第十四話
灰色の空から、灰色の雨が降っている。ナパームの中では銀色に輝いて見えたが、今フロントガラスにぶつかって来るこの水滴はまるでくすんで見える。
「姉はもう少し山奥に住んでるんですよ。義兄が静かな所が好きだっていってね。毎日のようにジェット戦闘機の爆音を聞いてれば都会の喧騒なんてどれほどでもないと思うんですけどね」
文月がハンドルを切りながら話し続ける。助手席には半分眠ったような様子のアニタが座り、時折車が跳ねる度に目を覚ましたり、その後程なくして眠ったりを繰り返していた。
「アル達はいつになったらこっちに着くんだ」
タイラーはバックミラーに映る文月の顔に問いかけた。
「聞いてません」
文月の答えに、コルトはさも不愉快そうに窓の外を眺めて、チッと舌打ちをした。外には雨でかすんだ緑色の景色が流れている。妙な胸騒ぎを感じ、上着の上から左脇に触れ、金属の感触を確かめる。ちゃんとあるようだ。
「着きましたよ」
間もなく文月が言った。窓の向こう側には小さい家が一つ。だが人の気配は薄く、昼間だから当然だが、電気も消えている。タイラーは雨に濡れるのを構わずに、いらついた様子でドアを開き、外に出た。コルトもそれに続いて雨の中に出て、二人でその家の玄関まで歩いた。文月は彼らの背中を眺めながら、折りたたみ傘を出してアニタに渡した。
「大丈夫、お前だけは絶対に傷付けさせない」
そう言って、自分はバッグの中から拳銃を二丁取り出した。.45口径のコルトM1911A1自動拳銃。彼の居た自衛隊で使い方は一通り学んでいる。それをベルトに突き刺し、上着を着て隠す。それを見たアニタは怯えた様子で文月の腕を掴んだ。何も言わないが、その手は微かに震えている。文月はその手に優しく触れて、囁いた。
「もうすぐ救いの地に旅立てる」
「御免下さい!」
インターホンを押しても応答が無く、タイラーが日本語で呼ぶが、それでも応答が無い。だが家の中から、雨にかき消されそうな弱々しい声が微かに聞こえている以上、絶対に誰かは居るはずなのだ。
「鍵もかかってる。どうする?タイラー」
「銃を貸せ」
タイラーはコルトの銃を取ると、コルトを自分の後ろに下がらせ、扉の鍵のあたりを斜めから狙って引き金を引いた。.357マグナム弾の鋭い衝撃を両手に受け、久しぶりに聞く銃声にどういう訳か心が躍った。弾はドアを貫通し、鍵を打ち砕いた。その向こう側から女性の悲鳴が聞こえる。
「銃を構えてろ。何があっても驚くな」
タイラーはコルトに銃を返すと、力いっぱいドアを蹴り開けた。濡れた靴のまま、まだ新しいフローリングを踏みつけ、人の気配のする方に進んで行く。目的の人物はすぐに見えた。
「皐月さんだね?」
部屋の隅でクッションを抱いて震えている女性に、タイラーが声を掛けた。コルトはその後ろから様子を覗く。始めって会った時、文月家に来た時からどこか老け込んだように見える。周りには空になったカップ麺と、酒瓶がいくつか転んでいる。机の上にはもう5メートルほどにも伸びた、歪な編み目の、血を連想させる赤い色のマフラーが横たわっていた。暗い中でくすんで、余計不気味に見える。
「知りません……知らないんです……蒼輔さんいつまでたっても帰って来なくて……もうマフラーこんなに長くなっちゃってるのに、いつまでたっても帰って来ないんですよ、連絡も無いし」
皐月は震えた声で言った。相当参ってしまい、まるで何かに憑かれたかのようだった。
「陽兵も教えてくれないし、誰にも聞けないし……あなたたち知りませんか?蒼輔さんどっかいっちゃったんです、どっかいっちゃったんですよ」
「落ち着いて下さいよ、何も俺達は……」
コルトが彼女の肩に触れ、穏やかな口調で言った。だが、彼女から返って来たのはまるで化け物でも見るかのような、怯えた目だけだった。コルトは慌てて手を引っ込め、困った様子で手を組んだ。
「昨日の夜もあなたたちみたいな人来て、わたしにいうんですよ……変な人来たら助けるって。でもあの人たちがいちばん変……」
「姉さん、そこまでにしてくれ」
声のした方をタイラー達が振り向くと、そこには文月と、その後ろにアニタが隠れるように立っていた。文月の両手には一丁ずつ自動拳銃が握られている。なじみ深いM1911だ。銃口はそれぞれタイラーとコルトを狙っている。
「みんな出て来い!」
その声と同時にクローゼットや床下、トイレから合わせて四人程の銃を持った男が出て来て、あっという間にタイラーとコルトを中心に十字を描くように囲んだ。つまり、撃つつもりはないという事だろう。男達の構えているM1A1空挺部隊向けカービン銃では人体を貫通してしまう。第二次大戦の火器をどこから持ち出したのだろうか?
