第十六話
「タイラー、コルト、準備はOKですか?」
 陽兵が二人に問いかける。
「忘れ物は無い。必要な資料も全て受け取った……と言っても、役に立ちそうなものは何も無いが」
 と、タイラーが答える。陽兵はひとつ頷き、ポケットから二つの電子端末と、コードの先にヘッドセットと透明の板が付いたようなものを取り出した。
「これを持って行って下さい。さっき急遽通信を受けたので、デコード出来たものからこの端末に送信します」
 タイラーとコルトは受け取って、それを自分の頭に取り付けた。電源を入れると、左目の上に被さるように付いた透明の表示板に、半透明の地図や、通信状態を示すアイコン等が表示された。他にも表示可能な領域が残っている。
「HMD(ヘッドマウントディスプレイ)か、どうやって手に入れたかは、まぁ聞かないでおこう」
 そう言ってコルトは周囲を見渡した。
「ファントムUの計器と連動できるように調整してあります。機を貸してくれる航空傭兵部隊にも連絡してあるので、繋げば即使える筈です」
「了解だ」
 コルトはそう言ってインディアン・スカウト101に跨った。ハリアーとの合流地点までこれで移動する。大きなサイドバックに必要な荷物二人分を収め、彼ら自身は皮の上着とジーンズという普段着だった。着替えはハリアーの乗員が持って来てくれる。
「そうだ、タイラー。ずっと開けておくようにって言っていた、あの周波数は……」
 陽兵はそう言って、インディアンの方に向かおうとしたタイラーを呼びめた。タイラーは、ああ、と言って答える。
「あれは俺達が出会った時の事件で、仲間内での通信に使った奴だよ。アルがもし生きていたら、その周波数を使って来るだろうと思ってね。実際、あいつはそれを使って来た」
「素晴らしいチームワークですよ、まったく」
 陽兵はそう言って笑った。タイラーは首を横に振りながら、だが微笑んで言った。
「だが、お前の愛情とやらもたいしたもんだよ」
 陽兵は誰にも話さなかったし、見せもしなかったが、彼がアニタにカウンセリングを行っていたのをタイラーは知っていた。臨床心理学の本をボロボロにし、手当たり次第それに詳しい知り合いに電話をかけながら、だ。
「だが、俺は彼女を危険に晒した。それに、あの連中に従ってた男なんだ……」
「お前の行動は家族を思えばこそだった。よく俺達に味方をしてくれた、感謝している。俺達は何が何でも奴らを潰して来るよ。奴らの射線をお前達に向けさせはしない」
 それだけ言うと、タイラーは風防付きジェットヘルメットを被ってコルトの後ろに乗った。コルトもそれを確認して同じ型のヘルメットを被り、エンジンを始動させた。腹の底まで届くような音が響く。
 タイラーは無言で小さく敬礼をした。陽兵もそれに倣って、二人に敬礼を送った。
 間もなく手を下ろすと、タイラーはコルトの肩を叩き、それを合図にしてコルトはギアを入れた。力強く前に進み出し、轟音と共に加速する。彼らの姿はすぐに曲がり道の向こうに消え、その心強い排気音も徐々に遠くなり、程無くして聞こえなくなった。
 傭兵はその方向を寂しそうな眼差しで見つめていたが、後ろから聞こえた声に目を覚ました。
「タイラー達は行ったの?」
 寝巻き姿のアニタだった。
「ああ、今さっき出た」
「また戦うために?」
「そう、俺たちや……もしかしたら世界の為に」
 タイラー達は今回の作戦で、残っていた資金を全て使い果たした。それでも装備は十分ではない。武器は自動拳銃のみで、コックピット内で邪魔になるカービン銃は置いて行った。尤も、彼らにとっては十分だろうが、タイラーは体に不調を訴えていた。
