第二話
コロンビア国内の市街地、安っぽいホテルに衛星通信可能な情報端末と睨み合い、キーボードを叩くコルトの姿があった。
「コルト、コーヒー沸いたぞ。少し休めよ」
金属製のカップに黒いコーヒーを淹れて、タイラーが彼に歩み寄った。
「ああ、悪いな」
コルトはカップの取っ手を掴んで一口啜り、端末の横に置いた。
「どんな具合だ?本部からの応答は」
タイラーはカップを持ったまま、手近の椅子に腰かけた。
「よろしくない。FOX HOUND本部は調査中だと通信が入ってから後、まったく連絡が無い。この衛星端末もしょっちゅう接続エラーを起こしている。妨害されている気さえするよ……CIAが世界に誇る高度なセキュリティを以て保護されている筈なのに」
「となると、俺達だけで調査し続けるしか無いな。そして、奴らの本拠地が分かれば強襲作戦を実行する。その為の武器をアルが受け取りに行った」
「強襲作戦も可能であるという事は本部に連絡してあるが、だが彼らがMSFに関する情報を集めて吟味するまで待てと応答があった」
「そう遠い日にはならないだろう」
タイラーはカップを傾けてコーヒーを全て飲み込み、立ち上がった。
「しかしタイラー、こんな所でまでそんな恰好をする必要は無いんじゃないのか?」
コルトはタイラーの全身を見て言った。コルトがアロハシャツとジーンズという軽やかな格好なのに対して、タイラーはリーフパターン(ジャングル戦用迷彩)の戦闘服の上下を、上着の袖を巻き上げて着ていた。頭には緑色のバンダナを鉢巻のように巻いている。
「この前支給されたものだ。ベトナム戦争時代に使われていた物から、配色のバランスが見直されている。まだ糊が残ってるから早めに着慣らしておこうと思ってね」
「だが、暑くないか?」
「問題無い、下着を着てないからな」
「なるほど、なら問題無いな」
コルトはそう言って、また端末に目を移した。
「ふぅ……こんな大荷物ならタイラーも連れて来れば良かった」
アルはいくつかのケースを軽自動車に積み込んで、そう呟いた。中でも大きなものが二つあり、特に骨が折れた。おそらく機関銃やロケットランチャーの類だろうが。
「ん……?」
ドアを開けて運転席に座ると、サイドミラー越しに二人の男が一瞬こちらを睨んでいるのが見えた。
「厄介な連中じゃないだろうな」
アルは上着の脇に隠したFNブローニングハイパワーのカスタムモデルのセイフティを解除し、車を発進させた。
彼を苦労させた荷物の中には、彼が訓練の度に使用していたM653カービンも含まれていた。XM177のような短縮型のAR15で、潜入任務用にサプレッサーを装着してある。M16アサルトライフルと同じく5.56mm口径の弾薬を用いる為に撃ち易く、多くの弾薬を楽に持ち歩ける。
他にも、タイラーが取り寄せた武器も荷物の中に含まれている筈だった。手榴弾や携帯用ロケットランチャー、高火力機関銃などを頼んだと彼は言っていたが、まとめて彼が本部に依頼していた為、アルもコルトもその内容を確認していない。
「さて、さっさとホテルまで戻るとするか」
アルが当面の前衛基地であるホテルまで帰って来たのは、それから三十分後だった。玄関に着くなり早速タイラーが降りて来た。
「おかえり。早速だが荷物を運ぼう」
そう言って、アルの車のドアを開けて一番重い荷物を二つ持ち上げて運び始めた。
「期待して良いぞ。実にいい物なんだ」
アルは残りの長方形のケースを二つと、革紐を付けた木箱を持ち上げてタイラーに続いた。
「早かったな。夕食が届いてるぞ」
ドアを開けるとコルトが椅子から立ち上がって迎えた。彼の手には魚料理を押しこんだパックとパン、トルティアチップスの袋が握られていた。
「美味しそうだ。荷物を確認したら夕食にしよう」
タイラーはそう言って、新しい玩具を買ってもらった少年のように、アルが苦労して運んだ荷物に飛びついた。
「まず、これはアルのM653だ。こっちはLAW式ロケット。使い方は分かるな」