「裏切ったな……文月」
タイラーは文月の目を睨みつけた。文月は銃の照準器越しに応える。
「そんな怖い顔する事は無いでしょう。最初から疑っていたんじゃありませんか?経歴の矛盾に、異常なほどの安全。ここまで隠し通せるとは思いませんでしたが、貴方達がじっとしてくれていたお陰で、準備が完了するまでに貴方達を殺さなくて済んだ。やはりドーベルマンは賢かった」
「俺達が犬並みだとでも言うのか?ふざけるな!」
コルトがM19を突き出そうとしたが、タイラーがその手を制した。コルトがその顔を睨むと、タイラーは荒くなる息遣いを押し殺しながら小声で言った。
「撃たないでくれ。その弾は貫通する」
言いたい事は分かった。撃てばアニタが危ないのだ。といっても、そのアニタは文月の後ろに隠れている。どう見てもタイラー達を敵とみなしている様子だ。
「女々しいですよ。ジャック・タイラー」
フヅキは狙いを逸らす事無く言った。
「コルト、銃を捨てて下さい。尤も、5発だけじゃギリギリで、実際的に言えば俺達全員を殺すには足りないと思います」
「畜生……!」
コルトは悪態をついて人差し指をトリガーガードの外に出した。だが、銃を放してもろくな目に遭わないのは同じだろう。彼らの知っているやり方は一つだけ。
「いや、足りなくは無い。今すぐだいたい19発になるからな」
タイラーもコルトと同じ事を考えていたようだ。文月は銃を構えたまま応える。
「止めた方が良いですよ。それに、銃が合ってもこの間合いじゃたいして……」
役に立たない、という事を分かっていたのは文月だけではなかった。タイラーとコルトもそれは知っていて、だからこそこれまで生き残って来られた。つまり、二丁拳銃の男に近距離で狙われたとしたら、殴りかかっても勝機はあるという事を。
文月がはっとした時にはもう既に遅く、タイラーは床を蹴って彼のみぞおちに突っ込んでいた。気が遠くなり、後頭部から床に倒れる。コルトはその間にカービン銃を持ったうちの一人を組み伏せ、盾にして銃を構えた。タイラーも文月の顎を殴り付け、一丁をもぎ取ってもう一丁は手の届かない所まで蹴った。すかさず状況を把握出来ていないカービン銃の三人に銃を向け、何のためらいも無く引き金を引いた。
すぐに七発すべてを撃ち切り、二人が倒れた。スライドが後退したままロックされる。残った一人は一瞬安堵の色を浮かべたが、コルトの銃口を目にして、また恐怖にとらわれた。その顔は直後にコルトの撃った一発によって真っ赤に弾けた。次には腕の中の男の首をがっちりと腕で抱き、斜めに大きく捻り上げる。大きな平手打ちのような音が鳴り、男はそれ以上動かなくなった。
「どうやら、腕は鈍っていなかったらしい」
何事も無かったかのようにタイラーは言い、弾切れのM1911A1から弾倉を抜いた。先ほど蹴ったもう一丁を拾い上げ、弾倉を抜いてさっきまで撃っていた銃に差した。スライドを軽く引くと、スプリングの力によって薬室に弾が送り込まれ、小気味良い金属質の音が鳴った。
「ああ、俺は何だかこの前よりも上手くなった気がするよ」
そう言ってコルトはM19のシリンダーを解放し、残った弾を確認する。残り四発。ずいぶん節約出来たものだ。
「足りないって言ったな?一人は首を折ったからな。やっぱり足りたよ」
シリンダーを手首のスナップで戻し、アニタの腕に抱かれてやっと起き上がった文月に向ける。文月の目には恐怖が浮かんでいた。
「あんた達は……まるで人間じゃないみたいだ」
そう聞いたタイラーは文月の腹を蹴りつけた。支えていたアニタと共に、文月は後に倒れて尻もちをついた。
「そうか!なら証拠を見せてやる」