 いや、彼自信の口から語られた事は無かったが、見ればすぐに分かる事だった。体力の急激な衰え、吐血、激しい腹痛、頭痛。他様々な症状から、複数の病気が併発したように見てとれた。
 だが、それでも戦うつもりなのだ。
「さあ、家の中に戻るんだ。忙しくなるぞ」
 ここから出来る事はあまりにも少ないが、それでも彼らの支援をしてやらなければならない。先ずは暗号化された情報をデコードし、タイラー達の端末に送信する。連絡手段を維持し、可能ならば実際的な支援も行いたい。
 少しでも多く、出来る事をやるんだ。

 彼らがその兵器を手に入れた夜から、つまり、彼がその狭い営倉に捕らわれてから一週間がすぎ去った。他の兵士達と同じような、良い食べ物を与えられるのは有難いが、ただそれだけでは不安をぬぐい去れなかった。彼はこの日、ついに一人ぼっちになってしまったのだから。
 未確認機に撃墜された時、蒼輔の後ろに座っていた山本一尉は、ベイルアウト時に自機の破片を受けて死亡していた。直接それを見た訳では無い。着水した後でズタズタに引き裂かれた彼の死体を発見し、そこから推測しただけだ。半ばパニックに陥った状態で、機体姿勢も速度も確認しないまま、フェイスカーテンハンドル(射出座席、頭上に設けられ、使用時に顔面を保護するようになっている射出ハンドル)を引いたのだから無理も無い。自分がこうして生きているのも、奇跡のようなものだ。
 撃墜された二番機の方は、パイロットの方が射出に一瞬遅れて死亡、先に射出されたフライトオフィサが重症を負いながらも敵に回収され、同じ部屋に収監されていたが、彼は三日後に状態が悪化して死亡した。振る舞われた酒を飲み干し、嬉しそうな表情で逝った事だけが救いだろうか。
 そしてさっき、向かいの営倉に捕らわれていたアメリカ人の元将校が殺された。こっそり抜け出して破壊工作を行っていたようだが、通信室で捕らえられて処刑されたらしい。その銃声は狭い廊下を反響して、蒼輔の耳にも届いていた。
「皐月……」
 彼女の肌の暖かさが、まるで今も触れているかのように思い出された。早く帰ってその頬に触れたい。彼女は今も寂しい思いをしているだろう。
「やぁ、ミスター川上」
 初老の男の声で、蒼輔は想いを巡らすのを止めた。重い戸を開け、手を拭きながら入って来た男は、ここのリーダーらしい男だった。名前はモーガンというらしい。
「その手、あなたが撃ったのか?」
 蒼輔はモーガンの右手を見て言った。モーガンは、そうだ、と言ってふふんと笑った。
「数年前の借りを返したまでだ。だが、私ほどの幸運は、彼は持ち合わせていなかったがね。尤も、まだ返し切った訳ではないが」
「このデカブツで何をやる気なんだ?」
「ふむ、まぁ教えてやろう。パイロットはたくさん欲しいからな」
 そう言うと、モーガンは部屋の奥まで入り、備え付けられている小さなパイプ椅子に腰かけた。
「この潜水航空母艦は、核戦争に耐えうる性能を持っている。そして、核ミサイルを発射する事が出来る。それも、広域に壊滅的な被害を与える事の出来る、いわゆるMIRVというやつだ」
「馬鹿な……世界を相手に出来るような代物だ」
「その通りだが、目的はそれではない。世界を滅ぼす事だよ」
「何だって?」
 蒼輔は耳を疑った。モーガンが構わず続ける。
「核戦争に耐えうると言ったが、それは潜行した場合だ。しかし、あの男のせいで潜行不能に陥っている。修理も不可能ではないが、それは我々だけの力では無理だ。そして、核ミサイルも奴が海中に投棄した。殺した後に分かったのだが、奴は機関室に押し入る前に火器管制室も襲っていた。もはやこの艦はただの航空母艦にすぎない」
「計画は失敗か?なら……」
 そこまで言って、蒼輔は初めて気付いた。目の前の男はそれでも全く動じていない。