タイラーはケースの蓋を開け、M72LAWロケットランチャーが二つ入っている事を確認した。
「あと、こいつだ。M63ウェポンシステムの軽機関銃構成。俺がベトナムで使ってたものと同じ型だが、近接戦闘用に銃身を切り詰めてある。使用弾薬は5.56mmの徹甲弾」
タイラーはその小さな機関銃を取り出して見せた。
「大掛かりだな」
アルはタイラーに言った。
「コルトが調べた分で、奴らの現在の本拠地がさほど大きくないらしい事が分かっている。だから、圧倒的火力で蹴散らした後で突入する」
「そうだ、拳銃を頼んでおいた筈だが」
コルトは親指と人差し指で拳銃の形を作って言った。
「ああ、一丁はもう既に来ている。M1911A1のカスタムモデルだ。精鋭のサイドアーム(補助武器)に相応しいものだよ」
そう言って、書類入れより一回り大きいケースを開いた。
「これは……」
コルトはその銃を手に取り、触れてみた。
「いいものだろう?殆ど純正のパーツは使用されていないらしい。素晴らしい仕事だよ、熟練した職人でなければこんな良いものは作れない。話によると10年前にCIAのある極秘作戦に使用されたものの模造品だそうだ。高精度延長バレルにネジを切ってある。サプレッサーの装着も可能だ。使い方は任せるよ」
「有難い。お前の分は?」
「M1911A1のコルト純正モデルを一丁頼んである。無改造で装着する為のアダプターを装着したサプレッサーも一緒にな。こちらは明日届く予定になってる。俺が自分で取りに行くよ」
タイラーは一通り確認すると、それらの武器をケースに戻した。
「さて、食事にしよう」
「同感だ」
コルトはそう言ってコーヒーポットを取った。アルは自分のM653を確認して、食事の支度を始めた。
次の日、アルが起床するとタイラーの姿が消えていた。
「タイラーはどこへ行ったんだ?」
銃器をガチャガチャと大きな袋に詰めているコルトに問いかける。
「ああ、拳銃を取りに行ったよ。例の.45口径(フォーティーファイヴ)だ。日本製の50ccオートバイに乗ってな」
「そうか……ならお前は何をしてる」
「これから射撃場へ行く。お前もな。車は俺が運転するよ。いくつかは新品の銃だから、少し慣らしておこうじゃないか」
「タイラーはどうする?」
「銃を受け取ったらすぐに射撃場へ向かうそうだ。レーンを三つ予約しておこう」
コルトは自分のM21、M1911A1カスタム、タイラーのM63を袋に入れ、声を上げながら持ち上げた。アルは自分のM653とほかの弾薬、整備用具を持った。
「さあ、行こうぜ。弾は十分にある」
その頃タイラーは、田舎町の道路を快速で走っていた。他の勢力に輸送ルートを勘付かれた時の為に、彼の拳銃ともう一つ、試作品の対空誘導ミサイルは他のルートで輸送させた。本命のルートが勘付かれた時の為に、こちらのルートには.45口径のトンプソン式M1928A1短機関銃(通称トミーガン)と、イングラムM10サブマシンガンのサプレッサー装着モデルを追加してあった。
つまり、戦闘に主力武器として使える武器を残しておいたのだ。
「この辺りのサンチェス銃器店に……あ、あった」
タイラーは発見した目的地にオートバイを着け、降りて店に入った。
「こちらに予約注文があると思うんですが、受け取りに来ました」
カウンターに寄り、店主に話しかける。
「予約注文……はて。お名前は?」
タイラーは事前に予約した名前を告げた。
「ジョン・ドゥ(John Doe)です」
その言葉を聞いた瞬間、店主の表情に畏怖が浮かび、彼の動作は急にきびきびとした。
「は、もう届いております。商品の確認はそちらでお願い出来ますか?不具合があればご連絡頂ければすぐにお伺いしますので」
「うむ……」
タイラーは少し考えてから、口を開いた。
「拳銃が一丁商品の中に含まれている筈です。この物騒な街を行き来するのに、今すぐ取り出して、持って行きたい」
