第十九話
「総員退艦!総員退艦!」
 艦内放送が鳴り響き、抵抗していた兵士達が一斉に背中を向けて逃げ始めた。無抵抗の者をむやみに撃って、弾丸を浪費する趣味は無い。タイラーは彼らの背について進もうとした。が、突然胸に痛みを感じる。
「ゲェッ!……オゲェ……」
 嘔吐。いや、口から吐き出したのは赤黒い血だった。敵から剥いだウッドランド迷彩の戦闘服も、血や焦げ跡で不気味な彩色になっていた。壁に寄りかかりながら、Vz61の弾倉を交換する。残り、20発。FNハイパワーの方は残り13発。
「ドーベルマン。ひどい有様だな」
 天井から四人、他の警備兵とは違った兵装の男達が飛び出してきた。黒色の戦闘服、覆面、そして……。
「ヤァッ!」
 四人が一斉に刀を抜き、そのうち一人がタイラーに切りかかった。Vz61で受け止めようとしたが、銃の薄い鉄板は易々と切り裂かれた。とっさの判断で仰け反り、どうにか直撃を避けたが、HMDは粉々に砕け散った。タイラーはすぐに体勢を立て直し、ナイフを抜いて、他の方向から振り下ろされた一撃を払いのけた。が、気がつくと他の二人に回り込まれ、囲まれている。相手の武器は刀のみ。小太刀というものだろう。
「野良犬にしては良い動きだな」
 そのうちの一人がそう言った。
「総員退艦と聞かなかったか?気付いていないのかもしれないが、船は沈みかけてる。急がないと死ぬぞ」
「フンッ、まだ余裕はある。それに、我々はモーガンに従うつもりはない。我々は奴を監視するために“0の組織”から送り込まれた。あの男は組織から逸脱した、もはや不要な人間だ。抹殺しなければならんが……」
 再び刀が構えられる。
「お前も危険な存在となってしまった。組織に通達するまでもない。我々がここで……」
 その瞬間、タイラーは通路に伸びるパイプに目をつけた。すかさずそこにへばりつく。一人が彼に斬りかかったが、タイラーはそれを避けた。小太刀だったが、勢いを殺せず刃はパイプにめり込んだ。そこから熱せられた水蒸気が噴き出し、男の顔に降りかかる。
「ぎゃ……!」
 怯んだ隙を見逃さず、タイラーはその胸にナイフを突き立てた。そして小太刀を奪い、後から斬りかかって来た男の首めがけて薙ぎ払った。その一撃は瞬時に返された刀によって受け止められたが、その隙に武器を捨て、男の手首を掴んで、相手より自分の方が小柄である事を利用して、脇をくぐって男の後ろに回り込んだ。左腕で首を絞め上げ、銃を抜いて目の前の二人に向ける。そしてタイラーは言った。
「道を開けろ。貴様らに用は無い」
 その言葉に、敵は怒り狂って刀を振り上げた。
「なめるな!」
 刀は、銃を握った右手に振り下ろされた。タイラーはその手を引っ込め、左腕の内にある男の背中に銃口を押しつけた。見当をつけ、残った10発を続けて発砲する。男の身体をズタズタに引き裂きながら、そのうち数発が貫通し、斬りかかって来た敵の胸に突き刺さった。
 最後の一人が驚いたような表情を浮かべた後、間もなく切っ先を向けて来た。タイラーは弾の切れた銃と敵の屍を捨て、小太刀を拾った。構え、敵の攻撃に備える。間を置かず、相手は刀を水平に構え、こちらの首めがけて斬りかかって来た。危なげな手つきで刀を垂直に立て、その一撃を受ける。
「ン!?」
 感覚が妙だった。そして、彼の刀はタイラーの小太刀の背にめり込んでいた。すぐに切り返そうとしたが、刀はなかなか抜けない。その向こうで、ニヤリとしたタイラーの口元が見えた。
 間もなくタイラーの足が男の股間に直撃した。あまりの痛みに彼は刀を手放した。そのすきに頭を掴み、後頭部を通路の壁に叩きつけて追い打ちをかけた。男は力なく床に崩れ落ちた。
 その反対側の壁にもたれ掛かり、タイラーはまた血を吐いた。それらがまた床の血の池を広げる。
「早く行かなければ……」
 壁に寄りかかりながら、何とか一歩一歩を踏み出してゆく。司令室は目前となっていた。だが、そのドアのそばにはさっきと同じ装備の男達が二人倒れていた。そして通路の先、甲板に通じる階段に、何者かの足が見えた。