「いや、まだだ。航空機に搭載可能な核ミサイルがある。こちらは全く問題無く運用できる。そしてそのプラットフォームも……」
「航空機があると?」
「言ったろう、航空母艦と。ついて来い」
 そう言ってモーガンは鍵を放って渡した。蒼輔がそれで手錠と足かせを外したのを見ると、立って戸の向こうまで出て、手招きした。蒼輔はそれに従った。
 狭い通路を行き交う兵士達とようやくすれ違いながら歩いていくと、間も無くしてハンガーに到着した。一通り歩いて回ると、何機もの艦載機が駐機されているのが分かった。だが、妙だ。そのうちの数機をなぜか空軍型であるF4Eが占め、最新鋭機であるF14が四機ほど駐機してある。その他は訳の分からない、特異な形状をしている。特に目を引いたのは、キャノピーが無いという点だった。
「始めて見るだろう。だが、上がるともっとすごいぞ」
 モーガンは嬉しそうに言った。
「こいつが核ミサイルのプラットホームだと?」
 蒼輔は怪訝そうな眼差しを、その異形の航空機に向けた。自分を落とした機だが、しかしあれは前進翼を持っていたと思っていたんだが。それに、あの運動性と防御攻撃。
「君が見たという光の鞭というのは、フレアを見間違えたんだよ。この機はチャフ・フレア放出も自動的に行う」
「化け物のようだった。こいつで何をする気だ?」
「平和を取り戻すのさ」
 そう言ってモーガンは駐機されているもののうち、ひとつを見つめた。蒼輔はそれを聞いて鼻で笑った。
「そう言って他の連中や情報を集めて来たのか?本当の目的は一体何だ」
「国家間、民族間、他様々なる貧富の是正。大いなる破壊を以て、全てを平等にする」
「馬鹿な!一度核兵器に汚染されれば、その地は死ぬ。未曾有の大恐慌が起るぞ。人もたくさん死ぬ」
「ああ、だが我々が攻撃するのは核保有国だけだ。米国、ソ連、中国、その他の核武装国家の攻撃施設、並びに製造工場を破壊する」
 そう言ってモーガンは蒼輔の方を向いた。
「痛快だと思わないか?」
「ふざけるな。そんな事が出来ると思ってるのか?確かにこいつはレーダーに映らないが、それで仮に攻撃出来たとして、報復攻撃の可能性は考えないのか?東側陣営からの報復となれば、日本もただでは済まないかもしれない。そんな事はさせないぞ」
「君の政府もそう言ったよ。だからこう言ってやった『邪魔をするならそちらを攻撃する』とな。あと、諸外国に漏れないように最大限の努力をする事も誓わせたよ。珍しく、どこにも漏れていないようだ」
 そこまで言って、モーガンはエレベーターの上に運ばれた一機を指差し、蒼輔をそこに連れて行った。近付くと乗降用ラダーが自動的に展開され、先にモーガンが後席によじ上って、蒼輔に前席に乗るよう促した。
「待ってくれ、ヘルメットも耐Gスーツも着用してないんだぞ」
「問題無い、早く乗れ」
 蒼輔は諦めてラダーにつかまり、駆け上って操縦席に滑り込んだ。警報が鳴り、エレベーターが甲板上へ上昇する。間もなく駆動音が停止し、彼らは機と共に甲板上へ出た。
「さて、ひとつ技量を見せて貰おうじゃないか。お前に核攻撃をやらせるつもりは無いが、この空母を守る機は一機でも多く欲しい。協力できないと言えば……分かるな?」
 そう言ってモーガンは何かスイッチを操作した。操縦席が沈み込み、頭上を金属のカバーが覆う。
「……分かってるよ」
 暗闇の中で、蒼輔は小さな声で呟いた。周りが明るくなり、全身をベルトのようなものが数本巻き付き、それがふくれて身体の自由がきかなくなる。いや、違う。足元は他よりも強く締め付けられているのだ。これは耐Gスーツと同様の機構だ。後席も同様のようだが、しかしこれでは操縦桿を握れないのではないか?いや、実際には手も足も動いた。水平感覚をつかむと、シートのリクライニング角がかなり深くなっているのに気付く。操縦桿は右手側に配置され、スロットルレバーは一本しか無い。ラダーペダルは特に変化は見当たらないが……