M1911A1をベルトに差し、コルトからM19を受け取る。再びシリンダーを解放し、イジェクターロッドを押しこんで六発分の薬莢を落とした。床を跳ね、真鍮の堅そうな金属音が響く。その中から一つを拾い上げる。
「ひとつ運だめしでもしてみるか?若い兵隊さん」
そう聞いた文月は青ざめた。タイラーは構わずそのうちの一発を装填し、ハンマーを少し持ち上げてカラカラと蓮根のようなシリンダーを何度か回転させた。ロシアンルーレットをやるつもりなのだ。
「先ず、お前だ」
そう言って文月の頭に銃口を向け、まったく躊躇せず引き金を引いた。カチッと撃鉄が空を叩いた。文月の顔に冷や汗が流れた。先ず、という事は、次は誰なんだ。
「外れだ。次はお前」
そう言ってタイラーはアニタに銃口を向けた。アニタは文月の腕に抱きついて震えている。
「待ってくれ!やめ……」
タイラーは引き金を引いた。銃声はしない。また空だったようだ。残った確率は四分の一だが、タイラーはどうする気なのだろうか。
「さて、コルト。俺とお前、どっちからにする?」
隣でじっと見ていたコルトにタイラーが問いかけた。コルトは一度肩を持ち上げ、溜息をひとつ吐いてから応えた。
「後でいいや」
「よし」
タイラーは自分の顎の下に銃口を突き付け、引き金を引いた。文月は目の前の男の頭が弾けるのを期待していた。信じられない。自分が他人の死を望むようになるとは。だが、撃鉄はただ空を叩くだけだった。
「残念だったな、次だ」
そう言ってコルトの眉間に銃口を突き付け、引き金を引く。また空だ。
「さあ、順番は回って……お前だな?」
タイラーは再び銃口を文月に向けた。
「嘘でしょ……冗談はよして下さい」
文月は震えた声で言った。右手に触れる暖かい液体はアニタが失禁してしまったのか?いや、自分も怪しい。心底怯えている。
「おいおい、こんな馬鹿げた事を本気でやると思ってるのか?冗談だよ。ただのゲームだ」
そう言って、タイラーは引き金に力を込めた。撃鉄が半分ほど起き上がる。
「待って下さいよ……ゲームって……」
「ゲームはフェアにやらなきゃいけないなぁ?」
起き上がった撃鉄が勢いよく戻った。
「ひぃ!」
文月は情けない悲鳴を上げ、ついに彼も失禁した。彼自信も信じられなかったが、涙と鼻水で顔面がぐしゃぐしゃになっている。だが、まだ顔は残っている。タイラーの銃からは金属音だけが鳴った。
「残念だったな。最後の一発は……」
タイラーは銃口を動かし、アニタの顔を狙って照準器を合わせた。文月と同じように泣きじゃくっているが、タイラーは引き金に圧力をかけた。さっきよりもゆっくりと撃鉄が上がる。
「やめて……!やめて!助けて!」
アニタは文月の腕に抱きついて泣き喚いた。タイラーは一度銃を下ろしてアニタの服を掴み、文月の首を蹴りながら引き剥がした。そして床に突き倒し、襟を掴んで力任せに服を引き千切った。白い乳房がむき出しになり、彼女がもがこうとする度に揺れた。タイラーは文月にもよく見えるように、柔らかいそれに銃口を押しつけた。
「やめろ!何でもする!何でもしてやるから!アニタだけは助けてくれ!」
「ほう!よく言ったなぁ、お若い兵隊さん。俺にも情けはある。お前の抱いたこの女、この身体。三秒以内ならお前の望む所を撃って殺してやる」
そう言ってタイラーは大きな声で怒鳴った。
「三!」
「やめろ!何でもする!殺すなら俺を……」
「二!」
引き金に圧力がかかる。アニタは文月に助けを求めている。
「嫌!嫌!死にたくない!」
「やめろ!タイラー!やめてくれ!」
文月は叫んだが、タイラーはまるで聞いていない様子で言った。ハンマーがほとんど完全に起き上がる。あと少しでも力が加われば、すぐに弾が飛び出す。銃口は乳房に押し付けられたまま。
