元に戻って来る事は無かった。無線機も途中で運悪く故障し、彼らが居た事を証明する物は、ほとんど何も残らなかった。ドーベルマンにとってはそれが一番良かったのかもしれないが……。
 ただ一つ残ったのは、コルトのインディアン・スカウトだけだった。時おり蒼輔が真っ赤な手編みのマフラーを巻いて乗っている。長すぎるマフラーの余った部分を服の中に押し込んで、不格好に膨らんでしまい、よく新しい職場の同僚たちからからかわれたが、それでも蒼輔がそのマフラーを買い替える事は無かった。

 時間を遡り、事件直後。
 タイラーとモーガンはドイツのとある病院で目を覚ました。看護師によると、二人とも一週間寝たきりだったという。モーガンの方はその後すぐに回復し、歩きまわれるようになった。そしてタイラーの病室を訪ね、聞くのだった。
「タイラー、どうして俺を助けたんだ?」
 友の仇でもあるモーガンを、タイラーが自分の命を危険に晒してまで助けようとした。その後、もう少しでタイラーが力尽きるというところでハリアーが飛来し、二人を収容したのだが……。その後、船は真っ二つに折れて日本海に沈んでいった。モーガンが命じて原子力エンジンを停止させていた為、大規模な爆発事故は起こらなかった。放射能漏れの噂も聞いていない。
 とにかく、タイラーはそう聞くモーガンに対してこう答えた。
「助けられると思ったから助けた。人情ってやつさ」
 数日後モーガンは一枚のメモ書きを残して煙のように消えた。そこにはある住所と、短い文章が添えられていた。
「サイバネティック・オーガニズムの専門家。生存の望み有り。短い命を繋いでゆくにしても、お前にすればまだ生き足りまい。俺より先に死ぬな。また会おう」
 タイラーは次の日、モーガンからのメモと、起きてすぐ見つけたコルトからの置手紙を持って、包帯が取れないまま退院した。病院は他の病気の精密検査を勧めたが、彼は医師が書類を取りに行った隙に消えていた。

「コリン・マクナイトよりジャック・タイラーへ。タイガーUの無線周波数を調整するついでにハリアーを呼んだ。どうやら間に合ったようだが、俺はお前が寝ている間に行かねばならない。ハリアーのスクランブル分の代金は、俺がしばらく特別給無しであそこで働く事で支払う事になった。俺は傭兵部隊へ行く。何より、俺が空へ戻るために……。また会おう、ジャック・タイラー。俺の一番の友達。……追伸、花の引き換え券を同封する。そのうちでいいから、ホープ夫妻とナナシの墓に持って行ってやってくれ」

 1975年、四機の戦闘機が空母から飛び立った。F14二機と、F5Eの艦載型が二機。

 コルトとネイラーは事件の後、航空傭兵部隊の空母に降り立った。そして入隊を申し出たが、思いのほかすぐに受け入れられた。
 部隊としても自立するには人員が足らず、そして何より改良されたエンジンを積み、神経質さと推力不足が改善されたF14と、実際に艦上で運用したF5Fを持ち込んだ事によって、彼らはより歓迎されたのだった。
 コルトはネイラーが再び一番機として飛ぶ事を望んだが、ネイラーは
「あの戦いで、判断力や機体を制御する能力に関してコルトが俺より秀でていると分かった。俺は二番機にしてくれ。いずれお前を越えられる日が来れば、俺はその時から一番機を名乗る」
 と言って、二番機を名乗った。それからジャガーノートの艦載機乗りとして選抜されていた者の中から二人をスカウトし、新ガーゴイル飛行隊として再編成した。クルセイダー二機とファントムU二機の編成から、タイガーU二機と、単座で操縦できるようディスプレイを改良したトムキャット二機の編成へ。性能が向上しているとはいえ、軽戦闘機二機と大型戦闘機二機という編成は同じだ。

「ガーゴイル1よりガーゴイル2、4へ。トムキャット方がレーダーレンジが長いからな。しっかりと見ていてくれ」
「こちらガーゴイル2、ネイラー。コルト、前方に敵だ。Mig23とMig21が二機ずつ。フィッシュベッドは上昇、フロッガーはこちらよりやや低高度を飛んでいる」
「了解。ガーゴイル2、4はフロッガーをやっつけろ。ガーゴイル3は俺について来い。上空でハエ叩きだ」
「ガーゴイル2、了解」
「ガーゴイル3、ウィルコ」
「ガーゴイル4、了解」
「よし、行くぞ!」

 上昇してゆくコルトの機には他の機と同じガーゴイルのエンブレムと、コックピットのすぐ下には小さく犬の顔が描かれていた。そしてその横に、「DOBERMAN」の文字。

「エンゲージ!」

 今日もまた世界のどこかで血が流れる。
 赤い血が滴り落ち、そして誰かがそれを受け取る。
 世界の表面で男女が愛し合い、その裏側で戦士たちが殺し合う。
 世界の表側から来た男は女を想い死に、そこに居た者達は戦いを想い死ぬ。
 だが、それでも男達は何かを残そうとし、またある男達はそれを受け継いで戦った。
 だからこそ男達は結ばれた。愛などという陳腐な響きはそれには似合わない。
 彼らの間にあるのは絆。硝煙のにおいのする、冷たく、熱い、信頼という名の絆。

 ジャック・タイラー、コリン・マクナイトの書類上の失踪によって、ドーベルマンは動きを止めた。だが、猟犬達はまだ死んだわけでは無い。
 蘇生の望みを得たタイラー、空に戻ったコルト。二人の戦いは今、始まったばかりである。
 そう、猟犬は死なず。ただ戦いの意味を再び問い直すのみ。
 また、猟犬は死なず。ただ空に飛び立つ術を手に入れるのみ。
 猟犬は死なず。戦士達に魂が受け継がれるのみ。

 猟犬は死なず。





コードネーム:ドーベルマン
        <完>