「こいつは艦載機なのに単発なのか?」
 後席に向かって聞く。
「いや、双発だよ」
「となると、自動化されているという訳か……しかし、周りが見えないぞ?」
「待て、すぐに見える」
 そう言ってモーガンが何かスイッチを入れた。間もなく頭上に曇った空と、足下に滑走路が見えた。まるで中に浮いているかのように……。
「何だこれは?」
 そう言って後ろを振り向くと、不気味に笑うモーガンの顔と、自機の垂直尾翼が見えた。翼は展開して前進翼となり、機首側面にはカナードが飛び出している。
「驚いたか?無理も無い。ほんのこの前中南米で発生した事件のデータも参考にして、我々が製造したものだ。しかしまだ序の口だ」
「飛べと言うのか?確かにこれなら飛んでも問題無さそうだが、俺は発着艦は数える程度しかやってないんだぞ?」
「問題無い、全て成功したんだろ?だが、こいつは普通の艦載機とは違う。垂直離艦するぞ。こちらで操作するから捕まってろ」
 エンジンノズルが下方に向き、力強い排気音と共に機体はほぼ垂直に浮き上がった。乗った事は無いが、ハリアーと同じ機構だ。ある程度まで浮き上がると、ノズルを元に戻し、高度5000フィートまで急上昇する。そこで水平飛行に戻って、モーガンが口を開いた。
「よし、ここからは好きにやってみろ。ユーハヴ」
「アイハヴ」
 蒼輔はそう答えて操縦桿を捻った。全く動かないので故障かと思ったが、しかし確かにエルロンは動き、機体はロールした。どうやらかけられた圧力を感じ取って、電気信号で動作を伝えているようだ。
 一度水平飛行に戻ってから、再び機体を右に投げてバレルロールし、直後に急上昇、スロットルを引き、操縦桿を引いて機首を下に向け、急降下。ブラックアウトを起こす筈だが、体にかけられる圧力が部位ごとに調整されているようで、まだ耐えている。
 また水平飛行に戻り、今度はスロットルを押し込む。ファントムUとは打って変わって伸びの速い加速で、目の前に、まるで中に浮いているかのように表示されている計器は、早くも音速の三倍を示していた。後を振り向くと、翼の先半分が元半分に重なるように折り畳まれ、カナードも機首にぺったりと折り畳まれていた。操縦桿に力を加えると、低速時ほどではないにしろ、思い通りに機動出来た。エンジンノズルが稼働する仕組みになっているのかもしれない。
 蒼輔は一通り動かして満足すると、速度を落として後席のモーガンに声をかけた。
「どうだ、爺さん。気を失ってないか?」
「古傷がうずき出したが、問題は無い。自動操縦で戻るぞ」
「分かった。ユーハヴ」
「アイハヴ」
 モーガンはコントロールを受け取ると、前席の射出座席に設けられたパネルを操作して自動操縦をオンにした。この機構は全席にも、疑似パネルを側面の手の届く位置に表示する事で設けている為、パイロットのみでも全ての操作を行える仕組みになっている。
 蒼輔は勝手に流れていく景色を眺めながら、ふぅ、とひとつ溜息を吐いてから言った。
「この機、名前はあるのか?何機ある?」
「形式番号は無いが、一応名付けてある。D・O・V・E、ドーヴだ。こいつを入れて全部で10機ある。ただ、問題はステルス状態を維持したままでの兵器搭載量が、決して多くは無いという事だ。胴体側面の展開式レールにサイドワインダーを装備する他は、胴体下のウェポンベイに増槽二つと核ミサイル一発を搭載するのみだ。他には航空機関砲ぐらいだよ」