「待て!」
 その男は止まらず、甲板へ上がって行った。顔も見えなかったが、タイラーはそれが何者かすぐに分かった。
「待て!モーガン!」
 その声は戦闘機の豪音にかき消された。

「行くぞ、コルト!」
 右舷、やや高高度から、翼を閉じたトムキャットが接近して来た。そのまま速度を上げて十字にすれ違い、速度を落として左旋回。赤い十字のトムキャットは右にロールし、翼を広げて旋回を始めた。コルトはその直後にロール、外側を飛行し、後ろについた。ロックオンを試みるが、ネイラーはスロットル出力を下げ、エアブレーキを開いた。赤い十字が頭上を通り過ぎ、後方に回る。すかさずコルトもスロットルを引き、エアブレーキを展開。失速寸前で、トムキャットが前に出る。すぐにスロットルを戻し、トリガーを引く。光の帯が黒い機体に襲いかかろうとした。が、バレルロールで回避される。そして、次にはトムキャットがアフターバーナーを焚き、速度を上げて急上昇を開始した。
 デジャヴ。立場は逆であったが、あの時も同じ戦法だった。コルトはスロットルをMAX・アフターバーナーまで押し込み、急上昇した。すぐにループ途中のトムキャットを見つけることが出来た。
「あの時とは状況が違う……という事か」
 ネイラーはそう呟いて、機首が下を向いたところで急降下を始めた。タイガーUもそれに続く。
「チキンレースだ。ついて来い!」
 高度計の数値がどんどん下がってゆく。9000フィート、7000フィート、5000、3000……。
「クソッ!」
 コルトはエアブレーキを開いて減速し、操縦桿を引いた。海面から600フィートのところで機首を水平まで持って行き、出力を上げて上昇に入った。が、トムキャットは目の前には居ない。
 ネイラーの方は高度100フィートの地点で水平に戻り、コルトより外側を飛ぶ形となった。そして、速度を上げてタイガーUの後ろにつく。ターゲット、ロックオン。
「フォックス2」
 翼下パイロンからサイドワインダーが発射され、タイガーUの噴射炎に迫る。コルトは一度上昇した後、海面すれすれまで下降し、出力を上げてまた上昇した。慣性のついたミサイルは付いて行けず、海に突っ込んだ。しかし、間をおかず、またロックオン警報の後ミサイルアラート。
「何だと!?」
 トムキャットが後ろから迫り、ミサイルを放っていた。距離があったためフレア射出、ミリタリー出力で上昇。ミサイルはフレアに誘われてあさっての方向へ飛んだ。しかしトムキャットは依然として後方についている。コルトは高度を十分に上げ、水平飛行に戻った。そして左に90度ロール、急激に進路を左にとる。少し飛んで右に180度ロール、右に急旋回。激しいGに耐えながらシザーズ機動を続ける。すぐにトムキャットが目の前を横切った。180度ロールし、後ろをとる。
「ターゲットロック、フォックス2!」
 コルトは迷わず二発のサイドワインダーを撃ち込んだ。ネイラーはフレアを射出し、翼を最大まで開いて急旋回、回避した。
「コルト!お互いミサイルを撃ち切ったな!」
 ネイラーは興奮した様子で言った。コルトの耳にそれが届く。
「まだだ、大尉!ガンがある!」
 コルトはトリガーに指を置き直した。弾はまだ十分にある。
「良かろう!今度は俺がお前を超える!」
 トムキャットは再び加速し、翼を閉じた。

 タイラーは甲板への階段を上り切り、その灰色の天井に立った。そして、背を向けて空を眺めている男に向かって口を開く。
「モーガン、今度も俺達の勝ちだ」
 その言葉に、モーガンは振り向くことなく答えた。
「ああ、そうだな。俺は組織から逸脱して行動を始めた時点で、もう既に負けが決まっていたのかもしれん。3年前は狐が死んで孤立無援に、今度は“0の組織”を敵に回してしまった。いや、そうでなくてもお前達を相手取った時点で決まっていた勝負か……」
「なぜ俺達を誘い込んだ?なぜわざわざ邪魔者を呼び寄せるような真似をやったんだ」