店主は少し渋る様子を見せた後、布を敷き詰めた書類入れ程の大きさの木箱を差し出した。タイラーはそれを開いて中を確認する。注文したものに違いないと思ったが、一応取り出して分解し、異常が無いか確認した。
30秒とかからずに彼は銃に異常が無い事を見取り、一緒に入っていたサプレッサーを装着した。
「お客さん、何を……」
店主が言い終わる前にタイラーはカウンターを飛び越え、店主の顔面を殴りつけた。そして彼が悲鳴を上げる前に胸倉を掴んで後ろの壁に力任せに叩きつけた。
「大声を出すな。少なくともこの銃よりも大きな音はな」
タイラーはそう言って、拳銃を店主の鼻先に付き立てた。
「ひ……ひぃ……」
「貴様、拳銃だと思ってこの銃には何も仕掛けなかったらしいな。いや、すぐに取り外したのか?間抜けめ。薄い外装に包まれた時限装置の音が俺に聞こえないとでも思ったのか」
そう言って、店主の鼻の横に銃口を押しつける。
「きょ……脅迫されたんだ!俺の家族を……娘を人質に取られて!俺が奴らに渡された爆弾を荷物に取り付けて、あんたらを吹っ飛ばせと……!」
「くっ……時限装置はあと何分にセットしてあるんだ。それとも遠隔起爆式との併用か?どちらでもいい!早く解除しろ」
タイラーはそう言って店主の首を掴み、カウンターの上のいくつかの木箱に向かわせた。
「クッ……これを解除すれば、俺の娘はどんな目に遭うやら……」
「黙れ!とっとと解除しろ!でないと俺達どころか、この辺りごと吹っ飛ぶぞ」
荷物の中には新型のミサイルも積まれている。もし誘爆したらどうなるか予想もつかない。最悪の場合、点火して飛び回るかもしれない。そこまでの注意をしておかねばならない。
店主は慌ててトミーガンとM10の入っている木箱から爆弾を取り外した。なんと、新型のC4爆弾だった。少量で多大な爆発力を発揮するプラスチック爆弾だ。
「外したぞ……」
店主はそう言って、タイラーの顔を見た。だが、その手が関係の無い筈の方向に伸びたのを彼は見逃していなかった。
「ふざけるな!」
タイラーは店主の顔面をもう一度殴りつけ、首を掴んでミサイルのケースに向けさせた。
「こ……これには時限爆弾は取りつけていない!音がしないだろう……?」
「ああ、音はしないな。だが、そうだとしたら貴様が今引き出しの裏からこっそり取り出したスイッチは何だ?」
店主は思い切りタイラーの鼻に肘打ちを喰らわせ、即座に離れた。タイラーは何とも無かったように銃を戻し、店主に向けた。
「これで奴は……アニタは救われる……」
「よせ!そいつから手を放せ!」
タイラーは店主の頭に照準を合わせた。引き金に半分力を加える。店主の目は追い詰められている事を示していた。撃つしかない。
「アニタ……しあわ」
店主の脳が指に動きを伝えようとする直前に、タイラーの放った銃弾が吹き飛ばしていた。血を噴き出しながら、店主が倒れる。
「畜生……」
タイラーは店主の手からスイッチをもぎ取って自分の手元に置き、ミサイルのケースからプラスチック爆弾を取り除き、少量を信管に残して取り除き、他のものと練り合わせてマッチを擦り、火を付けた。信管の抜かれたC4爆弾は少しずつ燃え始めた。
起爆スイッチを胸ポケットに入れ、タイラーは荷物を持って店の外に出た。
何も考えていないような素振りをしながら、辺りを警戒してオートバイの荷台に荷物を括り付けた。
他の勢力の妨害を受ける事は予想していた。工作員の家族を人質に取るのも十八番だ。気になるのは、一体誰がそれを企てたのか……だ。
確かに、誰に狙われてもおかしくない立場に居るも確かだが、彼らは直接暗殺するのではなく、工作によって抹殺しようとした。爆発による抹殺?時限装置など論外だ。爆破には様々な要素が深く関係してくる。アドルフ・ヒトラーもそれで生き延びた。
タイラー自身は確実に死んでいただろうが、だがアルとコルトは確実に殺せるとは限らない。単に作戦を妨害したいだけか、それとも脅しか?