「可変前進翼機構と内臓式ウェポンベイの影響で、機内燃料を搭載するスペースが減少したという訳か。だから遠くへ行くには増槽が必要になる。しかし、それは核攻撃時のみの話だろ?」
「その通りだ。君の搭乗機にはサイドワインダー二発の他に、フェニックス二発とスパロー四発を搭載する。逃亡しようと思っても海上に落ちるから気をつけろ」
「逃亡すれば、これだけの技術力を持つお前達の事だ。仮に成功したとしても俺の身内を殺すぐらいの事は容易いんだろう?お前達の邪魔をしても同じ。そしてもし俺が手を抜いて艦が攻撃されれば、攻撃機は支援を失う訳だ。攻撃対象が完全に沈黙しなかった場合、俺の家族も危ない。そういうつもりだな?」
 それを聞くと、モーガンは声を出して笑った後に答えた。
「頭が良いな。家族を想うなら妙な考えは起こさん事だ。なぁに、お前達にとっても悪い取引ではない。世界が核の脅威を直接受ければ、積極的に非核運動を行っている日本は見直される。お前達の暮らしも良くなる筈だ」
 そんなに困っている訳では無い、と言おうとしたが、無駄だと悟って蒼輔は黙り込んだ。しかし抑えきれない思いは、ぼそりと彼の口からこぼれ出した。
「狂っている……」
 DOVE、鳩、平和の象徴の名前を持ったその戦闘攻撃機は、再び翼を広げて巣を目指した。

 合流ポイントは、陽兵の家から2時間ほど走った先の小さなテニスコートだった。いや、元テニスコートで、現在は誰も近寄らない。陽兵の話によれば、茂みに何匹も蛇が住み着いているとして、立ち入る者が居ないのだそうだ。実際、小さな子供が丸のみにされたという噂もあるらしい。それでも茂みを焼き払わないのは、その蛇たちがそこから離れて人家に忍び込んだ事はないというのと、そのテニスコートも人里からかなり離れているので、費用をかけて整備する理由が無いという事からなのだろう。
 コルトがインディアンのパワーに任せて山道を駆け上がり、そこにたどり着いた時には、もう既に日が出ていた。HMDの隅に表示されている時刻は午前4時、腕時計も同じ時刻を指している。キーを捻ってエンジンを止めると、インディアンのライトが消えたが、それでも周りが見渡せる程度の明るさだった。すぐそこにあるテニスコートに目を配る。それほど広いという訳ではないが、小型なハリアーには十分な広さだ。
「合流ポイントに到着、合流時刻まであと10分」
 タイラーはそう言ってヘルメットを脱ぎ、インディアンから降りて、後輪の側部に取り付けられているサイドバッグを開いた。コルトもすぐに降り、反対側のサイドバッグに手をつける。取り出したのはコンパクトにまとまったバッグ一つだけで、中には自動拳銃と予備の弾薬、非常用食料に、近接戦闘用ナイフ。渡された資料はHMDに転送されているので、もう処分しても構わないだろう。
 コルトがインディアンに防水用のカバーをかぶせ終わった時、HMDに接続されたヘッドセットから呼び出し音が鳴った。DOBERMAN MOTHERと半透明の文字が表示され、すぐに回線が開く。
「こちらマザー。ドーベルマン応答せよ」
 陽兵の声だ。すぐにタイラーが答える。
「こちらドーベルマン。良好だ」
「受信した情報のデコードが一部完了しました。転送します」
 二人のHMDに、先ず数字の羅列と血液型、そしてアルの名前と陸軍時代の所属と階級が表示された。見憶えのある情報、そう、ドッグタグに刻まれている情報だ。
「その、つまり……」
 陽兵はそこまで言って言葉を詰まらせた。コルトはそれを見たとたんに目を丸くして、少しよろけながらインディアンに腰かけた。タイラーは首を横に振って、溜息を吐いた。