「何故か……分かっている筈だ」
 モーガンはその時になって振り返った。三年前とは打って変わって、髪の毛が真っ白になっている事に気が付いた。
「そうだな、まずフライングフォックス達を排除しておきたかった。奴らは組織の回し者だったのだよ。それも、フォックスハウンドの訓練を受けた……な。我々はどうにか彼らを排除したかった。そして思いついたのが、コードネーム:ドーベルマン。あの時FOX部隊を相手にして戦ったお前達の他には誰も居なかった。そして……」
 彼はコートを脱ぎ棄てた。裸で、腹部には銃で撃たれた傷跡が残っている。
「俺はお前達に勝たなければならない!兵士の価値の復活、格差の是正、あらゆる国家のアイデンティティの復活。その為には多くに勝たねばならん。だが、俺はお前達に負けた!」
 そう言ってモーガンは銃を二つ抜いた。タイラーはすかさず身構えた。が、そのうち片方がタイラーに投げられた。彼はそれを取った。M1911A1拳銃。弾倉は入っていないが、薬室には弾丸が入っている。グリップの前方が削られている以外には、何も変わった所を見つけられない。だがこの加工は聞いたことがある。
 次にはナイフが投げ渡された。それを左手で持って構えると、思ったとおりナイフが拳銃のグリップにフィットした。モーガンも同じ銃とナイフを構えている。
「タイラー、俺はここでお前に勝たなければならない。弾は一発、.45ACP。ナイフはCQC用。条件は同じ、タイムリミットは艦が沈むまでだ」
「分かった。お互い、仲間の仇同士だからな」
 タイラーはそれだけ言って、銃とナイフを構えた。モーガンも同じように構える。尤も、まだ銃よりナイフの方が有利な間合いだが。
 艦は大きく傾斜こそしていないものの、もう半分ほど浸水していた。波が叩きつけられ、彼らの立っている所まで水滴が降り注いだ。
 それを合図に、モーガンからタイラーに接近、逆手に握ったナイフを振り上げた。タイラーは仰け反って避け、後ろに二歩分飛び退いた。すぐに銃を構え、引き金を引く。が、その直前にモーガンの脚によって銃は蹴り飛ばされ、甲板の端まで滑った。その脚が戻る前に、タイラーは軸足を蹴った。バランスを崩したモーガンの銃を右手で握り、体を反転させて首をナイフで押さえようとする。だが直前に肘打ちを受け、ひるんだ隙にタイラーは投げ飛ばされた。
「病人相手でも容赦はせんぞ?」
 モーガンは倒れたタイラーに銃を向けて、そう言った。が、照準器が無い。スライドが外れているのだ。タイラーは起き上がり、銃のスライドを海に投げ捨てて言った。
「年寄り相手にも容赦は無い」
「器用な奴だ」
 モーガンは銃の半身を同じように海に投げ捨て、ナイフを構えた。頭上を轟音と共に二機の戦闘機が駆け抜ける。大きな翼と、小さな翼。
「行くぞ!」
 言葉と共に飛び出し、モーガンが右手でタイラーの顔面を殴りつける。間をおかず左足の後ろ回し蹴りで同じ所を蹴り、そして右脚を左肩めがけて蹴りあげた。が、タイラーはそれを抱えて受け止め、反対側の軸足を蹴ると同時に投げ倒した。その胸に向かってナイフを振り下ろす。が、モーガンは転がって避け、ナイフは硬い甲板にぶつかって砕け散った。そして今度は、体勢を立て直したモーガンがタイラーの首にナイフを突き立てようとした。が、タイラーはその勢いを利用して彼の体を抱えるようにして投げ倒し、仰向けになったモーガンの手を捻ってナイフをもぎ取った。しかしすぐにモーガンの脚がそこに飛び、ナイフはタイラーの手から離れた。タイラーは飛び退き、モーガンは外見とは裏腹に軽やかな動きで、跳ねるように立ち上がった。そして、口を開いた。
「お互い、道具を使って戦うのは苦手のようだな」
 タイラーは息を整えながら答えた。
「俺やお前みたいな、戦うだけが取り柄のケダモノには、丸腰で噛み付き合うのがお似合いなのさ」
「ハッ!違いない」
 モーガンはそう言って、拳を作って構えた。タイラーも同じように構え、姿勢を低くとった。
