第十七話
 青と白だけの世界に浮かんでいる筈なのに、見渡す限り灰色になっている。風防ガラスには雨粒がぶち当ってはへばり付き、すぐに後方へ吹き飛ばされていく。見えない事は無いが、この天候では標的機の黒いペイントが迷彩になってしまう。
「クソッ……何処に居る」
 コルトは苛立って言った。後席も後ろを振り向いて必死に探しているが、なかなか見つからないようだ。敵はF8E、クルセイダー。高い運動性能を誇る単発の艦載戦闘機。格闘戦になれば、コルトのF4Eはアフターバーナーを焚いて逃げ回るしか無い。クルセイダーとゼロ戦ごっこをやるには重すぎる。
「マクナイト大尉!後方……!」
 フライトオフィサがそう叫ぶと同時に警告が鳴り、間もなくして四丁の機関銃から発せられた銃弾のうち一発が、彼の体を叩き潰した。コルトは直前にラダーを蹴り、それ以外の被弾を避けた。そしてスロットルをアイドルまで引き、エアブレーキを開く。急減速、敵機が頭上を通り抜けて前方に出る。失速を防ぐためスロットルを戻し、ロックオンを試みる。が、今度は敵機が減速し、ロールしながら後方に戻って行った。黒い機体に、赤い十字架のペイント。サイドワインダーは無し、その代り増槽が付いたままだ。
 無線から声が聞こえて来る。聞き慣れた声。
「コルト、もう追って来るな」
 コルトは答えなかった。ロックオンされた事を知らせる警報が鳴り響いている。次には機銃弾が飛んで来るだろう。
「大尉、どうして逃亡なんか!」
 コルトはすぐに回避できるよう、操縦桿に手を添えたまま言った。自分でも驚くほど、悲痛さの溢れる声で。大尉と呼ばれたその敵機のパイロットは、しばし沈黙した後に答えた。
「もう御免だ。もう沢山だ。俺達は道具じゃない。俺達も意志を持った人間だ。ただ機械のようにトリガーを引くのは、もう嫌なんだ……」
「退役すればいい!」
「それでも空から離れたくはないんだ!軍を出れば、俺達は翼を失う。そうなれば、この音速に迫る翼で羽ばたく事は出来ん。俺は、俺の意志でトリガーを引ける場所へ行く……」
 コルトは殺気を感じ、いよいよ操縦桿を持つ右手に力を込めた。大尉は撃つつもりなのだ……。
「邪魔するな!」
 叫びと共に機銃が火を吹く。コルトは操縦桿を右手前に引き、バレルロールで回避した。数回ロールし、水平に戻った所でスロットルを最大出力、アフターバーナーまで押しこみ、操縦桿を引いた。急上昇し、雲を抜ける。高度を上げた所で出力を弱め、ピッチアップ。ループして元の水平飛行に戻り、クルセイダーの後ろに付いた。レーダー照射、ロックオン。本能的に、指がミサイルレリーズに触れる。
 次の瞬間には、F4Eのパイロンからサイドワインダーが発射され、間もなく着弾してクルセイダーのエンジンを引き裂いた。破片が飛び散り、炎に包まれながら機体が降下して行く。比較的緩やかな下降だ。
「大尉、レバーを……」
「コルト、達者でな」
 取り付けられた増槽に炎が燃え移り、一瞬のうちに全体が炎に包まれた。
「大尉!」

「大尉……大尉……」
「コルト!」
 タイラーの声を聞いて、コルトは目を開けた。
「ああ、悪い。またうなされてたのか」
「最近多いな……。出撃時刻まであと3時間だが、大丈夫か?」
「大丈夫だ。スーティングアップして機上で待機しよう」
 コルトは狭いベッドから出て、水筒を取ろうとした。しかしうまくいかない。よく見ると、右手が操縦桿を握って、トリガーを引いた状態のまま硬直していた。
 すかさずタイラーが水筒を取り、キャップを外してコルトの左手に渡す。
「すまない……」
 コルトはベッドに腰かけ、水を口いっぱいに含んで飲み込んだ。
「陽兵から連絡は?」
「昨晩の今朝だ。それほど多くない」
「奴の義理の兄、皐月の旦那は……」
 コルトはやっと元通り動くようになった右手でキャップを締め、水筒を仕舞って言った。
「確か、そう、蒼輔だ。アルからの情報には含まれて無かったのか?」
「いや、一応それらしきものがあった。“アジア人の捕虜二名、うち一名は死亡”とかいうものだ」