「ひとまずアル達と合流するか……」
タイラーがオートバイを発進させようとした時、サイドミラーに一人の浮浪者が見えた。いや、靴がまだ新しい。何てこった。
男が古いコートに隠した短機関銃を取り出そうとする前に、タイラーは野戦服の内側に隠してサプレッサーの先をベルトで留めてあった拳銃を右手で取り、男の胸を撃ち抜いていた。
「ぐっ!」
男は倒れたが、タイラーはさらに二発撃ち込んだ。そして銃を左手に持ち換え、辺りが騒然となるのを無視して胸ポケットからスイッチを取り出して押し、すぐに捨てた。
大きな爆音が鳴り、「サンチェス銃器店」と書かれていた窓ガラスが無数の破片となって飛び散った。
女子供の悲鳴が聞こえる中、タイラーは目の前に短機関銃を持った男が飛び出して来たのを即座に捉え、M1911A1を三発撃った。うち二発が男の胸と首に命中し、男は血を噴き出して倒れた。
左手だけで起用に拳銃をリロードしながら、彼はスロットルを開いた。慌てて加速し、交通量の多い道路に合流した。
もし相手が騒ぎを大きくする事を望まないなら、無理に大衆の中に銃弾を送り込む事は無いだろう。そうタイラーは判断した。
だが、その予測は彼の後ろの車に拳銃弾がぶち当り、大きな音を立てた事で裏切られた。
何という事だ。奴らはまさかこの市街地で戦争でも始めるつもりなのか?
「良いだろう!相手になってやる」
タイラーは半ば叫ぶように言って、銃弾の飛んで来た方向に左手の拳銃を向け、五発の銃弾を送り込んだ。銃弾を飛ばして来ていたサイドカーの運転手に当たり、彼らは街路樹に衝突した。その奥には山に続く林が見える。
「ふふふ……おあつらえ向きだぜ、畜生共」
拳銃をベルトに突き刺して左手もハンドルに戻し、タイラーは林に向かって走った。歩道を乗り上げて越え、草木の中にオートバイごと飛び込む。
踵を蹴り下ろしてギアを二足に叩き込み、思い切りスロットルを開く。やや馬力の弱いエンジンは悲鳴を上げていたが、タイラーは構わず斜面を乗り上げた。
「追って来い!地獄を見せてやるぜ!」
その声を聞いてか聞かずか、防具を装着した兵士達が次々と林の中に入っていった。
アルは遮蔽物に隠れながら少しずつ前進し、数発ずつのバースト射撃で標的を撃ち倒していった。ライフル用の標的を撃ち尽くすと、彼はM653を放り、腰からFNハイパワーを抜いて近くの拳銃用標的の胸に二発、頭に一発を撃ちこみ、遮蔽物の反対側から飛び出して一回転した。そしてスムーズな動きで立ち上がると、前進しながら目の前の標的に残った11発を全て撃ち込んだ。
「ブラボー!完璧だ」
後ろで見ていたコルトが手を叩きながら言った。彼はM21の調整射撃を終え、M1911A1カスタムを一通り撃ちまくった所だった。
「いや……」
アルはFNハイパワーのスライドを戻し、M653を拾ってコルトの元に戻った。
「タイラーはもっと速い。訓練ではともかく、実戦では俺の三倍は速い」
「奴は俺達より5cmほど身長が低いからな。それに俺達より少し若い」
実際、コルトとアルは身長180cmで二人とも33歳だが、タイラーは身長170cmの29歳だった。
「だが、奴が年下だという実感は湧かないな。いつも奴には助けられてるし、戦闘技能も大きく上回っている。そして、俺達と比べると奴は厳しいというか……冷たい。命に対しても、自分自身に対しても。俺達がまだ心の片隅に残している甘えを、奴は殆ど殺している」
アルは自分の拳銃を見つめて言った。
「従軍記録によると奴は19歳で海兵隊に入隊してから、今年で10年目だそうだ。俺達はベトナム戦争中に入隊した、今年で4年目の兵士だ。奴の方が多くの血を見ている筈だ」
コルトはそう言って目を伏せた。
「10年……これまでの人生の三分の一だが、それだけであそこまで殺りく兵器になれるのか。時々、奴は戦争が孕んだ人間なんじゃないかと思う事がある。同時に、人間としての優しさを感じる事もあるが……」
アルは4年前の事件で、彼らと共闘した現地民の亡骸を抱えて泣き叫ぶタイラーの姿を思い出していた。
「しかし……遅いな。もう13時だ。ハンバーガーが冷めちまった」
「まさか……他の勢力に……」
アルは不安そうに言った。
「ああ、そうだ」