「獣の物語もここが終着点(ターミナル)だ!」

「コルト、俺はお前に空戦の術を教えた。そして、お前は俺を越えた」
 トムキャットがタイガーUの後ろをとり、機関砲弾をばらまいた。タイガーUはバレルロール回避、途中でエアブレーキを開き、ロールしながら減速。後をとった。
「大尉、あんたはなぜ戦うんだ。自由の為か?」
 タイガーUが機関砲弾をばら撒いた。トムキャットは急旋回して回避、そのままシザーズ機動を行い、タイガーUを前に出した。だが後ろにはつかず、反対方向に突き進む。
「そう、信念を持って自分の為に戦える戦場を求めて俺は逃げ出した。そして近い場所まで到達したが、しかしそれでも俺の心はお前に撃墜された時から変わらなかった!お前に落とされた瞬間、俺の魂はそこに縛り付けられたのだ!だから、今度こそ俺はお前に勝つ!」
 180度ロールし、ピッチアップ。スプリットSで転回し、トムキャットは翼を折りたたんで加速した。コルトも同じように転回する。
「機銃の残弾が少ない。コルト、準備はいいな!」
 ネイラーはそう言って、レーダーに従ってコルトに接近した。すぐにタイガーUの機影が見える距離になる。
「いくぞ!大尉!」
 コルトも同じように突っ込んだ。
「こいつで勝負をつける!」

「タイラー!お前は本当にこのままでいいのか!」
 モーガンはタイラーの顔面を殴りつけた。
「兵士など使い捨てだ!仲間が死のうと、生きていようと、上からすれば何事でもない!俺は現場で戦い続けたが、奴らにとっては俺達の生死など何事でもない!彼らの死は無駄だったのだよ!あの戦争でもな!」
「無駄だと!?」
 モーガンが打ち込んできた右拳を逆に右手で殴り、左手でモーガンの顎を打ち上げる。
「俺はこれまでたくさん仲間を失って来た!だが、共に戦った彼らの顔を、一度たりとも忘れた事は無い!」
「そんなものが何だ!脆い、一瞬だけの記憶だ!」
 モーガンは突き出された右手を左手で受け止め、右手でタイラーのみぞおちを殴り、そして背負い投げた。固い甲板にタイラーの体が叩きつけられる。
「俺は死ぬまでに成し遂げなければならんのだ!俺が生きているうちに、俺が戦えるうちに!」
 息を切らせながら起き上がろうとするタイラーの襟を掴んで、起き上がらせる。そしてそのまま一度、二度、三度と頭突きを食らわせる。手を放すとタイラーの体はよろよろと後ろに下がった。もう既にお互いボロボロになっている。
「一代で多くを変えるのは無理だ……。だから、人は次の世代に夢を託す。俺達に与えられた人生は一瞬だ。あんたの目的にはもっと方法がある筈だ……」
「お前に何が分かる!」
 モーガンの拳がタイラーの頬に直撃した。彼の体は人形のように力無く、甲板を滑った。タイラーは何とか立ち上がったが、体中が痛む。そして、また血を吐いた。
「俺はたくさん殺した。あんたの部下も、俺の仲間も犠牲にした……。拉致された後ずっと、俺は武器として育てられた。戦って勝つことだけが俺の価値だった。あんたと決着をつけなければならないと感じてた理由が分かったよ……」
 タイラーは震える手を握りしめ、構えた。
「俺は、ここで決着をつけて、過去を振り払う。俺が“人になる”きっかけになったあの事件を終わらせて、人として次の一歩を踏み出す!」
「俺と同じという訳か……。ならば来い!」
 タイラーはボロボロになった野戦服を引き千切って脱ぎ棄て、モーガンに投げつけた。モーガンがそれを払い除ける隙に彼の右手を掴んで曲げ、肘を掴んで押し、投げる。モーガンは体を反らせて着地し、逆に掴まれていた手でタイラーの肘を掴み、脇に肩を入れて背負い、投げた。タイラーは側転して立ち上がり、モーガンの方に向き直った。
 右フック、左アッパーの後、右脚をモーガンの胸めがけて蹴り込む。モーガンは姿勢を低くしてモーガンの正面に回り、顔に右アッパー、左フックを打ち込んだ。そしてよろけながら両者とも後ずさる。
「ウオオオオオ!!」