「それが蒼輔?」
「そうかもしれない、という話さ。ちょっと待て……」
 そう言ってタイラーは端末を操作した。無線回線が開く。
「どうしました?タイラー」
「陽兵、その蒼輔に関して情報はないか?特徴とか」
「そんなに目立つ人じゃないですよ、男前ではありますけど……。聞いたことがあるのは、模擬空戦ではここ三年ばかしの間は一度も負けた事が無いって事ですかね。あと、シャークティースのノーズアートが好きだって聞いてます」
「了解、ありがとう」
 タイラーは通信を閉じた。
「と、結局本人に関しては分からんな」
「だが、もし……」
 コルトは顔を上げて、タイラーの目を見た。
「もし、奴が敵に寝返ったら、俺じゃ勝てないかもしれない」
「そんな事は……」
「あったんだ!」
 コルトは立ち上がって怒鳴った。
「俺が最も尊敬していた人が、最も長く一緒に飛んでいた人が、裏切ったんだよ、過去に……」
「コルト……」
 タイラーはコルトの肩に手を乗せて、語りかけた。
「そんな事は無い。彼には帰る場所があるんだ。敵に寝返って、家族を泣かせるような事はするまい」
「ああ……そうだな」
 コルトは自分に言い聞かせるように、頷きながら言った。
「そうだったな。そうだ……」
「分かったら、そろそろ行こう。海賊狩りに出発だ」
 そう言ってタイラーはドアを開け、船室から出て行こうとした。が、一度立ち止まって、今度は沈み込んだ声で言った。
「だが、万が一にも蒼輔が寝返っていたとしたら、お前は撃てるか?」
 コルトは目を見開いて、タイラーの背中にそのまなざしを向けた。タイラーもその可能性を考えているのだろう。陽兵も敵に、ジャガーノートの復活に手を貸そうとしていたのだから、そうであってもおかしくはない。
「俺は……撃てないかもしれない」
 コルトはそう言って項垂れた。
「そうか……それを聞いて安心したよ」
 タイラーは振り向いて、コルトに微笑みかけた。
「お前は人間だ。戦争の機械ではなく、誰かの為に戦う人間だよ。お前なら最善の決断を下せる。自信を持って良い」
「ああ……」
 コルトは胃の底に広がっていたものが、いくらか抜けて行ったような気がした。だいぶ気が軽くなった。今なら空を自由に飛べそうだ。
「だが……」
 タイラーはまた背中を向けて、言った。
「俺なら撃つ」

 モーガンは資料を机の上に放り、頭の後ろで手を組んで、椅子の背もたれに体重を任せた。目を閉じて、ひとつ大きなため息を吐く。
 資料には米空軍の紋章がプリントされていた。そして、“ガーゴイル戦闘飛行隊”と呼ばれる部隊と、その隊員のリスト。そのうち隊長と副隊長を除いて、全員が戦死したとある。その隊長も部隊の壊滅から数日後、行方不明となっている。生き残っているのは独り、副隊長、コリン・マクナイト大尉。
「コルト……」
 ヘリコプターばかり飛ばしているのだと思っていたが、戦闘機パイロットだったとは。ともなれば、彼らの攻撃手段が幅を増す事になる。
 米海軍のものに紛れて一隻、多国籍の警備会社が保有する航空母艦が浮かんでいる。その実態は、ほぼ独立して動いている傭兵部隊なのだが。
 そこからパイロットを雇うまでの金はあるまいが、戦闘機ないし攻撃機を一機借りるぐらいなら、彼らの今の全財産をはたけば叶う筈だ。同航空母艦の主力は、攻撃任務での運用にも耐えるF4E艦上戦闘機。他に戦闘機としてはF14の改良型が数機あるようだが、よっぽど金を積まれなければ、虎の子のトムキャットを差し出すような事はないだろう。それに、コルトはファントムUに搭乗していたとある。出て来るとすればそれだ。
「そうだな、奴はもう片方がよほど自動化されたものでもない限り、自分が飛ばした事のある方を選ぶだろうよ。『高性能であっても、慣れない機体では思うように飛べない』と言ってね」
 口ひげを生やした男が、そう言ってモーガンのコーヒーカップを取り上げた。ズズ……と音を立てて飲み干し、音を立てて机に置く。モーガンは不快な様子を見せるでもなく、資料のうち一行に記された名前を読んだ。行方不明と記されている、その行の名前。