 これはアルの認識票だ。彼本人の認識票が戦友の手につかまれる時といえば、それは持ち主が死亡した時だ。軍隊なら、それを持って帰って死亡を報告する事になる。しかしアルの仕える軍隊は、今や何処にも無かった。これは彼の、彼から送られた死亡通知だ。
「分かってる。続きを頼む」
「ええ……」
 そう言って陽兵は次の情報を表示した。写真、潜水艦のようだが、上部が開いて滑走路のようなものが表れている。HMDでは細かく表示されない。
「これが敵の兵器だそうです。潜水航空母艦とでも言った所ですかね、日本軍が大戦時に同じような物を作っていたという話ですが……」
「潜行出来る空母か。普通なら驚くところだろうが、驚かんよ。奇抜な兵器は見慣れたからな」
 タイラーはマイクに向かってそう言った。陽兵が、そうでしたね、と言ってから続ける。
「この潜水空母、コードネーム:ジャガーノートは、核ミサイルを発射する事が出来るそうです。しかし、あなた達の仲間、アルが潜水機構と核ミサイル発射機構に破壊工作を行ったと記されている」
「なら、もう恐れるべき事は何も無いんじゃないのか?」
 そうコルトが言った。
「いや、彼らは核攻撃手段を全くもって失ったという訳ではないんです」
 タイラーははっとした。
「まさか……あの……」
「いや、あのSADMはそれに使われていた訳ではない。ジャガーノートは原子力で航行する艦で、同時に核戦争を想定して建造されたのだと記されています。それも、第二次大戦末期に、ドイツで。そして日本に送られた後、竹島近辺に沈められた。異常な核汚染を受けて初めて起動するようにプログラムされた後に……」
「めちゃくちゃだ」
 と、コルトが言った。
「原子爆弾がやっと出来上がった時期だぞ?その時に原子力潜水艦なんて完成していなかった筈だ」
「そう、完成していなかった。核ミサイルやなんかはおそらく組織が運び込んだんでしょう。そして、大急ぎで放射能遮断を許容できるレベルのものにして、補修を済ませた」
「……いずれにせよ、艦からの核攻撃は不能になっている訳だ。それで、彼らに残された手段というのは?」
 タイラーの問いに、陽兵は次の写真を表示させてから答えた。その像は戦闘機に見える。
「高性能戦闘攻撃機による空爆。攻撃対象は、核保有国すべて」
「そんな馬鹿げた事を考えるような奴は、俺はまだ一人にしか会ったことが無い。そいつの考える事だとしたら、それで世界が平等な状態に戻るというつもりなんだろう。核兵器が国家間の力関係を決定的なものにし、皮肉にもそれによって不平等で危ういものだとしても、一応の平和を保っているという事にはお構いなしだろう」
「核の拡散を終わらせる目的なのか、兵士の存在意義を見直させるのが目的なのか、それは分からんが……とにかく、奴ならやりそうだ」
 コルトがそう言って立ち上がった。ジェットエンジンの音が遠くから近付いて来ている。待ち合わせの時間の一分前だ。そろそろタクシーが着く時間だ。
「首謀者はモーガン、モーガン・グレッグソン。三年前の、ドーベルマン結成のきっかけとなった事件の首謀者」
 轟音がますます近付き、声が聞き取れなくなったが、陽兵が続けて表示した画像は、確かに彼らが三年前に殺した男の顔写真だった。この男がドーベルマンを手引きして射程内まで引きよせ、もしタイラー達がのうのうと平和に溺れていたら、バケツの中の魚を突くように始末していた事だろう。
 ジャガーノート、洒落た名前だ。止める事の出来ない巨大な力、圧倒的破壊力。それを以て、ぼろぼろの子犬を捻り潰す。モーガンの主目的は世界を核から解脱させる事かもしれない。しかし、そのついでに奴は俺達を叩き潰すつもりだ。
 止める事の出来ない敵だったドーベルマンを、圧倒的破壊力で捻り潰す。ジャガーノートで、かつて彼にとってジャガーノートだったものを……。