その後ろからタイラーが射撃場に入って来た。肩にはM10短機関銃を掛け、ベルトにM1911A1自動拳銃を差している。どちらにもサプレッサーを装着してあった。
「タイラー!遅かったじゃないか」
コルトがそう言って近付く。
「待たせたな。妙な連中に追い回されたんで、遊んでやってたらこんな時間になってしまった。だが心配無いよ、逃げ出そうとした生き残りも追いかけて息の根を止めておいた。警察は不安分子の内部抗争として処理するだろうよ」
タイラーはそう言って、手近の椅子にガタンと腰かけた。その時になって、やっとアルとコルトにも彼が傷を負っているのに気が付いた。
「おい、怪我してるじゃないか!大丈夫か?」
「応急処置はやっておいた。といっても、奴らの持っていたサバイバルナイフを、山の中で奴らのヘルメットを灰皿代わりにして火を起こして焼き、銃弾を摘出して熱で癒着させただけだがね……いや、その後薬局で消毒液と包帯を買って傷口を保護したから大丈夫だ」
「たいした奴だ……だが、敵は一体何者なんだ?」
「間違い無いのは、奴らがイングラムMac10……そう、こいつと同じ型のサブマシンガンを使っていたという事だ。しかも、サプレッサーまで装着してな。お陰で弾薬の補給には困らなかったが……」
タイラーはそこでコルトの目を見た。コルトがその後を続ける。
「Mac10はアメリカ製……もし仮想敵である東側勢力ならチェコ・スロバキア製のVz61やAK47の短縮型を用いるのが自然だ。この何れも、このコロンビアなら比較的容易に手に入る。民兵や麻薬組織の私兵が使用しているからな」
「その通り、そしてもう一つ指摘するとすれば、俺や奴らが使った.45ACP弾仕様のMac10は、.32ACP弾を使用するVz61や一般的な9mmパラベラム弾のサブマシンガンと比べてかなり扱い辛いという事だ。奴らは割合、上手く扱っていたよ。ただ、俺には及ばなかったという事だが」
「となると、奴らは熟練した西側勢力圏の傭兵である可能性が高い?」
アルが腕を組んで言った。
「と見せかけた東側の工作員だ。顔は全員ロシアの辺りの系統だった。それに、身分証明の類は持っていなかったが、奴らの戦闘服にスペツナズ(特殊部隊)のマークが縫い付けられていた」
「紛らわしいな」
コルトが言った。
「違いない……さて、俺が死にかけながら持って来た武器を見てもらおうか」
タイラーはそう言って、大きなケースを取り出した。
「XFIM92、スティンガー対空ミサイルだ。試験採用品だが、すぐに米軍制式装備になるだろうよ。撃った事はないが、性能は確かだと思う」
「それとそのMac10、あと.45オートと、そのケースは?」
アルがそう言って彼が背負っていた長方形のケースを指した。
「トミーガンさ。.45ACPの50連ドラムマガジン装着。ブリッシュロック式ブローバックのM1928A1……大戦当時と冷戦初期に米軍と傘下の部隊が使用していたサブマシンガンだよ」
「だが、使うのか?今回」
「今回は問題無いと思うが、もし他の武器を輸送させたルートが何らかの事情で潰されていたら、こっちを使ってもらう事になっていた。尤も、今回はこっちの予備ルートが感付かれていたいたがね」
タイラーはそう言って、机の上に銃を置いて分解し始めた。
「銃には細工されていなかったが、危なくC4爆弾で吹っ飛ばされるところだった。奴らはこの武器を届けさせた店主を……娘を人質にとって工作員として雇っていた。頭を撃って殺し、C4爆弾を少し使って体を吹き飛ばした。そこから足がつく事は無かろう」
アルは思わず顔を逸らした。
「酷い事を……娘が知ったらどう思う事か……」
胸から浮かんだ言葉が小さく漏れる。
「娘はもっと酷い事になってるだろうな。欲求不満の兵士達の慰み者なったか、人買いに売り飛ばされたか、或いは殺されたか……これが一番幸せかもしれないな」
「よくそんな事を平然と……」
アルは胸の奥から怒りと悲しみが湧き上がって来るのを感じた。目から涙が零れ落ちる。その矛先はガチャガチャと銃を分解し、掃除しているタイラーの背中に向かっている。
「そんなに珍しい事か?潜入工作員の家族を人質にとって自由に操るのは諜報機関の十八番だ。もちろん俺達の元締め、CIAも平気でやってる。俺達はその傘下で動いている。そう、アル……お前もだ」