「フレデリック・ネイラー、空軍大尉。ガーゴイル隊、隊長。コルトの軍歴を調べ直して、お前を中東から連れて来たのはどうやら正解だったようだ」
「だがね、俺はコルトに撃墜されたんだよ」
 ネイラーは椅子に腰かけて、袖をまくり上げて腕を見せた。一つ、古い火傷の跡が残っている。
「不利な状況だったんだろう?」
「俺のクルセイダーはミサイル無し、増槽を抱えて逃亡中だった。向こうのファントムUは会敵と同時に増槽を捨て、スパローも投棄。最初にフライトオフィサが死んだ筈だからな。あとはサイドワインダー四発だった。だが、俺が機関砲を掃射して減速した時、奴は急上昇したんだよ。俺がスロットルを押しこんで操縦桿を引いたが、速度が上がる前に奴は後ろについていた。奴は容赦なくミサイルを撃って来て……俺は墜ちた」
「話を聞くだけではよく分からんが……」
「奴は強い、そう言いたい。覚悟、度胸、冷静さ、残忍さ。人間性も残ってはいたが、ほとんど戦闘マシーンと化していた。敵を捉え、トリガーを引く。他には集中力だけが取り柄の男だったよ。あの後他の部隊に移ったのだとすれば、いくらか変わったのかもしれないがな」
 そう言って、ネイラーは前髪を掻き上げた。額には傷がある。
「俺も奴もパイロットだ。俺も奴も人間だ。だが、俺はアーティストであり理想家だった。そして奴は兵士であり現実主義者だった。丸腰の者でも撃てと言われれば撃つし、よほど腹の立った相手だったとしても、撃つなと言われれば撃たない。尤も、攻撃対象を怒り狂ってめちゃくちゃに叩き潰した事はあったが、よしとしたものさ。そのお陰で地上部隊は撤退に成功したんだからな。しかし今の奴は変わっているかもしれない。もしそうだとしたら、俺にも勝てる可能性が出て来る」
 自分の世界にのめり込んでいる様子のネイラーに、モーガンはもう一杯コーヒーを注ぎながら言った。
「理想家のお前が、なぜ我々に協力するつもりになった?我々がやろうとしているのは世界の平面化だ。それもかなり荒々しい手段を以てな。だがそれもドーベルマンを叩き潰せなかった以上、失敗する可能性さえ出て来ているが……」
「俺の目的はコルトと戦う事だ」
 ネイラーは何事でもないように、平然として言った。
「そうだ。お前には改良型F14Aの部隊を率いてもらう。ドーヴは自動安定化装置が無ければ少しと飛んでいられず、ストールするような機体だからな。あれが使用不能になった時の為にエンジンを換装したF14と、さらにF5E/Fを改造して艦上戦闘機化したものを置いてある」
「タイガーU……偵察に使うのか?」
「中東の傭兵部隊に軽戦闘機乗りのエースが居るだの何だのとのたまったパイロットが何人か居てな。まぁコストの掛からない軽戦闘機も、訓練用にあった方が良いという事で、台湾に送られる予定のものを二機入手して改造した。単座のE型とF型を一機ずつな。F型の方は訓練用にスタンバイ状態で待機している。乗ってもいいぞ?」
「F5A……フリーダムファイターの方だ。あれの実験改良型に乗った事があるが、俺は好きになれなかったよ。コルトはひどく気に入ってたが」
 そう言って、ネイラーはふと気になった事を聞いてみた。
「ところで、クルセイダーやドラケンやタイガーシャークや、あの前進翼の奴やなんかは無いのか?」
「クルセイダーは分かるが、ドラケンはまず入手不能だ。タイガーシャークって何だ?」
「いや、すまない。どうやら中東で日本の漫画を読み過ぎたらしい」

 蒼輔の寝床は狭い牢獄から、空母のそれにしては広い個室に移った。空自の基地のものよりも高そうなベッドに、十分な広さの机。その上に寂しく乗っている、戦闘機パイロット用のヘルメット。黒地に、頬の部分にはシャークティースを描かせた。バイザーの格納部分には凶暴そうな目が描かれている。今頃、彼の乗るドーヴにも同じノーズアートが施されている頃だろう。ステルス性を欠くとしてモーガンは渋ったが、防衛任務のみに運用されるのなら問題無いと言って、無理やり描かせる事になった。