「一!」
「よせぇェェェ!!!!!」
ハンマーが落ち、撃鉄が叩くべき物を叩いた。そして……金属のぶつかる振動が伝わり、アニタの乳房が揺れた。
タイラーはアニタの体を解放し、立ち上がった。彼女はすぐに文月に抱き付き、わんわんと泣きじゃくった。その文月は安心すると同時に、何がどうなったのかよく分からなかった。タイラーが二人の前に立ち、シリンダーを解放した。そしてイジェクターロッドを押し込む。彼らの目の前に落ちたのは、何と弾頭の無い空の薬莢だった。
「この国の兵隊は、いつから空薬莢と未使用の実包の区別もつかないようになったんだ?文月」
そう言うとタイラーは、彼らの目の前に落ちた弾の中から弾の残っている四発を拾い、装填してからコルトに渡した。受け取ったコルトはそれをホルスターに戻して、抱きあう二人に向かって言った。
「基礎訓練からやり直しだな、坊や」
ニコニコ笑ってそう言うと、コルトは部屋の隅でグスグス言っている皐月に寄り添った。
「大丈夫、もう心配ありませんよ。文月から事情を聴いて下さい。彼は“何でもして”くれると言いましたから、知ってる事を全て教えてくれる筈です」
そう言って、文月の顔に微笑みを送る。
「なぁ?」
「え……ええ」
そう文月が答える。タイラーは転がっている死体を見て、ひとつ溜息をついてから文月に向かって言った。
「先に皐月を連れて車に戻っておけ。あと、これも」
そう言ってM1911A1を彼に渡す。
「護身用だ。何があってもおかしくないからな」
「俺はスパイだったんですよ?どうして俺にこんなものを渡すんです」
グリップを握る直前に、文月は聞いた。タイラーは下らないと言わんばかりの様子で答えた。
「お前、アニタの為なら何でもすると言ったな?だからだ」
「え?」
どういう意味か分からなかった。
「アニタにはお前が必要だ。そして、そのアニタの為にお前は全てを投げ出す覚悟をした。俺はそう言ったお前を信じたい。だからこれを渡す」
「俺がこれをあんたに向けたら……」
文月はグリップを握り込んで、言った。
「お前がこれを俺に向ける事は無い」
「馬鹿ですよ……あんた」
そう言って文月は銃を自分のベルトに突き刺した。そして立ち上がり、アニタと皐月の手を取って玄関を出、停めてある車に向かった。
「まぁ、何はともあれ武器は手に入ったな」
そう言ってコルトがM1A1カービンを拾い上げた。空挺部隊用の為、回転式のワイヤーストックに換装されている。潜入や降下、狭い場所での使用にぴったりだ。
「まぁこの家はもう駄目だがね。こう血が染み込んだらまともな人間は住めないよ」
タイラーは死体から銃と弾倉を拾って言った。
「ああ、あとこの銃も駄目だ」
そう言ってコルトはM19を放り捨てた。
「どうした?どこか故障か?」
「タイラー、撃つ度に力を込めすぎだったんだよ。部品がポッキリ折れてるようだ。慣れない事をするからだぞ?まあいいんだが」
コルトは溜息交じりに軽い口調で言った。彼が自費で購入したものだったが、しかし強装弾は扱いにくく、より強力な武器が手に入った今となっては別にどうでもよかった。
「ああ、何か嫌な予感はしてたんだが……お詫びに帰ったら一杯飲ませてやるよ」
「おいおい、俺もお前も一滴も飲まないんだから……全く、戦場での文句がこびり付いてるみたいだな?」
コルトとタイラーは声を上げてはっはっはと笑った。久しぶりにこんなに愉快に笑っている。落ち付く場所に帰って来たような気がしていた。
「だが、どうして文月が『何でもする』と言った所で止めなかった?それにアニタの服を引きちぎったりして……。最初から殺す気が無いというのは分かってたが、どうしてあんな事をした?お前らしくもない」