「この……!」
アルはタイラーの背中に掴み掛かろうとした。それをコルトが抑える。
「落ち着け。タイラーのせいじゃない……俺や、アルのせいでもない。これが冷戦だ……諜報合戦なんだ。分かってる事だろう?」
「だが……だがどうしてそんなに落ち付いていられる!家族のある父親を平気で撃ち殺して、その娘を見殺しにして!どうして何もしなかったような態度をとれる!?」
タイラーはその言葉を背中で受けたが、黙って銃の整備を続けた。
「タイラー!答えろよ!」
アルはコルトの腕を振り払って、右手を上げてタイラーに襲いかかった。タイラーは銃を置いて振り返ったが、アルの拳をただ眼で追うだけだった。
鈍い音がして、アルの拳がタイラーの左頬に直撃した。タイラーは糸の切れた操り人形のように、その場に倒れた。口からは僅かに出血している。
「どうしてだ……かわせた筈だろうに」
コルトは二人の姿を見て呟いた。
「そうだな……アルは普通ならもう父親になっている年だったな。俺も少しは気持ちが分かる。残されてこれから地獄を見せられるであろう娘も不憫に思う。そこに目を向ければ自分のやった事がどれだけ非道か考えさせられる」
タイラーの目は微かに潤み、自責の念が映し出されていた。
「だが……」
彼はゆっくりと立ち上がり、そして何の前動作も無くアルの顔を殴りつけた。アルの感情の籠った殴り方とは正反対の、まるで機械のような攻撃だった。アルは上体をのけぞらせ、後ろに倒れた。
「そこに目を向ける訳にはいかない。自分の周りで死んでいった人間にいちいち悲しみを感じていては、任務は全う出来ない。それに、自分が生き残るためなら息をするように軽く人を殺せなければならない。そうしなければ、戦場では生きていけない……」
「うぅ……」
アルは軽い脳震盪を起こし、立ち上がれなくなっていた。興奮していたせいもあって、鼻血が多量に出ている。
「まいったな……おい、しっかりしろ?」
コルトはアルの傍まで寄って、頬を二三回叩いた。
「仕方ない、車に乗せてホテルまで帰すよ。タイラーは……」
「乗って来たオートバイで帰る。もう少しここで作業してからな」
タイラーは殴られた左頬が何とも無いように、机に戻って銃の掃除を再開した。
「確かにタイラーの言うとおりなんだ……だが、俺にはアルの気持ちも分かる。これが甘えなのも分かる……だが……」
「それでいい。人間として生きるのならそこを割りきってはいけない。どうにもならない問題だとしても、頭を抱えて悩み、もがいてこそ人間たりえる」
タイラーは銃を置いて言った。
「アルもコルトも、いずれ人の道に戻る。そのつもりだろう?アルには国に恋人が居るし、コルトも退役したら元空軍のキャリアを買われてそれなりの仕事に就けるだろう。だが、俺は違う。俺の全ては、戦って敵を殺すためにある。足を洗ったところで、何も出来やしない」
コルトはそう言ったタイラーの背中をしばらく見つめた。
「先に……行くからな」
そう言って、コルトはアルを連れて車に戻った。
タイラーは銃の整備を済ませ、Mac10とスティンガー対空ミサイルをケースに戻した。そしてトミーガンとM1911A1を取ってアルが通った射撃訓練ブースに入った。
スタート地点でトミーガンを構え、自分の中でリズムを整える。
「……!」
素早く駆け出し、撃ちながら遮蔽物に隠れる。これで二つの標的が沈んだ。すぐに反対側から飛び出し、ほとんど一連射に見えるほどの速さで三つの標的に三発ずつ撃ちこみ、次の遮蔽物に飛び込む。
姿勢を低くして低めに位置された標的に四発連射し、トミーガンを放ってM1911A1を抜き、二発を拳銃用の標的に撃ちこむ。
そして飛び出して走り、最後の標的の前に飛び込んで前転し、すぐに立ち上がって残った六発を標的の中心から頭にかけて叩き込んだ。
「……鈍っている?」
タイラーはそう言って、トミーガンを拾って整備用の机まで戻って行った。
その速さと正確さからはじき出されるスコアはアルの倍近くだったが、少し前のタイラーならさらにもう少し速く、正確に立ち回れる筈だった。それが、体の調子が微妙といえども悪化しているのか、うまく動かない。
「どうやら、もう始まったらしいな……」
彼は自分の手を見つめて言った。