 彼はこのペイントが好きだった。これがあると、自らの精神的な弱さが隠せるような気がしていた。
「皐月……。俺は、一体何をしているんだ」
 ベッドに腰掛け、項垂れて呟く。どうやら全てのドーヴに自爆装置が有り、モーガンの手先ひとつで吹き飛ばせるようだ。F14もあるが、こちらも厳重に見張られている。唯一F5Fの艦載型があり、実弾訓練用に武装も施されているが、これでは逃げ切る事は出来そうにない。逃亡は難しい。だが、逃亡するべきではないのかもしれない。
 もし上手くいけば、世界中から核兵器が無くなるか、或いは誰も持ちたがらないようになるかもしれない。日本はそうだ。今や日本人は核アレルギーともいえる状態に陥っている。同時核攻撃によってこれが世界中に拡散すれば、人類は核を手放すかも知れない。大勢死ぬ事になるだろうが、それによって核兵器の恐ろしさが実感される。
「核兵器なき世界か……」
 蒼輔には、それが理想郷に思えた。新たな家族と過ごすにふさわしい、理想郷に。

「でも、核兵器が無くなるという事は……」
 陽兵はコーヒーカップを置いて、言った。
「新たな灼熱の戦争を生むという事になりかねない。実際、第二次世界大戦以降、世界を巻き込んだ大きな戦争が起こった例は無いんだ。核兵器は世界のバランスを、危うくも保っているものの一つだ。それに、そもそも核兵器のある場所は地上だけじゃない。潜水艦もまた有効な核攻撃プラットフォームだ。自動化の進んだ攻撃機もまた然りだが、だが奴らがやろうとしているのは世界の征服ではなく、平面化だ。全く、無茶苦茶だよ」
「独立国家の創造だとか、そういうものじゃなくて、爆弾を落とすだけ落として、後は好きなようにやれ……という訳ね」
 アニタがヘッドセットをつけたまま言う。すると、タイラーの声が聞こえて来た。
「奴はかつて独立国家の建設に協力していた。だが、今は違う。奴は……ただ戦いを求めているだけのようにも見える。理想郷を語ってスポンサーを集めながらも、別の所では新しい戦火を語って別のスポンサーを集め、奴自信も戦いを望んでいる。先進国様々のやっているような電子戦や核戦争シミュレーションではなく、戦闘機や歩兵や戦車や戦艦や、そういったものが正面切ってぶつかり合うような戦いをだ」
「戦争の何が良いっていうの……」
 アニタが聞く。
「死ぬのは兵隊だけじゃないわ。女も子供も大勢死ぬのよ?」
「そうだな……」
 タイラーは沈んだ声で答えた。何か言いたかったが、適当な言葉は見つからなかった。
「とにかく核攻撃を許すわけにはいかない。タイラー、こちらからは何もできませんが……」
「ああ、絶対に止めてみせる」
 タイラーはそう言って無線を切った。陽兵はもう一杯コーヒーを注いで、すすった。
「分からないな……」
「何が?」
 アニタは不思議そうに首をかしげる。
「いや、何でも無い。ただ、自分がやってる事が本当に正しいのか……」
「正しいかどうか、誰も決められはしない。ただ、昨日した事、今日した事、明日やる事の積み重ねが、未来を作る。俺達はただ進むだけだ」
 コルトの声が聞こえる。
「ああ……そうですね」
「俺は、俺達が正しい事を信じている」
 そこまで言って、コルトも回線を閉じた。

 甲板上で派手な色のジャケットを着た甲板要員が慌ただしく動き回っている。うち二人が、一機のファントムUの降着装置をカタパルトに接続する。コルトが後ろを振り返ってラダーペダルと操縦桿を操作すると、彼の思うままに動翼は稼動した。エンジンも問題無く作動している。
「発艦なんて五年ぶりだ。緊張するよ」
 コルトは酸素マスクを取り付け、後席に呼びかけた。コルトと同じ白のヘルメットを被り、耐Gスーツを着込んだタイラーは、特に不安な様子は見せていない。
「俺は初めてだ」
「だろうな、ゲロ吐くなよ」