 雄たけびを上げ、同じようなタイミングで右足を蹴りあげ、クロスしてぶつかり合い、埃が舞う。反転、左足での後ろ回し蹴り、靴がぶつかり合い、紐が千切れ飛ぶ。また反転し、右手を突き出し合う。ボキッと鈍い音が鳴ったが、気にせず左手を繰り出す。交差し、お互いの顔面に直撃する。血が飛び散り、床を赤く染める。お互いよろけながら少しずつ後ずさった。タイラーは拳を作り、モーガンの顔面に叩きつけようとした。が、モーガンが先んじて、よろよろと前進しながらタイラーを殴り飛ばした。
「ぐあ……」
 タイラーは仰向けに倒れ、呻いた。首を持ち上げようとしたが、力が入らない。
 モーガンは膝をつき、四つん這いになって荒い息をしていた。
 そして、突然船が横に傾斜し始めた。
「まずい……!」
 タイラーは滑り、もう少しで海に落ちそうになった。寸前で力を振り絞り、踏んばる。が、そこにモーガンが滑って来た。力尽きたのか、意識が無い。
「うおお!」
 左手でモーガンのベルトをつかみ、右手で甲板の端を掴んだ。
「重い……!」
 火事場の馬鹿力とうやつか、まだ何とか二人分の体重を右手だけで支えていた。しかし、船全体が振動している。長くは持ちそうに無い。遠くに救命ボートが数台見えるが、戻って来る事は無いだろう。船は沈みかけているのだから、危険すぎる。
「くそォ!!!!!」

 まっすぐ敵機が突っ込んでくる。目で狙いをつけている暇など無く、接近すれば、後は勘に頼るしか無い。蒼輔とは違う。ネイラーなら確実にコックピットを狙って来るだろう。だが、その技術を持っているのはこちらも同じだ。その上、お互い残弾数は少ない。もし勝てる方法があるとすれば……
 敵との距離がどんどん縮まっている。もう少しで射程範囲内。
「行くぞ、コルト!」
 無線機から届く怒号。そしてコルトは……
 スロットルを一気にアイドルに戻した。エアブレーキを開く。それではまだ減速が不十分だ。ネイラーならその程度の誤差ならすぐに判断して修正出来る。コルトは左手でレバーを引いた。ドラグシュートのレバー。
 大きなパラシュートが打ち出され、展開される。さらに急減速。赤い十字のトムキャットが、残った機関砲弾を、一瞬のうちに全て吐き出した。そしてさらに接近する。射程範囲内にまで接近した時、コルトはすかさずトリガーを引いた。

 速度を落とし過ぎた為に、タイガーUは失速を始めた。機首が真下を向いたのですぐにドラグシュートを切り離し、速度を上げ、回復させた。海面すれすれで水平飛行に戻り、やや上昇する。トムキャットからの弾丸はキャノピーガラスに傷をつけていたものの、それも浅いものだった。それさえも引き裂けないほど、遠すぎたのだ。
 そして、ネイラーは……
「この期に及んで情け容赦なしとは、お前らしいな」
 片肺飛行のトムキャットが翼を広げ、ゆっくりコルトの隣を飛んでいた。レドームが割れているのが確認できる。
 コルトは間違いなくコックピットを狙っていたが、トリガーを引いた時点では既に失速が始まり、機首が下がり始めていたのだった。その為狙いが逸れ、銃弾はレドームを破損させ、右エアインテークに入り込んでエンジンを損傷させるのみに止まった。
「大尉こそ、よくトムキャットを片肺飛行で安定させられたもんだ」
「お前はファントムUやタイガーUでよくやっていたからな。負けてはおれんさ」
 ネイラー自信も傷は負っていなかった。コルトが無線を通じて呼びかける。
「大尉、これから何処へ?」
「後ろを見てみろ。母艦が沈んだ。行き場など無いさ」
「俺はこれから空母へ着艦する。大尉、ガーゴイルを再編するつもりは無いか?」
 ネイラーは耳を疑った。
「何だと?俺はお前を裏切って……」
「もし俺が空軍に居て、あんたが生きている事を知ったら、何としてもあんたを探し出してガーゴイルを再編するつもりだった。あんたほど信頼できる僚機は居ないからな……。そして、今度こそ俺は空に留まる」
「どういう事だ……?」
 コルトは酸素マスクを外し、口元を緩めて話し始めた。