コルトはひとつだけ抱いていた疑問をぶつけた。タイラーは「あー……」と言って頭を掻きながら、恥ずかしそうに答えた。
「いやまったく大人げない話なんだが、怖がらせてやろうと思ったのさ。いや、10歳近く年下の男にこう嫉妬するとは、情けない話だ、ああ」
それを聞いて、コルトはプッと吹き出した。タイラーがそれを見て、笑いながら言い訳する。
「笑うなよォ。いや俺だって人並みに嫉妬心ぐらいは持ち合わせて……いや、もう無いぞ?もう無いんだからな?」
「ああ、分かってるよ。新しい服を買うだけの金を、後でちゃんと文月に渡しとけよ」
そう言って二人は肩を抱き合って玄関を開けた。
「クソッ!」
運転席に座っていた文月は、感情に任せてハンドルを叩いた。アニタは後部座席で皐月を落ち着けさせている。服が破れていたので、文月の上着を着ている。
文月はタイラーとコルトが疑ったとおり、やはり敵のスパイだった。そして文月は「何でもする」と言い、そしてタイラーから銃を渡された。彼らに味方するなら、今までの雇い主を裏切る事になる。だが、あの強大な組織を裏切るのは危険すぎる。
そもそも彼はベトナムで受けた心の傷が元で自衛官を退職した。自分でもそこまで参るとは思わなかったが、かの地での体験は彼にとって予想を超えていたのだ。だが、かといって外部にそれを漏らす訳にはいかない。誰にも話せないままその心の傷に苦しんでいたところ、彼の経歴に目をつけた組織から救いの手が差し伸べられた。そして文月は自分の居場所をそこに見出し、彼らの目的からの身内の保護を条件に協力をしていたのだ。
アニタと関係を持ってからは彼女の保護も条件に上乗せし、そして組織もそれを受諾した。組織からの命令は、タイラーとコルトの生け捕りである。組織はどういう訳か“生きた”彼らを必要とした。だからこそ途中で彼らを殺さず、組織が彼らを受け入れる準備を整えるまで生かしておいたが……ごまかす事が困難と判断し、今回の作戦に至った。
確かに組織の目的はなされるべきではない。しかしあの二人だけで押しとどめられるものでもないのだ。しかし今彼らを殺せば……ああ、畜生!
文月は銃を片手に車を降り、玄関に向かってつかつかと歩いていった。アニタはその背中を不安そうに眼で追う。まさかあの二人を殺すつもりじゃ……いや、敵わない事は分かってる筈。
「ああもう!マヌケ!」
玄関から出て来た二人にそう言うと、その間を通って家の中に押し入り、皐月の居た部屋まで進んで、部屋の隅に置かれたクローゼットに向かって銃を構えた。思い切って七発全てを撃ち込む。程なくして同じM1A1カービンを持った男が転がり落ちて来た。
「お見事」
パチパチと手を鳴らしながらタイラーが入って来た。コルトもすぐ後ろに居る。まさか、本当はここにもう一人隠れている事に気付いていたのではないか?
「どうして殺さなかったんです!馬鹿ですよあんた達」
そう言ってM1911A1を捨て、M1A1を拾い上げる。
「お前が助けてくれるからさ」
タイラーは手のひらを上に向け、肩をすくめて見せた。
「ああ、もう!馬鹿言ってないで早く車に乗って下さい!早く帰ってシャワーを浴びたいんですから!」
そう言って文月は銃の安全装置をかけると、また玄関に向かって歩いて行った。タイラーはおどけて「お〜怖い怖い」などと言いながら彼の後ろについて行った。コルトも続こうと思ったが、ふと気がついて振り返った。
あの美しいご婦人は、大事な物をここに忘れてしまっていた。
「ん、もう降り止んだか」
気がつくと雨は止み、光が差していた。通り雨だったようだ。