 後方に噴射炎を逃がすための板が立ちあがり、射出要員が発艦準備完了の合図を、踊るようなサインで示す。彼らに敬礼を送り、コルトはスロットルをMAXアフターバーナーに押し込んだ。カタパルトが彼らを引っ張って前進し、数秒とたたずに重い機体が飛びあがれる速度まで達する。紺色に塗装された彼らの翼は、揚力を手にして灰色の滑走路を蹴り、重力に逆らった者のみが、鳥や羽虫のみが達する事の出来る世界へと飛びあがった。
「さぁ、最終決戦場まで空のクルーズだ。燃料を食う高機動飛行はしないから安心してくれ。だが、会敵したら覚悟しろよ?」
 コルトは前を向いたまま言った。
「ああ、分かったよ」
 タイラーは後席で、キャノピーの枠に取り付けられたフックを掴んでじっとしていた。前面、コルトの射出座席の背面にはレーダーディスプレイが、足下には操縦機構が設けられているが、そのどちらも扱えないタイラーには、特に出来る事が無い。
「なぁ、コルト。俺は何をすればいい?」
 タイラーにそう尋ねられ、コルトは計器類に目を向けたまま答えた。
「そうだな。ドッグファイトになったら目は多い方が良い。敵機に目を向けて置いてくれ」
「それまでは何を?」
「そんなに時間は無いだろうが……そうだな、何か話してくれ」
 コルトはそう言って、キャノピー枠に取り付けられたミラー越しに、タイラーの顔を覗いた。口を曲げて、何やら考え込んでいる。そして、あー、と間の抜けた声を出してから言った。
「そうだな、ああ。コルト、恋人は居るのか?」
「おいおい……そんな事か。居ればこんな所でタイトロープ渡っちゃいられないさ」
「確かにそうだ。なら、やっぱり皐月に?」
「一瞬はそういう気も起こったが、亭主持ち相手にそういうのは良くない。そういうお前はどうなんだ?アニタには」
 そう言うと、鏡の向こうでタイラーが口を尖らせた。はぁー、と一つ溜息を吐いて、彼は情けなさそうに微笑んだ。
「ああ、そうだな。でもよく分からない。好きだとか、愛してるだとか、そういった感情は何だか難しくってな。ただ、今のあいつには陽兵が居る。俺の役目は別にあるんだ」
「そうだな……」
 コルトはHMDを確認した。目標まで4マイル、もう少し飛べば目視できる筈だ。一度切っていた回線を開き、陽兵に声をかける。
「こちらドーベルマン。作戦目標に接近している。情報は?」
 陽兵はすぐに応答した。
「空自、海自のレーダーリンクにハックしています。同航空母艦より艦載機1機の射出を確認、しかし間もなくロスト。敵のステルス戦闘攻撃機かと思われます」
「了解」
 コルトはそう言って、レーダーレンジをオンにした。まだ敵は視認出来ていないが、すぐに後方に現れるだろう。
「タイラー、おそらく敵が出て来る。後方を警戒していてくれ」
「了解、敵の特徴は?」
 タイラーが無線越しに聞く。すぐに陽兵から応答がある。
「可変前進翼、推力偏向ノズル、カナードを装備。尚、ステルス状態での飛行も可能」
「化け物め……」
 コルトが周りを見渡しながら言った。そんなものにファントムUで敵うのだろうか?しかしこれ以外に使える機は無かったのだ。武装はサイドワインダー四発と、無誘導爆弾四発、機首機関砲。増槽は会的したらすぐに切り離してやる。
「どこに居る……」
 射出されてからしばらく時間が経っているのだとすれば、もう既にこちらを射程範囲内に捉えている筈だ。様子を見ているのか?
 と、急に足元が氷漬けにされたような感覚に襲われた。高高度なので無理は無いか?いや、違う。これは……
「下か!」
 コルトはそう言うが早いか、操縦桿を横に倒して180度ロールした。天地がひっくり返り、頭上に海が広がる。と、ぴったりこちらの後方、下側につけている機が一機。暗色でカラーリングされた、今まで見た事の無い機体。背面で飛行中かと思ったが、そうではなくキャノピーが無いのだと分かった。
 その機がこちらに機首向ける。ロックオン警報、コルトはさらに90度ロールして急旋回を行った。警報解除、一旦は回避できた。ただ、向けられた機首に描かれていたあの凶暴な牙と目は……。
「やめろ!やめるんだ!」
 タイラーも気が付いていた。無線越しに、敵機に向かって叫ぶ。
「やめるんだ!蒼輔!!!!!」